第57話:タキオン商業ギルドでの攻防③
「リツ様に搬入していただいた二トンの木材、確認させていただきました」
待合室の木製のドアのつがいが
「早速ですが報酬の銀貨五千枚です。ご確認ください」
「あっ、はい」
気の利いたジョークでも言って時間を稼げばいいのに、私は思わずオスヴィットの問いに即答してしまう。いや、オスヴィットもオスヴィットで、女の子の前なんだからジョークの一つでも言うのが紳士の
「リツ様は女性でいらっしゃるので、銀貨五千枚を渡すというのはさすがに失礼だと思いまして、金貨でご用意させていただきました。これで問題ありませんか?」
「はい」
「それでは失礼します。後日、リツ様の木材を買い取る日が来るのを楽しみにしております」
そう言うとオスヴィットはすくっと立ち上がり、部屋から立ち去ろうとする。このままではまずい、私の一番大切な話ができていない。ええい、もう知らない、そう決意した私はとっさにオスヴィットを呼び止めた。
「待ってください。まだ買い取ってもらいたいものがあります」
私がそう言うと、オスヴィットはあからさまに嫌な顔を浮かべ、私の方に振り向いた。
「申し訳ございません。先ほども言いましたが今は時間がありません。手短に済ませてもらうことはできますか?」
「大丈夫です。この商品はオスヴィット様の関心を特に引くものだと思いますので」
そう言って、私は自分の傍らに置いておいた麻の布で巻かれた細長い棒状のものを、テーブルの上に乗せる。「これは?」と聞くオスヴィットに対し、私は「開けてみてください」と答える。
「これは、剣ですか?それもアルマヴィル帝国の騎士が持っているような装飾が施されていますね」
「はい、これは、アルマヴィル帝国の近衛騎士専用の剣になります。オスヴィット様には、この剣を買い取って欲しいのです。料金は、そうですね、私がこの後スムカイトで雇う商人の道中の安全というのはどうでしょうか?」
私のこの言葉にオスヴィットは、不思議そうな顔を浮かべる。
「何を言っているのかわかりませんが、つまり手紙の納期をギャンジャの森を通らなければならない三日から、森を迂回する街道を通る一週間に変更してほしいと言っているのですか?」
私はオスヴィットの言葉に大きく首をふった。
「そうではありません。ランカラン王の勅令を手紙という形で回避する例の契約は、三日という絶妙な時間制限があって初めて成立するものです。これを一週間に変更してしまっては、周りの商業ギルドやランカラン王国政府に疑いをもたれてしまいます。つまり私が言いたいのは、タキオン商業ギルドに『私の雇った商人に限り、ギャンジャの森での山賊行為をやめてもらいたい』というものです」
私のこの言葉に部屋の空気が一瞬で凍りつく。しかし、オスヴィットはその笑い声で、凍りついた空気を一瞬で融解させてみせた。
「申し訳ございません。リツ様が何を言っているのか私には理解できません。山賊行為をやめてほしければ山賊に直接頼むしかないですし、その料金がアルマヴィル帝国の近衛騎士専用の剣というのも理解できません」
このまま話を続けていたら、時間がないことを理由にオスヴィットに逃げられてしまう。しかし、タルワールが来るのも待ちたい。そんな矛盾に満ちた
「オスヴィット様。今回は持って回した言い方をした私に落ち度がありました。申し訳ございません。では、単刀直入に言わせてもらいます」
「タキオン商業ギルドとアルマヴィル帝国が手を組んで、ギャンジャの森で山賊行為をしていることを私とタルワールはもう知っています。だから私の雇った商人に限って山賊行為をやめて欲しい、そうお願いしているのです」
私がそう言うと、オスヴィットの表情が一瞬で厳しいものに変わる。
「私はこの旅の道中、山賊に襲われました。しかし道中の危険に備え、私はたまたまシルヴァン予備軍を雇っておりました。そのおかげで私は命と荷物を守ることができたのですが、その際、山賊が手にしていたのがそのアルマヴィル帝国の近衛騎士専用の剣です。そしてシルヴァン予備軍は山賊の一部を捕らえていまして、その証言から私たちはこの真実を知ったのです。ご存知だとは思いますが、先ほど私と一緒にいたタルワールはシルヴァン予備軍の連隊長を務めておりまして、シルヴァン自治政府の要職にあるものです。もうこれ以上の説明は必要ないと思いますが、今の状況、わかっていただけましたでしょうか?」
証言なんか何もないのに、推論をまるで真実のように話す酷い詭弁。嘘に塗りつぶされた酷い詭弁。私はそんな詭弁を堂々と主張する自分にひどい自己嫌悪を覚えたものの、その詭弁がもたらした効果は抜群であった。つまり私のこの詭弁は、部屋の中の空気を再び凍りつかせ、わずかな呼吸さえ許さない雰囲気を作り出したのだ。そして、その当事者たるオスヴィットは押し黙り何も言葉を発することができずにいる。
どれだけの時間が経ったのだろうか、それとも一瞬の時間であったのだろうか、体感としての時間の経過と現実の時間の経過の区別がつかない状況の中、オスヴィットはようやく重い口を開いた。
「しばらく、おまちください」
オスヴィットはそう告げると、再び扉の奥に姿を消した。
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