鈴乃VS莉愛のお父さん
「ほーら! みんなここに居るって言ったじゃん! このばーか!」
教会に入ってくるや否や暴言を吐いたのは、ラブホテルで捕まったはずの鈴乃だった。
なんだか機嫌が悪いようだが、SPの人達と色々あったのだろうか。
恐らくはSP達に捕まった時に、「教会に行けば莉愛やみんなが居る!」と言ったのに信じて貰えなかったのだろう。
プンプンとしている鈴乃のことを、この場に居る全員がじっと見る。誰も声を発さず、その異様なものを見るような視線に、鈴乃は数歩後ずさった。
「ええっと……お前じゃない感がすごいんだけど……あ、瑞稀じゃないから?」
ちょっとした疎外感を感じた鈴乃は、「あはは」と頭を搔いた。しかしおちゃらける鈴乃が発した言葉の違和感を、衣緒と奏美は聞き逃さなかった。
「「瑞稀?」」
鈴乃が瑞稀を呼び捨てで呼んだことに、衣緒と奏美が同時に目を鋭くさせた。今までは『くん』を付けて呼んでいたのに、この短い期間に何があった。もしかしてビジネスホテルで何かあったのだろうかと、さらに目を鋭くさせる。
その姉たちからの視線に、鈴乃はギクリとした表情を作る。
しかしその一方で衣緒と奏美はすぐに笑顔を作り──
「鈴乃。あとでお話ししようか」と衣緒が。
「これが片付いたら話あるから。三姉妹会議な」と奏美が。
急遽三姉妹会議の開催が決定してしまい、鈴乃は嫌な予感に全身を震わせながらも、無理矢理にでも笑うしかなかった。
鈴乃が姉たちの元に合流し、SPの人達が莉愛のお父さんの背後に着いた。あとは瑞稀の到着を待つだけなのに……。
「もういいだろ。いつまで私を待たせる気だ」
莉愛のお父さんは靴で床をタンタンと叩き、苛立ちをあらわにしている。
まだ十分も待っていないのにウダウダうるさい彼を見て、衣緒と奏美は思わずむっとする。けれども正直なところ、あとどれくらいで瑞稀が到着するかが分からないので、「あと何分待って」とは言えない。
しかしここで莉愛のお父さんをイライラさせてしまっては帰ってしまうかもしれないので、強くは当たることも出来ない。衣緒と奏美がなんて言って莉愛のお父さんを説得すればいいのかと頭を悩ませていると──
「アンタが莉愛ちゃんのお父さん!? 聞いてたより全然普通そうだけど、女の子相手にそんなイライラしてたら嫌われちゃうからね! おっさん!」
莉愛のお父さんと初対面の鈴乃が、彼の胸に人差し指を突きつけた。
まさか指摘されるとは思ってもいなかったのか、莉愛のお父さんは途端に顔を真っ赤にさせた。
あ、マズイ。そう直感的に思ったのは衣緒と奏美だけではなく、莉愛もだった。
「誰に向かって口を聞いてるんだ! お前みたいな無礼な女に出会ったのは初めてだ! 今すぐ私の前から消えろ! このアバズレが!」
普段は声を荒げないお父さんが感情的になったことに、莉愛は目を大きくさせて驚いた。
しかも『お前』『消えろ』『アバズレ』など下品な暴言を口にしたことに、この場に居る全員が引いている。
衣緒と奏美は「よく言った」と心の中で鈴乃を褒めた。でもそんな鈴乃も散々な暴言を吐かれて、「むきー!」と得意の威嚇をする。
「お前でもアバズレでもないから! 女の子に暴言を吐いちゃうアンタこそクソ童貞よ! この子持ち童貞!」
「童貞なワケないだろ! どうやって莉愛が産まれて来たと思ってるんだ!」
「そんなのコウノトリが運んで来たに決まってるでしょ! アンタの子供がこんないい子に育つワケないもん!」
「私の教育が素晴らしいからだろう! コウノトリとか言っちゃってるお前こそ頭の中がメルヘンなだけの処女じゃないか!」
「あー! 女子高生に向かって処女とか言っちゃうんだ! ふーん、警察に通報しちゃうからね〜。強制わいせつ罪で逮捕〜」
「クッ……! お前らこそ人の娘を誘拐してるじゃないか! 誘拐罪で逮捕だ!」
「うっさい! 強制わいせつ罪強制わいせつ罪強制わいせつ罪〜!」
「お前こそ黙れ! 誘拐罪誘拐罪誘拐罪!」
鈴乃と莉愛のお父さんの言い争いは、段々と幼稚な喧嘩に発展して行った。
この二人の喧嘩に対する反応はそれぞれだ。衣緒は大の大人が高校生相手にムキになっていることにドン引きをしていて、奏美はお腹を抱えて笑っていて、莉愛は恥ずかしそうに顔を俯かせていて、莉愛のお母さんは呆れすぎて椅子に座ってしまった。
鈴乃と莉愛のお父さんは額を擦り合わせるくらいの距離で睨み合っている。
「お父さん……もうやめて……恥ずかしいから……」
ついに恥ずかしさから、莉愛は顔を隠してしまった。好きな人の姉相手に食い下がらない父親を見ていて、辛くなってしまったのだ。恥ずかしさに耐えきれなくなったという理由も、もちろんある。
初めて自分の娘に「やめて」と言われて、莉愛のお父さんはようやく自分の失態に気が付いた。
恥ずかしさで顔を隠す娘。侮蔑するような妻からの視線。ドン引きするSP達。それらを目で捉えると、莉愛のお父さんはさらに顔を真っ赤にさせた。
「お前のせいで恥をかいてしまったじゃないか! どう責任を取ってくれるんだ!」
「女の子に責任取らせるとか最低〜。アンタなんか恥かいて当然の人間だってことよ〜」
「べー」と真っ赤な舌を出して、鈴乃はこれでもかと挑発する。
しかしこれ以上恥をかけない莉愛のお父さんは、ぐっと拳を握って我慢するしかなかった。
「べろべろばー」と赤ん坊をあやすかのような挑発をする鈴乃。ぐっと耐える莉愛のお父さん。
その地獄のような光景が十秒も続いた、その時──教会の扉がギギギと音を立てて開いた。
「待たせた莉愛! ちょっと時間掛かっちゃった──ってなんだこの地獄みたいな空気は」
そこに現れたのは、黒色のタキシードを身にまとった瑞稀だった。
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