第04話:きれいな木漏れ日ですね

 初夏の陽の光が木々によって木漏れ日へと変わり、その光がストライプを形づくると、私とキャロルを優しく包みこんだ。私はそんな心地よい陽気と淡いきらめきの中、少しずつ森の奥へと進んでいく。そこには森に入る前に感じていた、肌を焼き尽くすような陽の光はなく、信じられないくらい過ごしやすい空気で満たされていた。


 また、森の奥に進めば進むほど、その空気は徐々に湿り気を増し、清々しい香りと共に大きな広がりをみせる。密生した木々によって、その力を削がれた陽の光は、森を漂う胞子を包み込み、乱反射を繰り返すと、次第に小さな光りの粒子を形づくっていく。まるで澄んだ夜空に浮かぶ星空のように。


「きれい。いつか恋人と一緒にこんな風景、見てみたいな」


 私は目の前に広がる一大パノラマに思わず感嘆の声をあげる。しかし、そんな私の言葉にキャロルは不満がありそうで、両耳をくるくる回し始めた。


「ごめん、ごめん。キャロルもちゃんと連れて行くから、安心してね」


 私はそう言いながら馬車から立ち上がりキャロルの体を優しく撫でる。するとキャロルも、そんな私に応えて尻尾を高く持ち上げ「ブブブ」と低い声をあげる。


「ところでリツ、俺は一緒に連れて行ってもらえないのか?」


 急に背後から低い男の声。私は思わず「きゃっ」と声にもならない悲鳴をあげる。


「い、いつから、話を聞いていたの?」


 私がしどろもどろにそう尋ねると「恋人がなんたらの所から」という返事が返ってくる。あぁ、やっぱり。一番恥ずかしい所から聞かれている。


「べ、別にいいでしょ。私がそう思っているだけなんだから。でも残念だけど、今回ばかりはタルワールの期待に応えることはできないけどね。だって」


「だって?」


 タルワールは真剣な口調でそう言うと、真剣な眼差しを私に向ける。しかし私は、タルワールの口もとに悪意のこもった笑みがあったことを見逃さない。こういった悪意にこそ目一杯の皮肉を返してやるべきね。私はそう固く決意したものの、うまい返しが見つからない。いくら考えても頭に浮かぶ皮肉は凡庸ぼんようなものばかり。言ったら最後、タルワールに手ひどいしっぺ返しを受けること必至なものばかりだ。


 なんというか、タルワールって、普通にかっこいいし、顔は整っていて美形だと思うし、確かに今は甲冑のせいで暑苦しく見えているけれど、冬になったらなんとも思わなくなるだろうし、なんというか気になるところというか、悪くみえるところがないというか。


 って、違う、違う。そうじゃない。つまり、なんというか、タルワールは普通にかっこいいとは思うんだけど、大切なのはそういう所じゃなくて、人を思いやる気持ちというか、なんというか、私に対するデリカシーというか。そうデリカシー。つまり、そういうところが気に入らないのよ!


 そんな感じでうまく考えをまとめられない私は、自分に強い怒りを覚えたものの、思考と感情はどうも別物らしく、私の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。そして顔を耳まで真っ赤に染めた私が言えた言葉は「だって」の一言だけ、しかも消え入りそうな小さな声で。


 私がそんな感じなものだから、気まずい沈黙が辺りを覆うのは当たり前。さすがのタルワールも私から視線をそらしているし、私もうつむいたまま顔を上げる事ができないでいるし、まるで閉め切った狭い部屋に大量の洗濯物を干したかのような息苦しさ。もう誰でもいいから早く窓を開けてちょうだい!そう私が心の中で声にもならない声で絶叫していると、そんな気まずい沈黙に耐えかねたタルワールが「ふぅ」と大きなため息をついた。


「リツ、すまなかった。ちょっと俺の言い方にデリカシーがなかった、許してくれ。だから、そろそろ前を見て馬車を御してくれないか?さすがの俺も危ないと思うから」


 「わっ」という驚きの声とともに、私は慌てて前をむく。よかった、目の前に目立った石もなければ窪みもない。これなら安全に前に進めそう。タルワールのこの一言で冷静さを取り戻した私であったが、さすがの私もこの言葉の真意を正確に理解することができていた。


 つまりタルワールは、この謝罪をきっかけに空気を変えようとしてくれているのだ。納得できないことも多いけど、ここは全力でタルワールの善意にのっかっておこう。でもこの男、女のあしらい方がうますぎない?私じゃなかったらコロっといってしまうところじゃない。私は心の中でそう皮肉ってみたものの、どうやらここが私のできる精一杯。でもこういうことを口に出さないのが、私の美徳というか、魅力というか、ま、そういうことよね。


「そうね。車輪を窪みに落とさないよう気をつけるね。ありがとう、タルワール」


「ところでリツ、聞きたい事があるんだが?」


「なに?」


「一応、確認なんだが、今までの道中で変わったことはなかったか?」


 この街道は一本道だし、変わったことなんてあるわけないじゃない。と答えようとしたものの、タルワールが求めている答えがそういったたぐいの話ではないことに私は気がついた。


「特に変わったことはなかったと思うけど」


 私がそっけなくそう答えると、タルワールも「そうか」とそっけなく答える。


「今日、山賊に襲われることはないと思うが、少しでも変化があったらすぐ俺に教えてくれ。狼に襲われても何とかなると思うが、山賊は別だ。逃げ道を塞がれてしまっては、さすがの俺でも対応できないからな。ただ」


 とタルワールはそこまで言って言葉を止めた。しかし私にはタルワールが何を言いかけたか正確に洞察することができていた。つまりタルワールはこう言いたかったのだ。山賊はギャンジャの森のシルヴァン側出口付近で待ち伏せしているはずだ、と。

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