第50話:いちばん、大切なこと

「夕食できたんだけど、食べてもらえない?」


 私は、私の横で剣と甲冑の手入れをしていたタルワールにそう声をかけると、タルワールは待っていましたと言わんばかりの笑顔で、私が盛り付けたお皿を手に取って、一心不乱に料理を食べ始めた。こらこらタルワール、ご飯を食べる前にやる事があるでしょ?ちゃんと神様にお祈りしなくっちゃ、ね。私は心でそうたしなめたものの、今日のところは許してあげることにした。ほんと、体は大きいクセに心は子供なんだから。


「おぉ、なかなかいけるじゃないか。狼の肉は正直食べ飽きていたんだが、野営中に食べた狼のステーキの中ではリツのが一番だ。文句なくうまい」


 タルワールのこの言葉を聞いて私の頬は思わずゆるむ。余計なお金を払わなくてすんだという商人特有の感覚を抜きにしても、自分が作った料理を美味しいといって食べてもらえるのって、こんなに幸せなんだ。私は、私の心が信じられないような多幸感で満たされていくのがわかった。私にこんな幸せな気持ちを教えてくれて本当にありがとう。


「料理で使ったワインが余っているけど、飲む?」


 私がタルワールにそう話かけると、タルワールは嬉しそうな表情を浮かべ「よろしく頼む」と答える。その返事を聞いた私は、革袋に詰めてあったワインをコップになみなみと注いでタルワールに差し出すと、タルワールは、それを気分よく一気に飲み干した。そう、タルワールは誰がどうみても上機嫌であった。


「タルワール。今回の旅で私がいろいろ話したこと、怒ってない?」


 私はそんな上機嫌なタルワールに甘え、この旅の中、気になっていたことを、勇気を出して聞いてみることにした。しかし、私のそんな問いに対しタルワールが見せた反応は、私が何を言っているのか理解ができないというものであった。


「ほら、あれ。私が戦争のことタルワールに色々聞いちゃったじゃない。でも、よく考えてみたら、あの戦争でタルワールの知り合いがたくさん死んじゃっているわけだし、祖国も亡くなってしまっているわけだし、そして、なんというか、私はそんな状況を利用してお金もうけをしようとしているわけだし、それを自慢げに話していたわけだし、なんか失礼だったかなって思って」


 私はしどろもどろになりながら、タルワールに自分が伝えたいことを懸命に説明した。そしてタルワールは、こんな私の失礼極まりない質問に対しても笑顔をむけてくれる。


「なんだ、リツはそんな事を気にしていたのか」


「そうだな、リツの言う通り、確かにあの戦争で俺の知己の多くは死んでしまったな。それは事実ではあるけれど、俺はそれを悲しいと思ったことはないな。祖国のために命をかけて戦った戦友を俺は誇りに思っているし、別に永遠の別れってわけでもないしな」


「え、どういうこと?」


 私はタルワールの言っていることが理解できず、思わず問い返してしまう。


「つまり俺は、あいつらと会おうと思えば、思い出の中でいつでも会う事ができるってことさ。これから新しい思い出を作ることができないのは残念だとは思うが、それだけの話さ」


 そう語るとタルワールは空になったコップを私に差し出してくる。私はコップを受け取ると、すぐに余ったワインをめいっぱい注いで返してあげた。


「リツ。まぁ、なんだ。死んでしまったヤツもいれば、生き残ったヤツもいる。そうエルマールみたいにな。俺たちは死んでしまったヤツらのためにも、生き残ったヤツらともう一度頑張って祖国を取り戻せばいいだけの話なのさ。そうだなあ、今回はたまたまシルヴァンの所有者の名義がアルマヴィル帝国に変更になってしまったんだが、それが再びシルヴァン市民になる可能性だってゼロではない。可能性がゼロでなければまた頑張ればいい。それだけの話だとは思わないか?」


 そうタルワールが笑って話した瞬間、私の瞳から自然と涙がこぼれ落ちた。私は思い出してしまったのだ。昨日、タルワールが自分たちの世代ではシルヴァンが独立することは不可能だと語っていたことを。そして私は気がついてしまったのだ。タルワールが私を元気づけるためだけに、現実とかけ離れた夢物語を語ってくれているということを。そして、それに気がついた私は、その感情の高ぶりを頑張って抑えつけ、絞り出すように「ありがとう」とタルワールに伝えるのが精一杯であった。


「リツが気にしているみたいだから俺がはっきり言ってやるけども、俺たちシルヴァン市民で、商人のことを悪く思っているヤツなんてほとんどいない。確かにシルヴァンの不幸をダシに金もうけをしやがって、と思っているヤツもいるかもしれないが、それは少数派だ。もともとシルヴァンは商人の街だ。自分たちが今までやってきた事を振り返れば、文句を言えるヤツなんてほとんどいないのさ」


 そう言ってタルワールは人差し指を天に向ける。


「俺たちが今一番困っているのは物価の高さだ。そしてその原因は流通している物資が少ないからだ。でもまぁ、これは自業自得だ。なぜならシルヴァンは、この戦争で蓄えていた食料やらなにやらをすべて吐き出してしまったんだから。つまりシルヴァンは物資が不足して困っている。そして俺たちシルヴァン市民は、昔みたいに物資がシルヴァンにあふれる未来を期待している。そして、そんな未来を作ることができるのは、リツたち商人だけだ。リツはその手伝いを命がけでしてくれているんだろ?俺は本当に感謝しているんだぞ」


 タルワールはそう言って、今日一番の笑顔を私に見せる。


「さて、リツ。俺は今から『いちばん、大切なこと』を言おうと思うんだが、ちゃんと聞いてくれるか?」


 そう問われた私は、タルワールの言葉に黙って小さくうなずいた。


「俺は、どんなリツもかわいくて好きなんだが、でも、リツは、笑っている時が一番かわいいと思うぜ。だから、そろそろ涙を拭いてくれないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る