第55話:タキオン商業ギルドでの攻防①

 私とタルワールは総丸太つくりの巨大な建物の前に立っていた。その建物は焼け落ちた周りの建物とは対照的に、まるで木の香りが今にも香ってくるような新鮮さを保っていた。そして私が見慣れたこの建物こそ、典型的なアルマヴィル帝国建築であり、この建物こそ、タキオン商業ギルドのシルヴァン支部であった。


 私はここで商取引をする前に、木材をおろす前に、タルワールにお願いしなければならないことがあった。私はこの旅の中で一番の決意をもって、この旅の中で一番の真剣さをもって、タルワールに話しかける。


「タルワール、これから私の言うお願いを聞いてほしいの」


 そんな私の真剣さが伝わったのであろうか、タルワールは私の言葉に真剣な表情で「あぁ」とうなずいてくれた。


「私はこの後、三つの証書をタルワールに渡すと思う。一つは貸倉庫契約の証書、一つはドミオン商業ギルドがタキオン商業ギルドの貸倉庫の使用を認める証書、そして最後は、これからタキオン商業ギルドで新規に発行してもらう予定の証書」


「この三つの証書は、今回の商取引で一番大事な礎になるものなの。だから、私がタキオン商業ギルドと話している時、なんとかタイミングをつくるから、この三つの証書をクテシフォン商業ギルドにいるコーネットという人物に渡して欲しいの。クテシフォン商業ギルドの受付にリーディットから頼まれたといえば、最優先で取り次いでくれると思うから」


「それくらいなら構わないが、リーディットというのは何かの暗号なのか?」


 タルワールは不思議そうな顔で私にそう尋ねてくるも、私は気がつかないフリをして話を続ける。


「タルワール、引き受けてくれてありがとう。あと、これが最も大事なことなんだけれど、タルワールが証書を持ち出すことをタキオン商業ギルドに悟らせたくないの。あくまでも自然に持ち出して欲しいの。やってくれるよね?」


 私が不安げにタルワールに尋ねると、タルワールは「わかった」と二つ返事で引き受けてくれた。


「えっとね。証書をタルワールが持っているということを普通に思ってもらうために、カモフラージュとして先に『売買契約の証書が入った手紙』と『貸倉庫契約の証書』と『タキオン商業ギルドの貸倉庫の使用を認める証書』を渡しておくね。私が交渉中に指示を出すから、適切な証書を取り出して私に渡してほしいの、協力してくれる?」


 そう尋ねると、タルワールは無言でうなずいてくれた。


「あと、これは補足なんだけど」


 私は申し訳なさそうに上目遣いでタルワールの瞳を凝視する。


「タルワールが店から出ていった後のことなんだけど、できるだけ穏便に話を進めるつもりでいるんだけど、きっと、多分、私は命を狙われる状況になると思うの。だからできるだけ早く帰ってきてほしい」


 そんな私の言葉を最後まで聞いて、タルワールは大きなため息を漏らす。


「またここでも命を狙われるとか、リツはどれだけ多くの人間に恨まれているんだ?さすがに呆れて言葉もでないぞ。でも、わかった。リツがそれだけ真剣な顔で俺に頼むということは、余程のことなんだろう。それはそれで仕方がない。このタルワールの名に懸けて何も聞かずに引き受けてやろう。ただ、その、命を狙われている状況をなんとか避けることはできないのか?」


 そうタルワールに問われると、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「そうね、私もできれば避けたいと思っている。でも、こればかりは先方次第。悲しいことなんだけど、どこの世界でも同じことなんだけれど、とかく女子一人というのは何かと軽く見られるものなの。もちろん言葉通りの意味ではなくて、命が軽いという意味だけれど」


 そんな私の顔をみたタルワールは、複雑そうな顔をして大きなため息をつく。


「わかった、わかったから。そんなに自分を追い詰めるな。まかせておけ、ちゃんと上手くやってやるから」


 そう言って、なんだかんだで私の言葉を真剣に受け止めてくれる。常に真摯な態度で私に接してくれる。そんなタルワールは、私にとって本当に尊いものであった。

そんなやり取りの後、私は意を決して荷馬車を荷役場に回す。吐き気を催しかねない緊張感が私の顔から血の気を奪っていく。そしてそれは、すれ違う商人が私のあまりにもの顔色の悪さに心配して声をかけてくるレベルのものであった。


 そんな自分にムチ打って、私が木材の荷役場にたどり着くと、そこには他の商人は誰もいなかった。木材不足が深刻だとは聞いていたけれど、ここまでとは。私はとても大きな衝撃を受けた。しかし、そんなことなんか気にしていられない。私は私がやるべきことをしないといけない。そう決意した私は、木材受入の受付に向かい、スムカイトで頼まれた手紙を届けに来た旨を伝える。すると受付の女性は一瞬おどろいた表情を見せるも、それも一瞬のこと、すぐに淡々と業務を処理し始めた。


 その後、受付の女性はタルワールが差し出した手紙の表面と裏面を確認すると「待合室でお待ちください」と一言告げて、手紙を持って奥のオフィスに消えていった。私とタルワールしかいない待合室の中、時間が刻一刻と過ぎていく。今回の取引、時間の余裕がほとんどない。なんとか早く話を始めてもらわないと、そんな焦燥感が私に襲いかかる。とにかく胃がキリキリと痛む。しかし、意外な早さでタキオン商業ギルドの担当者は私の目の前に現れた。ただ、そのゴツゴツとした体躯は、私を恐怖させるには充分なものであったが。


「これはこれは、リツ様。今日は木材、いや手紙でしたな。わざわざスムカイトから運んできていただき本当にありがとうございました。では手紙に入っていたこの売買契約書に従い、持ってきていただいた木材一トン当たり銀貨二千五百枚で引き取らせていただきましょう。ご存知の通りシルヴァンは深刻な資材不足に見舞われていまして、特に木材は在庫が枯渇して困っておりました。本当に助かりました」


 担当者は、このような通り一遍の社交辞令をすますとオスヴィットと名乗った。オスヴィットはシルヴァンにおける木材関連の取引をすべて取り仕切っている商人で、私はこのオスヴィットから木材市場の近況をかなり詳しく聞くことができた。


 例えば、世界全体で木材はかなり不足しているとか、アルマヴィル帝国側から木材の供給が少なくて困っているとか、世界中の木材をドミオン商業ギルドが価格関係なしで買いあさっているとか、とにかくオスヴィットは色々なことを教えてくれた。ただ、この事象の一部の要因は私に帰する。そのことを理解していたからこそ、私は罪の意識にさいなまれ、多少の苦々しさをもってこの話を聞いていたのではあるが。


「ところでオスヴィット様。木材絡みで相談があるのですが、よろしかったでしょうか?」


「私どもにとって、いい話であれば伺いましょう」


 オスヴィットはそう言って人懐っこい笑顔をみせる。


「まずは、こちらの契約書を見てもらえませんか」


 そう言って私が促すと、タルワールは貸倉庫契約の証書をオスヴィットに手渡した。


「これはなかなか興味深い証書ですね。このうちが出した証書に対し、私は何をすれば利益が得られる話になるのでしょうか?」


「はい、今から私がお話する話は、オスヴィット様にとっても、私に取っても利益が得られる話になると思います」


 私はそう言って話の口火を切った。


「今日ここシルヴァンに着いて私が思いましたのは、シルヴァンの木材の枯渇は深刻な状況であるということです。そしてこの状況を少しでも改善するために、私が持っている在庫の木材をいちはやくタキオン商業ギルドの皆様に提供したい。そう考えております」


「なるほど」


 そう言ってオスヴィットはうなずいた。


「しかし、私がその木材を届けるとなると、いったんスムカイトに戻らなければなりません。ただ、私は、ギャンジャの森を抜ける際、凶悪な狼に襲われました。そのため心情的に森を抜ける街道を通ってスムカイトに戻る気にはならないのです。そうなると森を迂回する街道を使わざるを得なくなりまして、移動だけで一週間以上の時間を使ってしまいます」


「なるほど、お気持ちは理解できます」


 オスヴィットは再び相槌を打つ。


「そのため私は、スムカイトで他の商人を雇い、私の木材をギャンジャの森を通る街道を使ってシルヴァンに運んできてもらうよう依頼したいのです。しかし、そうなると私が払うコストがあまりにも大きくなってしまいます。そこでお願いしたいのですが、次回の成功報酬、一トンあたり銀貨二千五百枚から銀貨二千七百枚に変更してもらえないでしょうか?」


「おっしゃりたいことは理解できました。それでは一トン当たり銀貨二千六百枚であれば、お引き受けしましょう。それでよろしいですかな?」


 そう言ってオスヴィットは私の前に右手を差し出した。しかし、私は首を左右に振った。


「値段は銀貨二千六百枚でいいんですが、一つだけ問題が残ります。それは仕入れた木材の八割、つまり自由にランカラン王国から持ち出せない木材の処遇についてです。当然のことなのですが、この八割の木材は一年間、どこかの倉庫に保管しておかなければなりません。その解決策として、私とタキオン商業ギルドの間で結んだのが、この貸倉庫契約になります」


「しかし、この貸倉庫契約には問題があります。この契約、契約者が私になっているのです。つまり、私が直接スムカイトに行かなければ、木材をタキオン商業ギルドに預けることができないのです。しかし私の持つ木材は結構な量がありまして、街に持ち出せない八割の木材をタキオン商業ギルドの倉庫に一人で運ぶとなると相当な時間がかかります。さすがにその時間的損失は避けたいので、商人を雇ってそれを代行してもらう予定なのですが、残念なことに、まだどの商人を雇うか決まっておりません。また、私が雇う商人が決まったとしても、その後、商人一人一人がタキオン商業ギルドと貸倉庫契約を結ばないと木材を搬入することができないのです。この形だと膨大な時間がかかり、ご迷惑をかけてしまいます」


「そこで私の提案は、この貸倉庫契約の名義を私からクテシフォン商業ギルドに変更していただきたいというものです。もちろん私が持っている木材に限ってですが。そうなれば商業ギルド名義で貸倉庫に木材を預けることができるようになりますので、私がクテシフォン商業ギルドに所属する商人を雇って木材を搬入するという形にすれば、一人ずつ個人契約を結ぶ必要がなくなります。いかがでしょうか?」


 そう言って私が強引にオスヴィットの右手を取ると、オスヴィットは苦笑いを浮かべ「わかりました、リツ様の言う通りにしましょう」と応えてくれた。

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