幸せを生む方法
「大丈夫。本間家に任せて」
突然声を上げた衣緒お姉ちゃんに、皆の視線が集まる。
衣緒お姉ちゃんは皆の視線に動揺する素振りもなく、堂々とした歩きで莉愛のお父さんの前に立った。
「私たちの家、莉愛パパが言う通りあんまりお金ない。お父さんはごくごく普通の営業マン。お母さんは常連しか来ないスナックのママ。その二人の稼ぎで、四人の子供を育ててるの」
それだけを聞くと、ウチってお金がある方ではないのかなあと思わされる。
けれども今の暮らしが貧しいと感じたことは一度もない。両親のおかげなのか、不思議なもんだなあ。
莉愛のお父さんは顔を上げると、衣緒お姉ちゃんの顔を見上げた。
「そ、そんな家に娘が嫁いで、幸せになれるワケがないだろ」
「ううん。なれるよ。だって私。今がすごく幸せだもん。奏美も鈴乃も瑞稀くんも、みんなが居るからすごく幸せ」
「バカな話があるか。お金がないのに幸せだなんて──」
「それがなれるんだなあ。アンタの言う幸せに」と衣緒お姉ちゃんに次いで声を上げたのは、奏美お姉ちゃんだった。
奏美お姉ちゃんはモデルのような歩き方で衣緒の隣に立つと、膝に手を置いて莉愛のお父さんのことを見下ろした。
「アタシはまだ成人してないガキだけど、この世は金が一番じゃないと思う」
「じゃあお前が思う一番はなんだ」
「どんな人と一緒に居るかが、一番大事なんじゃないかな」
奏美お姉ちゃんはそう言うと、「にひひ」と歯を見せて笑った。そのいつもの笑顔に、俺はひどく安心させられた。
「アタシには頼りになるお姉ちゃんと可愛い妹と弟が居る。それと優しいお父さんとお母さん。バイト先のマネージャーさん。大好きな友達……そのみんなが居るから、アタシはすっごく幸せ。きっと人生を豊かにするものは、お金じゃなくて人だよ」
奏美お姉ちゃんが「ね」と首を横に倒すと、莉愛のお父さんは顔をそむけた。
「私は……小さい頃から金の力で生きてきた。そんな私のような人間に着いてくる人間など、金が目当てでしかない。人と人との間には絶対に金が関係してくる。これは私が人生を通して学んだことだ」
「あーもう。おじさんほんとに頭が固いよね」と続いて声を上げたのは、鈴乃お姉ちゃんだ。
鈴乃お姉ちゃんは呆れたように言いながら、莉愛のお父さんの目の前に立った。目の前にそびえる三姉妹の壁を、莉愛のお父さんは呆然と見上げる。
「人と人を繋ぐものはお金じゃない。それはきっと、これから瑞稀と莉愛ちゃんが証明してくれるよ。だからさ、一回だけ信じてみない? 好きな人と一緒に過ごすだけで、幸せは生まれるって」
呆れ顔から一転して、鈴乃お姉ちゃんも優しく笑った。
莉愛のお父さんは言葉に迷い、口をつぐむ。何かを言いたそうにしているのは見て取れるが、莉愛のお母さんと三姉妹の説得が効いているのも事実。
「お義父さん。俺が莉愛を幸せにしてみせます」
だから俺も莉愛のお父さんの前に立って、深々と頭を下げる。
「お金が心配ということだったら、高校卒業したら大学に進学しないで働きます。俺にはなんもないので、いいところには就職出来ないと思いますが、家族を幸せにしてやれるくらいには稼いでみせます。だからお義父さん、莉愛を……娘さんを僕にください」
「お願いします」と頭を下げ続ける。
無理なお願いをしていることは重々承知の上で、目をギュッと閉じる。
十秒……二十秒……辺りがシンと静まり返っている。
莉愛のお父さんは今どんな顔をしているのだろうか。正直なところ、それを確認したくはないので、頭を下げ続ける。
「大学には行きなさい」
すると莉愛のお父さんが、振り絞るような声を吐き出した。その声に思わず顔を上げると、莉愛のお父さんと目が合った。
「そ、それってどういう……」
「大学に行って公務員になりなさい。それまでの高校生活と大学生活で発生した君と莉愛の交際費は私が出す。しかし君たちが大学を卒業したら、私からは一切の援助もしない。それでも将来、莉愛を幸せにしてやれる自信はあるか」
莉愛のお父さんは見定めるような目で、俺のことを見ている。しかし彼のその言葉に、俺の心臓は鼓動を早くさせる。
「あ、あります……! 絶対に莉愛を幸せにしてみせます……!」
「いいか、大学に行って公務員になるんだ。それまで結婚することは許さない」
「は、はい! 絶対に公務員になってみせます……!」
どうやったら公務員になれるかは分からないが、きっと半端な気持ちではなれないだろう。しかも俺の今の学力じゃ尚更だ。
だけども絶対に公務員になってみせる。莉愛のためとあらば、なんでも出来るような気がした。
「莉愛」
莉愛のお父さんが娘の名前を呼ぶ。
莉愛は「は、はい」とオドオドとしながらも、莉愛のお父さんの前に立った。そんな娘のことを、莉愛のお父さんは今まで見たことのない優しい目で見上げた。
「お前は……幸せになれよ」
それに今まで聞いたことのないような、優しい声だった。
俺と莉愛はそれを聞いた途端に、目を大きくさせる。
「「じゃ、じゃあ……!」」
俺と莉愛の声が重なった。
それがおかしかったのか、莉愛のお父さんはふっと笑い──
「勝手にしなさい」
と言ってくれた。
俺と莉愛は互いに驚き顔を向け合って、莉愛のお父さんからの言葉の意味を理解した時には、力強く抱きしめ合っていた。
二人で幸せを噛みしめるような、力強い抱よう。
莉愛が泣き出してしまったのが、全身を通して伝わってくる。
だから彼女の頭を撫でながら、俺も必死に泣くのを我慢する。
「あたし、今すごく幸せ」
「ああ、俺もだ」
「絶対に瑞稀よりも幸せだよ」
「いいや、俺の方が幸せだ。こんな幸せだと思ったこと初めてだから」
「あたしも今が、生きてきて一番幸せ」
「あはは。じゃあ今の俺たち、めちゃくちゃ幸せなんだな」
「うん。そうだね」
周りのことなんて考えずに、二人きりの世界に入る。
長い長い抱ようを終えて、お互いの顔を見る。
莉愛は少しの濁りもない涙を流しながら、それを拭おうともせずに、俺と目を合わせてくれる。
「莉愛。お前のことが好きだ。付き合ってくれ」
今言わなくてはいけないことを、目が合っている内に言う。
「はい。あたしなんかで良ければ、喜んで」
莉愛は小っ恥ずかしそうだが、幸せそうに笑ってくれた。彼女の笑顔を見るだけで、体がジンジンと熱くなる。
その熱を自分たちだけのものにしようと、互いに吸い寄せられるようにして、そっと口づけを交わした。
──最終章 完──
※次回のエピローグをもってこの物語は幕を閉じます。ぜひ最後までお付き合いください!
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