第08話:さてさて何ができるかな?

 陽が西に沈み始め、森が少しずつ闇に飲まれていく。そんな黄昏時に私は一人、アラル川で料理の下準備に精を出していた。まったく、どうでもいいことなんだけど、私みたいなかわいい女の子を一人、こんな所に残しておいて罪の意識はないものかしら。あ、いや確かに、最後は私も了承したんだけれど。でも男だったら普通、ここに残るよね?


 私は言う宛てのない文句をブツブツつぶやきながら、これから夜を迎える森にたった一人残される恐怖を無理やり心の隅に押し込んだ。と、とにかく、あんな薄情なヤツのことは忘れて、自分のやるべき事をしないとね。私はそう自分に言い聞かせると、無理やり心を前に向かせ、料理を作り始めることを決意する。


 まずは野菜の下準備から始めないとね。そう考えた私は、麻袋に入れておいたジャガイモ、玉ねぎ、ルッコラ、アスパラガスを取り出して川で洗い始める。源流に近いこともあって、川の水はとても澄んでいて、思った以上に野菜を綺麗に洗うことができた。私はそんな野菜たちを見て、思わず幸せな気分になる。野菜を洗い終わった私は、腰元から颯爽とナイフを取り出して、適当な大きさに切り分ける。勘違いしてほしくないのは、適当といってもいい加減にやる適当ではなく、適切に当たるの適当ね。ここら辺が、大雑把なタルワールと繊細な私との決定的な違いというわけね。


 次に私は燻製くんせい肉を取り出した。この燻製くんせい肉は特別なもので、私にとって嬉しい事があった時にだけ食べるとっておき。さすがにタルワールに食べさせるのはもったいないかと一瞬躊躇ちゅうちょしたものの、銀貨十枚のためとなれば仕方がない、奮発しないとね。そう考えた私は手持ちの燻製くんせい肉を四分の一に切り分けようとしたものの思いとどまり、半分に切り分けた。タルワールってわりといい男だし、これくらいサービスしてあげても、じゃなくて、そう、これは契約、契約なんだから仕方がない。美味しいと言ってもらえなかったら銀貨を十枚もとられちゃうんだから。


「さてと」


 下準備を終えた私が肉と野菜を持って野営地に戻ると、そこにタルワールの姿はない。まだ帰ってきていないとか、私のこと心配じゃないのかしら?と心の中で思わず悪態をつく。しかし野営地には、焚き火と周りの石を寄せ集めて作った簡易的なかまどがくみ上げられ、その横には鍋が整然と並べられていた。まったく、あの男はどれだけ私の料理を食べたいのかしら、と心で皮肉を言いつつも、私の頬は緩みっぱなしだ。


「では調理をはじめましょう!」


 私は並べられた鍋の中から底が深い鍋を二つ取りだすと、一つの鍋には水を張って火にかける。そしてもう一つの鍋はそのまま火にかけて、バターとオリーブ油を少し入れ、玉ねぎとルッコラを一緒に炒めはじめた。周りは随分暗くなり調理がしにくくなってきてはいるけれど、これならまだ大丈夫。私は鍋の中の玉ねぎがしんなりするタイミングを見計らって鍋にジャガイモと燻製くんせい肉を合わせると、それを一緒に炒めていく。そして野菜と肉にバターと油が充分に絡みあったことを確認すると、小麦粉を混ぜ合わせて一気に炒めあげた。


「最後にこれっと」


 鍋の中で小麦粉にとろみがついた事を確認すると、さっき鍋に水を張って沸騰させておいたお湯と、水筒に入れておいた牛乳を鍋に注ぎ、混ぜ合わせた。じゅっという音と同時に、野菜と肉の香ばしさが鼻腔をくすぐる。うーん、おいしそう。このシチューならなんとか勝負になりそうね。


「さて、シチューはこんなところにしておいて、もう一品作っておかないとね」


 周りに人がいないことを良いことに、私は独り言を言いたい放題だ。私はアスパラガスを取り出して丁寧に皮をむくと、最初に水を入れ火にかけていた鍋にアスパラガスを放り込む。ぐつぐつ沸騰した鍋の中、アスパラガスは自由に動き回り、ほのかに甘い香りを漂わせてきた。このアスパラガスを美味しく茹で上げるというのはナカナカの技量がいるもので、私みたいな熟練の料理人じゃないと難しいのよね、と自画自賛しながら、私はタイミングを見計いアスパラガスを鍋から取り出してみせた。うん、完璧な茹で具合。


 私は茹で上がったアスパラガスと燻製くんせい肉をフライパンに入れ、塩と片栗粉をまぶして一気に炒め上げる。うーん、これもとても美味しそう。これならタルワールがいつお腹をすかして帰ってきても大丈夫と私は心の中でそうつぶやいた。さてさて、先程煮込んでいたシチューもいい頃合い。私は、仕上げに塩、白ワイン、バターを加えて味を整えて蓋をしめると、再びシチューを煮込み始めた。これでシチューも出来上がり。でも、折角だから、タルワールが来るまでシチューは煮込んでおいてあげようかな。シチューは煮込めば煮込むほど美味しくなるっていうしね。さて、これで今日の夕食は出来上がり。勝負だタルワール。

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