第71話:遠い日の誓い

 ここはユリハ・キャランの一室。この旅でやるべき事のすべてを終えた私は、昼を過ぎてもベッドから起き上がることなく惰眠をむさぼっていた。いいじゃない、今回、私、頑張った。カタコトの思考で自分を納得させると、私は二度寝することを強く心に誓う。


「リーディットさま、リーディットさま」


 部屋の入口付近から聞きなれた女性の声。まるで私の強い決意を試すかのような悪魔のささやき。しかし、悪魔よ。残念ながら私の意志は鉄より硬いのだ。申し訳ないが帰っていただこう。私は心の中で悪魔をそう強く戒めると布団を頭からかぶり、まどろみの世界に帰っていった。


「リーディットさま、いい加減に起きてください。コーネット様が来たら怒られますよ」


「うそ」


 私はあわててベッドから飛び起きる。昨日、コーネットとウォルマーにあれだけ怒られたというのに、おかわりとか。私、もう、お腹いっぱいです。


「身だしなみを整えるから、クロリアナ手伝って!」


 私は急いでテーブルの横に置いてある洗面器の前に向かい、洗面器の中に入れてあったタオルで顔を拭くと、鏡の前に立ち、くしで髪の毛を整え始めた。コーネットは昔から身だしなみにうるさいから、急がないと。


「リーディットさまは全然変わっていませんね。こんな風に過ごしていると、王宮にいた時を思い出します」


 クロリアナは私の後ろ髪をくしでとかしながら、ふふっと笑う。


 そうね、あの時はみんな楽しく過ごせていたわね、懐かしい。もうあの日に戻ることはできないけれど、あの日と同じ空間を取り戻すことはできないかもしれないけれど、せめて、私が大切に思っているみんなと、私を大切に思ってくれるみんなの楽しさを入れておくことのできる器、国という器をはやく取り戻さないとね。私は、四年前、自分の立てた遠い日の誓いを思い出しながら、クロリアナの言葉を聞いていた。


「では、行きましょう!」


 身支度を整えた私にクロリアナがそう告げると、私とクロリアナはいそいそと部屋を出てユリハ・キャランのロビーへ向かう。


「リーディットさま、大丈夫ですか、寝ぼけてないですか?」


「さすがに大丈夫よ、クロリアナ。コーネットの前で寝ぼけたことを言ったら、またお説教されちゃう。コーネットは昔から容赦がないから」


 そう言って私が肩をすくめると、クロリアナはくすくすと笑い始める。


「リーディットさま、安心してください。今日、コーネット様はきませんよ」


「へ?」


「嘘ですから」


 私の呆けた顔に対し、クロリアナはすまし顔だ。


「ちょっと、騙すなんてひどくない?」


 私はクロリアナに抗議の声をあげるも、クロリアナは静かに私をたしなめる。


「スムカイトで私を騙した罰です」


「もしかして、クロリアナ怒ってる?」


「さすがに私も怒りますよ。リーディットさまがスムカイトを出たら、先物証書をすぐに売るという約束でしたからね。そのために私がドミオン商業ギルドに入ったというのに、急にタキオン商業ギルドの貸倉庫の話を持ってきたり、やっぱり私が木材は自分でシルヴァンに運びたいとか言いだしたり、もう無茶苦茶ですよ。あとタルワール様の話もです。シルヴァン予備軍の連隊長を雇うのは相当苦労しましたし、それをリーディットさまが自然に雇うように仕向けるのには、もっと苦労しました。だいたいリーディットさま、私がドミオン商業ギルドに入ってから二か月、どれだけ苦労したか分かってないでしょう?」


 クロリアナはくすくすと笑いながらも、滔々とうとうと私を非難し続ける。さすがに耐えきれなくなった私は思い切ってクロリアナに不平を鳴らしてみた。


「えー、クロリアナもお説教?お説教は昨日ウォルマーとコーネットに散々されたから、今日は勘弁してよ」


「そうでしょうね。私にはウォルマー様とコーネット様の気持ちがよくわかります。とにかくリーディットさまは自由すぎるのです」


 そう一人でうんうんうなずいているクロリアナを見て、私の心はきゅっと締めつけられる。


「ごめんなさい」


 私が素直に謝ると、クロリアナはまたくすくすと笑い、ゆったりとした口調で話し始めた。


「別にあやまることはないですよ、リーディットさま。私はそんな性格も含めてリーディットさまが好きなのです。だからこそ、ついていこうと思うのです。もう何年の付き合いだと思っているんですか?」


「ありがとう、クロリアナ」


 私はクロリアナの言葉に感動しながらも、涙があふれないように必死に我慢をする。王宮で一人ぼっちでいた時も、国が滅んで居場所がなくなった時も、いつもいつも私のそばにいてくれて、支えてくれて、本当にありがとう。


「ところでクロリアナ、こんな短期間でよくドミオン商業ギルドを辞めてこれたわね。疑われたりしなかったの?」


「そこは大丈夫です。リーディットさまがドミオン商業ギルドが傾くくらいの損害を与えてくれたおかげで、ドミオン商業ギルドは大混乱。経費削減のため、仕方なく大規模な人員整理をしたので、私はそこに便乗できました」


「そうなんだ」


 私はそう短く答えたものの、自分のした取引の影響で、ドミオン商業ギルドを辞めざるを得なくなった人たちの今後の生活に思いが至ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「なんて顔をしてるんですか、リーディットさま。これだけの取引をしたんです。胸を張ってください。ただ、タキオン商業ギルドの件はちょっとやりすぎだとは思いましたけどね」


「やっぱり?それ、昨日ウォルマーにすごく怒られた」


「まぁ、ウォルマー様ならそう言うかもしれないですね。ウォルマー様はああいう騙し討ちみたいな取引が大嫌いですから、リーディットさまにあの手の取引をして欲しくないと思っているんでしょうね。ただ安心してください。私は、私たちの祖国クテシフォンを滅ぼす引き金をひいたタキオン商業ギルドが大嫌いですから、リーディットさまのあの取引、正直スカっとしましたよ」


 そう言ってクロリアナは満面の笑みを私にむけた。

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