紙とペン2
「バカを言うんじゃない! こんな貧乏な男の家との結婚など私が許すはずがないだろう!」
突如として怒声を上げたのは、もちろん莉愛のお父さんだった。
抱き着いていた莉愛は肩をピクリとさせると、俺から離れてしまった。しかし莉愛は俺の服の裾を握ってくれている。どうやら俺のことを頼ってくれているらしい。
莉愛の父親から反対されるのは想定内。さて、なんて反論しようかと考えていると。
「うるさい! 当人たちが結婚するって言ってるんだからお祝いするのが親ってもんでしょ!」
鈴乃お姉ちゃんが噛みついた。莉愛のお父さんは顔を歪ませながら、またも鈴乃お姉ちゃんと顔を合わせる。
「お前こそうるさい! 人の家族の事情に口を挟むな!」
「人の家族の事情ってなによ! わたしも瑞稀のお姉ちゃんなんだから、莉愛ちゃんのお姉ちゃんでもあるの!」
「それは結婚したらの話だろう! それにお前は本間瑞稀の姉じゃないだろ!」
「はあ!? 瑞稀のお姉ちゃんですけど!?」
「血縁関係がないじゃないか!」
「コイツ……! 絶対に殺してやる! 今この場で吊るし上げて殺してやるんだから! わああああ!」
拳を振り上げて莉愛のお父さんを襲おうとする鈴乃お姉ちゃんのことを、衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんが「どうどう」と止める。
鈴乃お姉ちゃんと莉愛のお父さんは犬猿の仲になってしまったらしい。出来るだけ二人を近づけないようにしなければ。
「んで、莉愛のお父さん。いや、お義父さん。俺と莉愛の結婚を認めてくれないんですか?」
鈴乃お姉ちゃんのことは衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんに任せることにして、俺は莉愛のお父さんを説得することにしよう。
莉愛のお父さんは機嫌を悪くしながら、こちらに睨みを利かせる。
「当たり前だ。前にも言ったことだが、お前と莉愛が結婚しても金が生まれない。なんの得もない結婚なんて、認めるはずがないだろ。それとお義父さんと呼ぶな」
「お金は生まれないかもしれませんが、幸せは生まれると思います。ニュージーランドボーイとの結婚では莉愛が幸せになれない。でも俺は莉愛を幸せにしてやれる自信があります」
「幸せは金にならない。幸せなんて、人間の感情に過ぎないんだ。感情は金を生まないんだよ。お金があってこその幸せだ。それを忘れるな」
「おま……ほんと、お金のことしか頭にないんですね」
危ない危ない。危うく莉愛のお父さんのことを「お前」と呼びそうになってしまった。頭に血がのぼっても、いいことなんてひとつもない。
「当たり前だろう。人間に生まれた以上は全て『金』だ。命があったって金がなければ、その人生に意味はないんだよ」
「お金がなくたって、幸せになることは出来ますよ」
「どうやって幸せになるんだ。お金がなければ何も出来ないだろう。お前は毎日のように莉愛に高級フレンチを食べさせてやることが出来るか?」
「……出来ないですけど……」
「出来ないじゃないか。毎日美味しいものを食べさせられない人間が夫となって、本当に莉愛は幸せなのか?」
「それは……」と言葉に詰まってしまった。
できることなら毎日のように、莉愛には美味しいものを食べさせてやりたい。でも莉愛はあれだけの豪邸に住んでいるのだ。毎日のように高級フレンチを食べているかもしれない。その肥えた舌では、俺が食べているような食事じゃ満足できないのではないだろうか。そう思ったのだが。
「あたし、もう高級フレンチなんていらない」
莉愛は顔を俯かせながら、ポツリと口にした。
その声に莉愛のお父さんがはっとなる。
「どうした莉愛。いつもあんなに「美味しい」と言って食べてたじゃないか」
両腕を広げて、莉愛のお父さんが心配そうな顔を作る。
莉愛は俺の裾をぎゅっと握りながら、しっかりとお父さんと目を合わせた。
「たしかにフレンチは美味しい。けど、もっと美味しいものだってある。あたし、ファストフード大好きだし」
「本間瑞稀の家の経済力であればファストフードだって毎日は食べられないぞ」
「うん。ファストフードはたまにでもいい」
「じゃあ普段は何を食べるんだ」
「それは、あたしが作るから」
「食材はどうするんだ?」
「スーパーで買う」
そりゃそうだよな。食材はスーパーで買うしかない。俺もそう思ったのに、莉愛のお父さんは途端に声を上げて笑い出した。
「はっはっは! 何を言うかと思えば、スーパーなんかで食材を買うのか。スーパーの野菜は農薬まみれだし、肉だって何を食べて育ったか分からない動物のものばかりだ。スーパーなんかで食材を買ってたら、長生き出来ないぞ」
笑いながらそんなことを言われて、莉愛はシュンとしてしまった。
スーパーで食材を買うことの何が悪い。一般人は大抵スーパーで買い物をするし、お金持ちだってスーパーに来るんじゃないのか?
ってかスーパーじゃないところでどうやって食材を取り寄せるんだ。金持ちの生活はよく分からないな。
「莉愛。今からでも遅くない。オリバーくんに謝罪をして飛行機に乗りなさい」
莉愛のお父さんは、「さあ、こっちに来い」と近づいて来る。
莉愛は顔を俯かせながら、俺の背中に隠れようとする。まだ俺を頼ってくれているのだ。
だから俺は堂々とした佇まいで、莉愛を庇うようにして立つ。
でも何を言うかがまとまらない。なんて言えば、莉愛のお父さんは納得してくれるだろう。
「あなた」
すると莉愛のお母さんが立ち上がり、莉愛のお父さんへと近寄った。
「なんだ。今大事なところなんだが」
今まで座っていた妻が突然立ち上がり、莉愛のお父さんも何事かと足を止める。
莉愛のお母さんは莉愛のお父さんへと近寄る途中に、SPの人から一枚の紙とボールペンを受け取った。
莉愛のお父さんの元に歩み寄ると、その紙とボールペンを突きつけた。
「莉愛と瑞稀くんの結婚を認めないなら、わたしはあなたと別れます」
その言葉に、この場の全員がどよめいた。
莉愛のお母さんが突きつけた紙は、離婚届だったのだ。
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