第03話:ギャンジャの森のエトセトラ
ギャンジャの森。
ランカラン王国の辺境都市スムカイトと都市国家シルヴァンの間に位置するこの森は、早馬で三時間、荷馬車で一日強で抜けることができる比較的大きな森だ。
以前この森は、スムカイトとシルヴァンを結ぶ交通の難所として知られていたが、今では先達の努力により、ほぼ一直線で結ばれる街道が整備されている。だからこの街道はいつも旅商人で
実はこの街道、主な使用者はスムカイトとシルヴァンを結ぶ早馬となり、私たち旅商人が荷馬車を引いて通ることは滅多にない。なぜなら、この森には狼が住みついているからだ。旅商人にとって狼は天敵だ。狼は賢く、集団で人を襲う習性がある。だからこの森で狼に囲まれてしまったら最後、足の早い早馬ならともかく、足の遅い荷馬車では逃げ切ることはできない。つまり旅商人が狼に襲われたら最後、高い確率で命を落とすのだ。
また理由はそれだけではない。この森の絶妙な大きさと、狼の夜行性という習性がさらに事態を深刻化させる。そう、旅商人が荷馬車でこの森を抜けようとすると、どうしても一日以上の時間がかかる。つまり旅商人は、この森で最低でも一泊の野宿を強いられる。そしてその野宿の間、暗い森の中で、身動きが取れない状態で、狼に襲われる恐怖と戦いながら一夜を過ごさなければならないのだ。
さすがにこの条件では慎重な旅商人の歓心を買うことはできない。狼に襲われれば、お金を産む卵である荷物を放棄しなければならないどころか、下手したら命を落しかねないのだ。だから慎重な旅商人は、よほどの急ぎの用がない限り、ギャンジャの森を迂回する街道を選択する。まさに冷静で賢い選択だ。
しかし、このような慎重な旅商人が見逃している事実もある。それはギャンジャの森を抜けた旅商人のほとんどが、狼に襲われていないという事実だ。これは旅商人が狼を恐れるのと同様、狼も人間を恐れているからなのであるが、この現状は一発大きく当てようと思っている強欲な商人にとっては大きなチャンスに映る。
つまり慎重な旅商人は、狼に襲われれば死に至る可能性だけに目を奪われており、狼に襲われることは滅多にないという事実を思考の外に置いているのだ。しかし、報酬に目を
また一歩ひいて考えれば、本当にこの街道が危険であるのなら、早馬がこの道を通ることはない。そして、この街道を通ることによって、狼に襲われ、貴重な荷物がなくなるリスクが高いのであれば、旅商人に荷物の輸送を依頼する各商業ギルドが、この街道を通過することを禁止するはずなのだ。
しかし現状はそのような事態になっていない。つまり各商業ギルドも、この街道を通過することにより荷物が失われるリスクを、トータルで考えれば、期待値で考えれば、
ただ全く不安がないわけでもない。最近山賊がでるのよね、この森。「うーん」と私は頭を悩ませる。アルマヴィル帝国とシルヴァンとの戦争が終わって以来、この街道沿いでやたらと山賊が出るようになった。荷物を引き渡せば命を取られるケースはないみたいだけど、これは私みたいな守銭奴にとっては看過できない事実なのよね。
なぜなら荷物や有り金を取られてしまえば、私の大好きなお金がなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。よく命さえ助かれば、いつでもやり直すことができる。なんてことを言う人がいるけども、こういう人は商人の本質をわかっていない。
商人に取ってお金は命なのだ。それが奪われることは商人にとって命を奪われたも同然なのだ。お金がなければ新たに商品を仕入れることができないし、その商品を高く売ることもできない。つまり利益を生むことができなくなる。要するに、商品とお金を奪われるということは、商人としての死を意味するのだ。
「だからこそ」
そう言って私は馬車の荷台を振り返る。だからこそ、私は大切な荷物を守るため、高いお金を払ってこの男を雇ったはずなのに、頼りになるはずのこの男は荷台で眠りっぱなしだ。
「まったく、こんなかわいい女の子が頑張っているというのに、無神経によく眠っていられるものね」
私はそう言って、タルワールにほとほと感心する。私がスムカイトの酒場で働いていた時、私と話をしたいから、我先に酒を注文してきた男もたくさんいたというのに、ほんと、この男ときたら。
「ね。キャロル」
寂しさに駆られて、私がキャロルにそう話しかけると、キャロルは嬉しそうに「ブルル」と応えてくれる。ほんとキャロルは素直でいい子。私は感謝の意をこめて、手綱を持ったままキャロルの体をゆっくり撫でると、嬉しそうに「ヒヒーン」といななくのであった。
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