第19話:だって、お金が好きだから
「ところで、リツ」
タルワールはそう言って私の横に再び腰を下ろすと、私の顔をマジマジと見つめながら急に話しを始めた。ちょっと近い、近いってば。
「なぁに、タルワール」
私は赤くなった顔がバレないように視線をそらすと、できる限りの平静を装う。
「ずっと不思議に思っていたんだが、リツはどうして酒場の給仕を辞めて旅商人なんかしているんだ。そんなに給仕の給料が気に入らなかったのか?」
なにこいつ、剣と甲冑の手入れが終わった途端、急に
「なに言ってるの、タルワール。さすがの私でも、給料とか、そんな些細な理由で旅商人になろうとは思わないわよ」
私は大げさに肩をすくめて小さく笑う。
「えっとね。正確に表現をするとすれば、次の取引をする準備が整ったから酒場の給仕をやめて旅商人に戻ったって感じかな。ほら、さっき一緒に話していたじゃない、商人も準備をしている時間の方が長いって。今回はそんな感じの話よ。だから、給料が安いとか高いとかは関係ない。私はシンプルに旅商人という仕事が好きというだけ」
私はそう言って一人でウンウンと
「しかし、リツ。旅商人というものはそんなに魅力的な仕事なのか?リツは普通にかわいいし、酒場の給仕の仕事の方があっていそうな気がするんだがな。だいたい今回みたいに命がけでギャンジャの森を横断するなんてことしなくていいんだぞ」
ちょ、かわいいって。そんな、あ、当たり前のこと言われても、わ、私、動揺なんてしないし、でも、そんなにかわいかったのかな、やっぱり、私、看板娘だったのかな、うんうん。じゃなくて、もう、私は、ほんとすぐに脱線しちゃうんだから。
「そうね。確かに酒場の仕事も楽しかったわよ、うん。ほら私って、かわいいから、みんな私のことチヤホヤしてくれたし、じゃなくて、なんていうの。ちゃんと仕事を任されて、ちゃんと責任を持った仕事ができるって感じがいいわよね、うん。でもね、タルワール。残念だけど、それは同じ何かを繰り返す仕事なの」
私がそう言うと、タルワールは小さく首をかしげる。
「私はね、常に今を生きていたいの。そして常に新しい何かを知りたいの。色々なことを見たり、聞いたり、色々な人と出会ったり、そういうことが私はとても楽しい。それは同じことを繰り返して熟練していく給仕の仕事じゃ絶対にできないことなの。だから私は旅商人をしているのよ」
私はそう言って雲一つない星空を見上げると、その手を大きく伸ばす。
「私はまだまだ色々なことを知りたい。そう、この大空に広がる星ひとつひとつの物語でさえ、私は全部知りたいの」
タルワールは「そうか」と小さく
「まぁ、とにかくだ。リツが酒場の給仕の仕事より旅商人の方が好きな事はわかった。わかったんだが、そもそもリツはなんで旅商人になろうと思ったんだ」
「それは簡単、私はお金が好きだから、好きなお金をいっぱい集めたいから」
私はタルワールの問いに即答する。しかし答えを聞いたタルワールは、私の答えが予想外だったらしく、一瞬驚きの表情を浮かべるも、すぐに不思議そうな表情に変化させる。
「え、理由はそれだけなのか?」
「それだけよ」と私はまたも即答する。
「いやいや、お金というのは手段だろう。お金が好きで集めているヤツというのは、何かしら買いたいものや、やりたい事があるからお金を集めているのであってだな。それを目的で集めることなんかはしないというか。つまりだ。リツは何か買いたいものとかやりたい事のためにお金を集めている訳ではないのか?」
「なに言ってんの、私にだって買いたいものくらいあるわよ」
そういって私はタルワールの鼻先に人差し指を突きつけた。
「私は国が買いたいの。だから国を買えるくらいのお金を貯めるのが私の目標。わかった?」
私が真剣な顔でそう言うと、タルワールは一瞬呆気にとられていたようであったが、すぐに森全体に響くくらいの大きな声で笑いはじめた。
「ははは、それは気宇壮大な途方もない目標だな。じつにリツらしい目標だ。ほんとリツは面白いよ」
タルワールはそう言ってしばらく笑っていたものの、急に真顔で私に語りかけてくる。
「リツ、そんな壮大な目標を掲げたら一つ大きくて深刻な問題にぶつかるんだが、それは考えなくていいのか」
「え、大きくて深刻な問題?」
私は不安げにタルワールに聞き返す。
「ズバリ、恋愛や結婚とかの問題だ。この件に関してリツはどう考えているんだ。そんな目標を立てて頑張っていたら、あっという間にお婆ちゃんになっちゃうぞ」
突然の話題に私は思わず「えっ」とタルワールに聞き返したものの、タルワールは気にせず話を続ける。
「リツはまるで興味がなさそうなんだが、実際のところ恋愛や結婚とかについてどう考えているんだ。もちろん年をとってもできないことでもないし、焦ることでもないとは思うんだが、若い時の方が圧倒的に経験しやすいことだと俺は思うんだがな」
タルワールはそう言って一呼吸置くと、さらに話を続けた。
「そうだな、リツみたいな言い方をするならば、リツは、今自分がもっている若さという資源を無駄に死蔵させていることについて、商人として何か思う事はないのか」
タルワールにそう問われ、私は思わず絶句する。その件に関してはタルワールの言う通り、ぐうの音もでない。しかし、ぐうの音もでないからといって負けるわけにはいかない。なんとか反論しないと腹の虫がおさまらない。
「そ、そうね。よ、夜に、だ、男女が二人きりでいるというのに、こんなロマンティックのかけらもない会話をしているのだから、お、お互い結婚とか恋愛とかには縁がないかもしれないわね」
私は必死にそう答えたものの、タルワールは再び不思議そうな顔を私に向ける。
「リツはなにをいっているんだ?」
「え?」
「俺たちがこんなロマンティックのかけらもない会話をしているのは、仕方がないことだろうに」
「え、仕方がない?」
私は不思議そうな顔をして、タルワールに言葉の真意を尋ねる。
「それは、リツどのがご要望した条件が契約書に書かれているからさ」
私はタルワールが何を言っているのか全く理解ができず、目を丸くするのみであった。この男、いったい何を言っているのかしら、そんな思いで満たされた私にできることは、しばらく不思議そうな顔を浮かべることだけであった。しかしそれが、自分が契約の時にこだわった貞操の条件であることに思いが至ると、私の全身すべての穴という穴から冷や汗が噴き出し、顔を耳まで赤く染めてしまう。そしてそんな様子を見ていたタルワールは、私から視線を外し、さりげなく話題を変えた。
「さて、リツどの。今日はもう遅いから、そろそろ寝たほうがいい。明日は早く出発する予定だ。寝坊されたら困るからな」
「そうね」と私はなんとか気持ちを切り替えて、できるだけ平静を装って短く答えて立ち上がると、お尻についた土を両手でぱんぱんと払った。
「じゃあお言葉に甘えて寝させてもらうわね。で、見張りはいつ交代すればいいの?」
私は寝具を取りに荷馬車に向かうと、後ろからタルワールの大きな声が聞こえてくる。
「見張りは交代しなくてもいい、今晩は俺が寝ずに見張りをするから」
「えぇ、そんなのちょっと悪いわよ」
私は思わず振り返り、タルワールに反論する。
「リツが見張りをしても何の役にもたたないさ。リツが狼に気が付いた時には、リツは俺を起こす前に殺されているだろうしな。俺も狼に寝込みを襲われるのはさすがに勘弁してもらいたいしな」
そう言ってタルワールは再び大きな声で笑い始めたが、私はこのタルワールの鋭すぎる言葉の前に、一言も反論できない自分を情けなく思った。
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