第51話:戦争と経済と

「さて、リツ。ここにいる商人から、シルヴァンの情報を取らなければいけないんだろ?」


 いっこうに泣き止むことのない私に困り果てたタルワールは、そう優しく声をかける。


(そんなことは百も承知よ!)


 私は心の中でそう強がって見せたものの、私の中の自己嫌悪の感情が心のベクトルを前に向ける事を頑なに拒んでいた。


「ありがとう、タルワール。とりあえず準備だけはしておくから」


 私は涙声が出そうになるのをグッとこらえて、絞り出すようにタルワールに返事をする。


「あぁ、そうしてくれると助かるよ。俺はその間に人を集めてくるから」


 タルワールは明るくそう応えると、私の前から姿を消した。これがタルワールなりの優しさであることくらい、さすがの私でも充分に理解することができていた。そして、タルワールの気持ちに応えるためにも、私が立ち直らなければいけないことも充分に理解することができていた。そう考えた私は、とりあえず余った狼肉の調理に取りかかることにする。さしあたり、付け合わせはともかくソースの材料が心もとない。でもその原因は明らかで、さっき私が調子にのってタルワールにワインを振る舞いすぎたせい。でも、やれるだけのことはやってみよう。そう考えると私の心の中にふつふつと湧き上がる何かが生まれ、それが私の悲しみの感情を少しずつ飲み込んでいった。


 一方、タルワールは、野営地にいる商人にいろいろ声をかけてくれているみたいであった。私は内弁慶のところがあるし、初対面の人と話すことがどうも苦手だ。だから、こういう役回りをしてくれるタルワールには感謝しかない。とりあえずシルヴァンの街の様子はタルワールから聞いているので、情報としては充分だけれども、とにかく今知りたいのは木材の価格と政治の動き。特に政治の動きは、今まで積み重ねてきたロジックを一撃で叩き壊すリスクを持っている。細心の注意を払わないと。

私がそんなことを考えながら料理を仕上げていると、タルワールが十人程の商人を連れてきてくれた。今の残りの肉の量からしてちょうどいいくらいの人数ね。さすがタルワール、空気が読めている。


「おーい、リツ。たくさん人がきてくれたぞ、皿は足りそうか?」


「ありがとう、タルワール。でも、お皿は足りそうにないかな。だから、持ってきてもらえるように頼んでくれない」


 タルワールの問いに私が笑顔でそう答えると、タルワールはほっとした表情をうかべた。タルワールは、私の言葉に「わかった」と返事をすると、連れてきた商人にお皿を取ってきてくれるように頼んでいるみたいであった。ただ、お皿だけではなく、肉を提供する代りにワインを持ってくるように交渉している様子も見てとれて、私は思わず微笑んだ。さすがシルヴァンの商人の息子、こういうところ、ほんとしっかりしている。


 そんなこんなで十数人程度のささやかな酒宴は始まった。タルワールが図々しく要求した酒の力もあいまって、皆、饒舌じょうぜつに近況を語りあっていた。酒宴がすすむにつれ、狼肉のステーキ以外の料理と酒もどんどん持ち込まれ、ふと気がつくと三十人以上の商人が集まってきていた。私はそんな陽気な商人に酒をついでまわり、差しさわりのない話から商売の話まで、様々な話を聞いてこの酒宴を楽しんでいた。


 とりあえず話として最初に盛り上がったのは、アルマヴィル帝国の統治についてであった。アルマヴィル帝国の統治は寛容で、シルヴァン内の商取引は建築資材をタキオン商業ギルドが独占すること以外、戦前と全く同じように商取引ができているとのことであった。


 そして私が一番驚いたのは、シルヴァン政府がおこなっていた公共事業をそのままアルマヴィル帝国が引き継いだという話であった。この手の公共事業は、旧政府が滅んでしまったらゼロにリセットされてしまうことが多いんだけど、街の人の雇用を守るためなのか、単なる人気取りなのかはわからないものの、アルマヴィル帝国が旧シルヴァン政府と同条件で公共事業を引き継ぐという形で決着がついているらしい。

また交通網の整備も新たに始まっているみたいであった。例えばシルヴァンの東側、アルマヴィル帝国側の街道は細く、整備や保全もいい加減なものであったが、これを機に街道を整備することが決定されたらしい。しかも一年以内で工事を完了するというのだから驚きのスピード感だ。


 そして目玉となるのが、アルマヴィル帝国で最もシルヴァンに近い都市ミュサヴァトとシルヴァンの間に新たな都市を建設するというニュースだ。どうも一年以内に都市を完成させたいらしく、シルヴァンの復興そっちのけで突貫工事が続いているとのことであった。そしてこの都市が完成したあかつきには、この新都市とシルヴァンとスムカイトの距離はほぼ等間隔となり、陸上貿易がさらにさかんになることは想像に難くない。


 ただこうなると、私の持っている木材の話も少し変わってくる。都市を一つ作るとなると莫大な建築資材が必要となるはずで、もしかしたら二十万トンの木材を丸々その新都市建設に回すことができるのではないかと私は考えた。もしかしたら大もうけのチャンスなのかもしれない。しかし私は、そんな商売上の利益より、この新都市建設がもたらす政治上辛辣で、悲劇的な罠の存在にも気がついてしまった。そして、その結果がもたらす新たな悲劇についても思いが至る。そう、ここにきて初めて、私が現状を正確に理解するために必要なパズルのピースがすべて揃ったのだ。そして出来上がったパズルが示した絵柄について、そのあまりにも悲劇的な絵柄について、私の心はそれ以上考えることを許さなかった。


 またアルマヴィル帝国の財政についての話も大いに盛り上がった。やはり私が推察したとおり、アルマヴィル帝国はこの戦争で大量の食料や物資を消費したらしく、財政がさらに逼迫ひっぱくしているとのことであった。もともとこの戦争は、アルマヴィル帝国の経済状況が逼迫ひっぱくしている最中、シルヴァンが関税を引き上げた事によって始まったものだ。つまりアルマヴィル帝国は自国の経済をよくするために始めた戦争であったはずなのに、逆に自国の経済の首を絞める結果になったというのは、ある意味皮肉でしかない。今後、ランカラン王国との貿易を活性化させ、シルヴァンから税金を取る事によって取り戻したいとの考えなのかもしれないが、収支がプラスになるまで何年かかるのか想像しにくい状況で、それまでアルマヴィル帝国の財政がもつかどうかも微妙なところだ。


 結局、経済的な側面で戦争をみると、為政者は短期的な利益を得るために戦端を開くが、戦後目論見通り、短期的な利益を得られるケースはほとんどない。つまり戦後の経済を黒字にするためには、長い長い年月がかかるのだ。そしてその事実に為政者が気づくのは、ほとんどの場合、戦争が終わった後なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る