第05話:山賊とは物騒な

 山賊がギャンジャの森のシルヴァン側出口付近で待ち伏せしている。そんなことはタルワールに指摘されるまでもなく私にもわかっていた。別に私やタルワールの洞察力が高いから推測できたというわけではない。山賊の情報すべてがシルヴァン側に流れている事実を考えれば、誰にでも容易に想像がつくことだ。つまり山賊に襲われた旅商人は、シルヴァンが近いからシルヴァンに逃げ込んでいる。この事実が山賊の犯行現場を如実に物語っているといってもいい。


 また視点を変えて、山賊の立場になって考えてみても結論は同じ。山賊が自らの拠点を狼が住む森の中に作るはずもなく、その拠点はギャンジャの森の外にならざるを得ない。そして、そこが行動の起点になると考えれば、自然と山賊が旅商人を襲う場所はシルヴァン側かスムカイト側の出口付近となる。そのうえ、山賊がどちらの出口付近で旅商人を襲うかも自明なのだ。なぜなら、山賊が旅商人から荷物を奪うことができなかった場合、国として秩序がしっかりしているランカラン王国に逃げ込むよりは、戦争直後の秩序が不安定なシルヴァンに逃げ込んだほうが、助かる確率がはるかに高いのだから。


 ただ、ここまで場所が特定できていれば、対策はわりと簡単にできるのよね。一応私は、私なりの対策を打ってきてはいるんだけれど、気になるのは、この結論も事実から導かれた推論にすぎないということなのよね。だからこそタルワールは、心配して私に山賊のことを聞いたんだと思うし、だからこそ、安心して後ろで居眠りしていたんだと思うし。


 でも、この事実って少し切ないな。私は心の中で小さくため息をついた。なんというか、私は銀貨十枚の月給で、薄給で、酒場の給仕をしながら集めてきた情報を整理して、この結論に辿り着けたというのに、そんな事とは全然関係ないタルワールも同じことを洞察できているのよね。これって、さすがにちょっとショックかも。


 うーん、と私は思わず考え込む。もしかしてこの情報、誰もが知っている情報なのかしら?もしそうであったとしたらさすがに困る。商人は人を出し抜いてもうけることを生業なりわいとしている職業だ。つまり多くの人が当たり前だと思っていることの裏をかいて初めてもうけが出る職業なのだ。要するに、どの考え方が当たり前で、どの考え方が当たり前でないかを判断することこそ商人に求められているスキルだといってもいい。ただ私って、この判断がどうも苦手なのよね。とりあえず山賊の件は横に置いておいたとして、今回の取引は本当に大丈夫よね?そう考えると私は得も言われぬ不安な気持ちになる。


 えっと、スムカイトで木材をできるだけ安く仕入れて、シルヴァンで一トンあたり銀貨二千五百枚で売る。ランカラン王の勅命もあるし、簡単にマネできない取引になっているとは思うんだけど、大丈夫よね?みんな同じことを考えていないよね?とにかく私だけが気がついているとまでは言わないけれど、気がついた人が少数派でないと困る。もしこれで私が多数派になっているとしたら、そんな私の取引の裏をついて罠を張っている商人がいるに決まっているのだから。


 いけない、いけない、考えれば考えるほど疑心暗鬼になってくる。そう考えるとさっきタルワールが言いかけていた話も気になってくるじゃない。もしかして私が見逃している何かをタルワールは教えてくれようとしていたんじゃないの?


 「タルワール、あのね」とここまで言って私は自分の心の欲求を押さえこむ。いまさら新しい情報が入ったところでどうすることもできない、そう考えたからだ。商人は一度契約してしまったことをひっくり返すことなんてできやしない。その結果を受け入れることが私にできる唯一のこと、そう思えてならなかったのだ。そんなことより、もっと大切なことをタルワールに伝えなければならない。そう考えた私は言おうとしていた言葉のすべてを飲み込んで、新しい言葉へと上書きする。


「あのね、タルワール。何度も同じ事を言うようで悪いんだけど、私を戦力として期待しないでほしいの。いざという時、私は悲鳴をあげるか、恐怖で震えてしゃがみ込むか、どちらかしかできないと思うから」


 私はタルワールの目をじっと見て、語気に精一杯の力を込めて、私が一番大切だと思っていることをタルワールに伝えた。そんな私の真剣さに一瞬虚を突かれたタルワールであったが、すぐに大きな声で笑いはじめる。


「大丈夫、わかっている。自分で自分の身を守る。そんな最低限のこともできないんだろ?」


「安心しろ。俺は国を守る事を生業なりわいとしてきた騎士だ。残念なことに自分の国を守り切ることはできなかったが、お姫さま一人を守るくらいなら造作もないさ。いざという時は、安心して隅で震えていてくれ」


 タルワールは笑いながらそう言うと、さらに言葉を続けた。


「ただ、こんな情けないことを何度も何度も真剣に言うお姫さまは初めて見たけどな」


「お姫さまとか、情けないとか。タルワールはいつも一言多いのよ」


 さすがにムッとした私は、そう言ってタルワールに猛烈な抗議をする。しかし、恥ずかしさのあまりその声は小さく、タルワールに届いているとは思えなかった。ところがタルワールは持ち前の察しの良さで、私が何を言いたかったのか、わかっているような返事をした。


「いやぁ、すまん。からかってしまったみたいだな。しかしこの口調は俺のくせみたいなものだ。いい気分はしないだろうが、簡単にやめられるものでもない。とりあえずあと三日間、我慢してくれると助かるな」


 タルワールはそう言って私から目をそらし、笑いながらそう答えた。これでも私に気を遣っているつもりなのであろう。私はそんなタルワールの気配りに応えようとできる限り粋な台詞を考えてみたものの、あえなく時間切れ。


 「しょ、しょうがないわね」と虚勢を張るのが精一杯。しかも消え入りそうな小さな声で。

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