第06話:どうして男は料理を作らせたがるの?

 うーん、さすがにこれは気まずい、よね。


 タルワールがお姫さまとか変なことを言うから、変に意識しちゃったじゃない。そりゃあ、ね。私も女の子だし、められれば多少はね。ほら、いい気分にもなる、なるわよ。でもお姫さまは言いすぎ。確かに、まぁ言われてみればそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、言われて悪い気もしないんだけど、とにかく極端なのよ。急にそんなことを言われたら、ね、反応に困るのよ。だいたいタルワールは、女の子をめる時、もう少し言葉を選ぶべきなのよ。


 私が、そんなどうしようもない感情を消化できずに悩んでいても、目の前に突きつけられた現実は気まずい沈黙だけ。せっかくタルワールが頑張って空気を変えてくれたのに、私が意識しすぎたばかりに台無し。ほんと私ってバカなのかしら。ほらそのせいで、今まで気にもしなかった鳥のさえずりや、風が木を揺らす音さえ大きく感じるし、キャロルの蹄の音や馬車の車輪がきしむ音に至ってはもはや轟音レベル。私は沈黙恐怖症ではないけれど、さすがにこのジリジリとした沈黙は気まずいし、これ以上の沈黙には耐えきれない。なんとか空気を変えないと、そう思って焦れば焦るほど何も言えないし、何することもできやしない。とにかく、なんでもいいから空気を変えるきっかけが欲しい。今度はちゃんとその空気を大事にするから、お願い。


 そうやって私が必死に願えば願うほど、変化が起きる兆しは一切なく、さっきまで頻繁ひんぱんにすれ違っていた早馬ですら鳴りを潜めてしまう。


「ところで」


 耳元で急にタルワールの声。さすがタルワール、この気まずい沈黙を破ってくれるなんてほんとありがたい。不甲斐ない私と違って、ほんとこういう時だけは頼りになる。よし、今回も全力でのっかるぞ。


「ところでリツ、護衛契約の他にもう一つ契約があったことを覚えているか?」


「もちろん覚えているわよ。夕食のことでしょ?」


「そう、夕食の話だ。俺は育ちがいいから食事には結構こだわりがある。今日はそんな俺のために、お姫さまが直々に腕を振るってくれるというのだからなおさらだ。どんな料理を作ってくれるのか、今からとても楽しみなんだが」


 大人っぽい言葉で私をからかっていたと思ったら、今度は食事の話か。タルワールって結構子供っぽいなと、私は思わず「ふふっ」と笑う。それにしてもこの男、大人なのか子供なのかよくわからないのよね。それとも男という生き物はみんな大人になりきれない子供なのかな?


 私はそんな事を考え始めたものの、ふと浮かんだ哲学的な疑問に私の思考はすぐに上書きされる。すなわち男という生き物は、どうして女に料理を作らせたがるかという疑問だ。実はこの疑問、単純そうでなかなか難しい。私なんかは、料理なんて人それぞれ好みがあるのだから、自分で作った方が自分の好きな味付けにできる分、美味しい料理ができるに決まっていると考えているのだが、男という生き物はどうもそう考えないらしい。私調べでは、どうやら男という生き物は、女子が作った料理に必ず美味しいと答える習性を持っている。もしそれが正しいとすれば、私とタルワールが結んだ契約内容と大きく矛盾する。


 つまり私がタルワールと結んだ契約、私が作った夕食をタルワールが食べて、おいしくないと言えば私が銀貨十枚を払うというとんでもない契約にだ。もし男という生き物が、女子の作った料理に必ず美味しいと答える生き物であれば、こんな契約に価値などない。にもかかわらずタルワールはこの契約にこだわった。つまりそれは美味しいという基準が、もしくは、美味しいという言葉の意味が、私、いや、男と女で異なるからではないだろうか?


 男という生き物は、料理の味よりも量を気にするという。確かに私が働いていた酒場でも、男は量が多くて安いものばかり注文している印象だ。もしかしたら男が美味しいと感じるのは、お腹いっぱいになった時だけなのであろうか?そう考えれば、いろいろな事に説明がつく。つまり、タルワールは私にお腹いっぱいになるくらい料理を作って欲しいという意味を込めて契約をしたってこと?そう考えた瞬間、私の顔から血の気が一瞬で引く。それはまずい。確かに私は、私を含めて三人分の食材を用意してきた。しかしタルワールの体の大きさを考えれば全然足りないのかもしれない。もし足りなければタルワールは絶対に美味しいとは言わない。そうなると私の大切な銀貨十枚がタルワールに奪われてしまう。さすがにそれは困る。


 いや、ダメダメ。ここで私が考え込んでしまったらまた会話が止まってしまう。このまま沈黙に戻ってしまう。仕方がない、この件はいったん保留ということで手を打とう。どうせ今から食材を買いに戻る訳にもいかないし、女子が作ったものなら男はなんでも美味しいと言う情報もある。ここは大丈夫だと思って、めいっぱい余裕のある態度で接する方がいい。これ以上からかわれるのはゴメンだしね。


「私ごときの料理が、王子さまのお口に合うか自信がありませんが、一生懸命作らせていただきますね」


 私が余裕たっぷりでそう答えると、あまりにもの事にタルワールは驚き、思わず絶句する。


「うそうそ、冗談、冗談。タルワールが私のことをお姫さまとか言ってからかってきたから、ついついからかい返したくなっただけ」


 私はそう言って、人差し指でタルワールの鼻先を軽く押し込んだ。


「お姫さまとか、久しぶりに呼んでもらえたから嬉しかったんだけど、タルワールに言われるとヘンな感じがするし、街で聞いた人が、私のことを本当のお姫さまだと勘違いしても困るから、これからは普段通りリツと呼んでね」


 私は笑いながら、タルワールの軽口をそうたしなめて、


「あと、今日の献立はできてからのお楽しみね」


 と母親が子供をあやすように会話を締めくくった。さすがに今回は私の勝ちでしょう。と悦に入った私なのであったが、この劣勢にもかかわらず、タルワールはまだ今日の夕食の献立を聞くことを諦めない。ほんとお母さんに夕食をねだる子供そっくりね。


「ごめんなさい。今回は私の言い方が悪かったみたい。正確な表現をすると、まだ夕食のメニューは決まっていないの。でもちゃんと朝、買い出しはしてきているから安心して。ただ」


「ただ?」


 夕食のメニューに期待をふくらましたタルワールが最後の言葉にひっかかり、怪訝そうな顔で私に問い返す。


「ただ、おいしい料理を作るにはどうしても水が必要なの。だから、今日どれだけ水が手に入るかでメニューが変わってくるから、今は答えられないのよ」


 困り顔で私がそう答えると、タルワールは急に安堵の表情をうかべる。


「なんだ、その程度の話か。それなら大丈夫。この先しばらく行くとこの街道はアラス川の支流にぶつかる。今夜はその付近で野営をする予定だ。だから」


「だから?」


 笑顔のタルワールを見て私も思わず最後の言葉を聞き返してしまう。しまった、この男、狙っていたな。この言い方、さっき私が途中で話を止めた仕返しよね。私はまんまとタルワールの術中に落ちたというわけか。なんというか、私も存外ちょろいかも。


「だから、水はいくらでも使える。安心して料理の腕を振るってくれ。楽しみにしているぞ」


「そうね、なら今日は全力を出させてもらうわね。私はスムカイトの酒場では調理もやっていたから任せておいて。自分でいうのもなんだけど料理の腕はナカナカのものよ。だからタルワールはお腹をすかせて待っていなさい」

私は満面の笑みでタルワールにそう返事をすると、その笑顔を見たタルワールは私の目をマジマジと見つめながら笑顔を向けた。そして、そんな視線にさらされた私は小さくうなずき、すぐに視線をそらした。

まったく、この男は普通にカッコいいんだから、そういう事を真顔でやられると困るのよ。私は真っ赤になった顔を気づかれないように横髪を右手でさわりながら、精一杯の照れ隠しをするのであった。

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