第49話:取り乱してなんかいないんだから

 私はあまりにもの恥ずかしさに、その場にいることさえ耐えきれなくなり、荷馬車の方に一時避難をする。今日の私、じゃなくて、今の私、どうかしている。こんなはずじゃなかったのに、こんなつもりじゃなかったのに。私の頭の中は、そんなことでいっぱい、いっぱい。何かキッカケを作らないと私、ダメになっちゃう。そんなことを考えながら私は、荷馬車から今日の朝、解体した狼の肉を取り出した。


「おぉ、そうだ。今日はこれがあったんだ。欲張りなリツのことだから、全匹シルヴァンで売りさばくかと思っていたんだが、俺にも食わせてくれるのか?」


 遠くの方からタルワールの声。ほんとこの男、食事のことになると目ざといんだから。


「ま、まぁ、狼の肉なんて、高く売れても一匹銀貨八枚くらいだし。もし、今日、タルワールが、ゆ、夕食がマズイといい始めたら、銀貨十枚も取られるんだし、し、しかたがないから、私のために、タルワールにも、た、食べさせてあげようと思っただけよ」


 私は少しだけ冷静さを取り戻しつつあることを理解していたものの、口から出てくる言葉はたどたどしいものばかり。


「でも、こ、この肉を解体したのはタルワールなんだから、血抜き・・・が甘いとか、に、肉質が悪いとかいってマズイとか言うのはなしね。なんというか、ステーキなんていう料理は、ほぼ肉質で決まるんだから、まずくても、それはタルワールのせいだからね」


「あぁ、そんなことは言われなくても分かっている。俺は、こんな野営地でステーキを食べられるだけで充分しあわせさ」


 精一杯強がって必死に話す私に対し、タルワールはいたって冷静だ。もう、私がこんなにうろたえているんだし、タルワールだって少しくらい取り乱したっていいでしょ。私はそんな行き場のない怒りをどうしていいのかわからなかった。


「ところで、リツ。狼肉を調理してくれるのはありがたいんだが、狼一匹はさすがに多すぎやしないか。さすがの俺でも食べきれないぞ」


 ふいにタルワールがそんな事を言いはじめる。しかし、ある程度の冷静さを取り戻していた私は、その質問に落ち着いて返事をすることができた。


「大丈夫、二人で食べきれないことはわかっているから。でもせっかくだから、多めに準備をしておいて、ここにいる人に配って回るのはどうかしら。ほら、人は美味しいものを食べるとついつい口が軽くなるっていうじゃない」


 そんな私の様子をみて、タルワールは私が言わんとしていることを理解したのか、

ほっとした表情を浮かべ「なるほど、リツはどんな時でも商人なんだな」と言って大きく笑う。


 そんな感じで私は早速調理に取り掛かった。まずはアラス川の支流にいって色々準備をしないとね。そう考えた私は、まず食器と鍋を洗い、食材の下準備を始める。今日の朝、バタバタしていたし、洗い物ができなくて気になっていたから、今日もきれいな水を使いたい放題というのは、ほんとありがたい。


 私がそんなこんなで料理の下準備をして戻ってくると、タルワールは昨日と同じように石でかまどを作ってくれていた。ほんとこういうところ、抜け目がないというか、すごいのよね、と私はほとほと感心する。しかし、そんな状況でも、昨日と明確な違いが一つだけあった。それは私が下準備をして戻って来た時、タルワールがちゃんと待っていてくれたことだ。これ、私を一人にするとメンドクサイということをちゃんと学習した結果よね。えらいえらい。


「最高のステーキを食べるために、最高のかまどを作っておいたぜ」


 タルワールはそう軽口を叩く。しかし軽口を叩くだけのことはあって、今日のかまども、とても使いやすそう。さて、ここからが私の腕の見せどころ。


 私は、つけ合わせとして使うアスパラ、ジャガイモ、キノコ、ニンニクを適当な大きさに切り揃えると、狼の肉をさばきはじめた。さばくといっても、私は狼の肉を調理した経験がないから自信はないのだけれども、肉は焼いてしまえば大抵のものはうまいという経験則に従って、適当・・な大きさに切り分けることにした。


 ただ狼の肉というのは個体が小さいということもあって、牛のステーキのように大きく肉の塊を取ることはできない。この大きさで大丈夫かしら、タルワール、文句を言わないかしら。そんな事を考えながら、私はまずソース作りから始めた。ニンニクを細かく刻み、熱したフライパンにオリーブオイルと共にいれ、そのあと細かくすり潰したゴマを合わせる。そして最後に昨日の残りのワインを入れてっと。私はこれらの材料を丁寧にかきまぜながら、ワインが煮立つのをじっと待った。そして頃合を見計らって、溶けないように日陰においてあったバターを加える。これでソースは出来上がりっと。なかなかどうして、美味しそうじゃない。


 それでは次に付け合わせを作らないとね。私は新しいフライパンにバターを入れて溶かすと、その中にアスパラガスとジャガイモを入れて一緒に炒め、ジャガイモが柔らかくなるまでしばらく待つ。そして全体に火が通ったことを確認すると、ワインを入れ、塩で味を調えた。私はフライパンから香る匂いの香ばしさに大満足。私って天才かもと思わず自画自賛。


 さて最後にステーキを焼かないとね。私は新しいフライパンにオリーブ油とニンニクを入れると、ニンニクが薄く色づくまでじっくりと待つ。そしてその後、狼の肉をフライパンの上に並べてこんがりと焼き色がつくまで待って、裏返して再び焼く。頃合いを見て、ステーキの上にワインを加えてっと。そして最後の仕上げに最初に作っておいたソースをたっぷりと、うん、カンペキ。ちょっと小さい気もするけど、今日はこれで我慢してね。タルワール。

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