第9話

水無瀬五恋という少女を一言で表すなら、"カンペキな女の子"だろう。

勉強も運動もできて、性格も優しく友達も多い。

そして、非常にモテる。


「水無瀬さん、好きです!俺と付き合ってください!」

「‥ありがとう。でもごめんね、今は誰かと付き合うとか考えられないんだ。気持ちはしっかり受け止めるから」


そう言って呼び出された中庭を後にする。

物陰から、彼が友達に連れられて行くのを見届ける。

彼はフラれたと言うのにどこか満足気だった。


「あー、田中井のヤツも振られたのか」

「‥びっくりした。声かけてよ、翡翠」


五恋の後ろから声を掛けたのは、Tシャツに短パンにキャップというどう見ても男子にしか見えない少女だった。

名前は、倉森翡翠くらもり ひすい

五恋にとって1年生からの親友だ。


翡翠の後ろからクラスメートの女の子たちもやってくる。


「五恋ちゃんご飯食べよ〜」

「ねーねー、さっきの告白の話聞かせてよ!」


お弁当片手にきゃあきゃあ話しかける女の子たち。

五恋が通う小学校には給食ではなく、お昼はいつもお弁当を持っていく。

お昼休みの時間は普通の小学校とそう変わらないため、五恋は急いで教室にお弁当を取りに行こうとすると。


「ほい、五恋。弁当持ってきてやったぜ」


翡翠が投げて寄越したのはピンクの可愛らしい弁当袋。

五恋のだ。


「ありがとう、翡翠。‥ちなみにだけど盗み食いしてないよね?」

「してねーよ!ちゃんと、持ってきてやったお礼に半分よこせって頼むつもりだったよ!」

「調子いいんだから、もう‥」


あはは、と笑いが起こる。

さて、ここまで彼女を見て気付いただろうか。

彼女、水無瀬五恋は───キャラ作りをしている。


文武両道で、性格もよくみんなに優しく友達も多い。

それは全部彼女が作った姿である。

本来は勉強なんて嫌いだし運動も嫌い。

優しいどころか、人をこき使うのが好きで大の面倒臭がり。

友達も、周りとうまくやっていたら自然と集まっただけで五恋自身が仲良くしたいと思って作った訳では無い。

実際、今たまたま彼女たちの好きな男子から告白されていないだけで、もしも告白されたら多分この友情は終わる。

受け入れたら裏切り、振ったら自分の好きな人を傷つけた恨み。

全く、面倒臭くて仕方ない。


「五恋、どうしたー?」


そういう意味だと、五恋にとって翡翠はすごく楽だ。

男子よりも男子なこの少女は、年頃の女の子がきゃあきゃあするような恋愛的な興味が一切無い。

そんなことよりも体を動かすことが大好きというまさにスポーツ少女。

そういうしがらみが一切なく付き合える翡翠には確かに友情を感じていた。

‥強いて言うなら、授業中に寝ていたくせにテスト前に焦って頼ってくるのをやめて欲しいが。



放課後、五恋は真っ直ぐ帰らず家とは反対方向に向かう。

混雑するスマバの向かい側、小さな店へと入る。

コップを拭いていた叔父の光希が顔を上げる。


「お、五恋おかえり」

「‥相変わらずの寂れた店に寂れたマスターね」

「いきなりの罵倒ありがとう。ただ、帰ってきたらただいまって言えよー」

「‥うるさい」


エプロンを付けるとカウンターに座りスマホを触る。

光希は何も言わずにオレンジジュースとミニサイズのオムライスを出してくれる。

それを食べながら、学校のことを聞いてくる光希に同級生から告白された話などをする。


「相変わらずお前はモテるなぁ。僕も姉さんほどじゃないとしてもそこそこイケてるやつになりたかったぜ」

「おじさんが姿田マサッキーぐらいイケメンになったらモテるんじゃない?」

「転生5、6回しなきゃ無理なんですけど」


クラスの男子に負けず劣らずのくだらない話をする。

絶対口に出すことはないが、五恋にとってこの時間は特別だった。

自分の黒い部分を何の気兼ねもなく吐き出して、雑で適当で最低な行為もできる。

優しい叔父はそれを受け止めてくれるのだ。

そんな優しさを便利に利用しているような状態に、たまに心苦しくなる。


「‥ねぇ」

「ん?」

「おじさんは嫌じゃないの?姪からこんなに雑に扱われて」


聞いてみたものの、その答えを聞くのが怖くなり耳を塞ぎたくなる。

だが、それを必死に堪え答えを待つ。


「いや、別に?おまえがそうやって僕を信頼してくれるのは嬉しいし、そもそも嫌なんて思わないよ。実際、店も満足に繁盛させられない甲斐性無しだしなぁ」


キョトンとした顔でそう言う光希。

本気でそう思っている様子に、思わず五恋は吹き出す。


「なんだよ?急に笑って」

「‥確かにおじさんは甲斐性無しね。こんなんじゃ結婚なんてずっと先じゃないかしら?」

「おま、言ってはならんことを‥!?」

「はいはい。そうね‥きっとお店がお客さんでいっぱいになったら彼女でもできるんじゃない?」

「マジで!?おじさん超頑張る」


慌てて外に出て呼び込みを始める光希。

そんな彼を笑いながら見送り、スマホに目線を戻すのだった。



さて、この話は光希が姉妹と会う数ヶ月前の話だ。

なぜこの話をしたかというと───その彼女が店に近付きつつあるからだ。

半裸と裸の少女と幼女と戯れる彼の元に。

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