第16話:図々しくないかしら
「その依頼、俺が引き受けよう。但し、報酬は銀貨百二十枚だ」
隣のカウンター席から突然大きな声。慌ててその声の主を確認すると、そこには全身甲冑で固めた男が立っていた。しかも、どう贔屓目に見てもカッコいい、
「と、突然なんですか。人の商談に割り込んできて」
私はドギマギしている気持ちを無理やり押さえこみ、できるだけ冷静な口調でそのカッコいい男に返事をする。
「嬢ちゃん、これから旅するにあたって護衛を探しているんだろ。よかったら俺を雇ってくれないか?」
「雇うって、そもそもあなたは何者なんですか」
「俺の名前はタルワール。騎士をやっている」
ちょっと、そういう意味じゃない。もしかしてこの男、自分がカッコいいものだから何しても許されると思っているんじゃないの。思わず私は心の中でそうツッコミをいれる。どうやら私は内心もの凄く腹が立っているみたいだけど、出てくる言葉は敬語。いやこれは、あれ、女子特有のいい男補正ってヤツで、とにかくゴメンなさい。
しかし、今日はこの顔立ちのいい男とうまく、じゃなくて、今日はこの男と呑気におしゃべりしている暇はない。今日でなければ喜んで、じゃなくて、早く木材を買いつけにいかないと間に合わなくなっちゃう。名残惜しいけど、ここはうまく断らないと。
「ごめんなさい。私は銀貨十枚でこの依頼を受けてくれる人を探しているの。私みたいな駆け出しの商人には、銀貨百二十枚みたいな大金はとても払えない。他を当たってもらえないかしら」
節々に未練がタラタラ詰まった声色で話をしてしまったものの、とっさに考えたわりにはいい言い訳じゃない、これ。随分それっぽいしね。私は心の中でそう自画自賛しながら、精一杯の申し訳なさそうな顔をこのカッコいい男に向けて、席を立つ。うーん、でも、もったいない。ほんと、もったいない。
「待て待て。俺の話も聞いてくれ」
もう呼び止めないでよ、私だって未練があるんだから。そう憤って振り向くと、タルワールは口もとに笑みを浮かべて話を続けた。
「嬢ちゃん、明日からの護衛が必要なんだろう。しかもギャンジャの森を抜けるとか言っていたな。しかしあの森、夜には狼が出るし、最近は山賊も出るらしい。嬢ちゃんは、そんな物騒なところに行く商人の護衛を、たった銀貨十枚で引き受けるヤツがいると思うのか。下手したら命がけの仕事になるんだぞ」
「うっ」と私は声にもならない声を上げる。確かにそれはその通り。私が思わずうろたえた表情をつくると、タルワールは、すぐさま自信ありげな表情で私の目をじっと見つめてくる。ちょっと、ほんと、そういう目はやめて。いい男にそんな目をされたら、断れる女子なんてこの世に存在しないんだから。
「申し出は本当に嬉しいのだけれども」
私は感情を押し殺し、理性を必死に優先させ、途切れ途切れに話を紡ぐ。
「申し出は本当に嬉しいのだけれども、私はあなたを雇うことはできない。なぜなら報酬が高すぎるのよ。あなたは知らないと思うけど、私は二日前までここの酒場で月給銀貨十枚で働いていたの。そんな私が銀貨百二十枚なんて大金、払えるわけないじゃない」
私は言葉をつまらせながらも、言うべき事をなんとかタルワールに伝える。
「確かにそういう事情であれば仕方がないかもしれないな。しかし、狼はともかく山賊はどうするつもりだ。ここ二カ月、ギャンジャの森を通った多くの商人が山賊に襲われたと聞く。もし明日までに護衛が見つからなかったとき、嬢ちゃんは一人であの森を抜けるつもりなのかい」
「でも、死んだ人は一人もいなかったはずよ」
「確かにそうだ、さすがによく調べている。聞いていた通りの性格だな」
私のとっさの反論にタルワールは少し面食らったような表情を浮かべ、そう独白するも、すぐに私に反論する。
「よく考えてみてくれ。今まで山賊に襲われた商人は全員無事だった。確かにそれは嬢ちゃんの言う通り。しかし、これからも大丈夫だという保障はどこにあるんだ?いや、それ以前に、嬢ちゃんは命さえ助かれば、荷物はどうなってもいいと考えている商人なのか?」
これはタルワールの言う通り、ぐうの音もでない。私の場合、命よりお金の方が大切まであるもの。山賊に襲われた時、素直に荷物を諦めている自分を想像することができないもの。
でも、よくよく考えてみたら私、まだ死ぬわけにはいかないのよね。これはこれで悩みどころかも。もし護衛が見つからなくても、私の性格なら、お金が
うーん、どうしよう。昼までに自分で護衛を見つけないとメンドクサイことになっちゃうし、このイケメン思い切って雇うか。銀貨百二十枚は論外だとしても、カッコいい男に言われることなら、私も素直に言うことを聞いて無謀なことをしなさそうだし、いい男に会える機会を逃すのももったいないし、うん、決めた。この男を雇おう。でも銀貨百二十枚は払わない、絶対に払わない。
「わかった。あなたも困っていそうだから、仕方がないから雇ってあげる。但し、銀貨八十枚。それも成功報酬で渡すという形でね」
「おいおい、さすがにそれは強欲だろうに。荷物が奪われたらタダ働き。しかも三割以上もまけろとか、通るわけがないだろう」
タルワールは私の提案にすっかり呆れ顔だ。でもまぁ、ご指摘の通りではあるのだけれども。って、どうでもいいけどこの男、計算早いわね。
「確かに、タダ働きになってしまうのは申し訳ないから、半金を最初に支払って、残りは成功報酬って形なら譲歩してもいいわよ。値段はもちろん銀貨八十枚ね」
「譲歩するのは、半金だけかい?」
そう言ってタルワールはニヤリと笑う。この男、銀貨八十枚で譲歩する気ゼロってわけね。
「わかった、ならば銀貨九十枚。私の一カ月分の給料を足すからこれで契約してくれない?」
私はそう言ってタルワールに右手を差し出した。
「いやいや、それではさすがに契約できない。銀貨百十枚、これでどうだ。嬢ちゃんの一カ月分の給料を値引きしといてやったぞ」
「ならば」と、私は差し出した右手でタルワールの右手をつかむと、強引に握手をした。
「お互い、私の給料二カ月分譲歩するということで銀貨百枚、これで決まりね」
私のこの言葉を聞いてタルワールは大きくため息をつくと、強引に握られた右手に力をこめた。
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