通せんぼ

 衣緒と奏美はホテルで莉愛と別れて、成畑空港へとやって来た。

 沢山の人で溢れかえる空港のロビーを、衣緒と奏美は並んで歩く。


「やっぱり莉愛ちゃんの言った通り、莉愛ちゃんのお父さんは空港に居るみたいだね」


「そうだね。SPの人達、まだウロウロしてる」


 衣緒の言う通り、人の群れに紛れて、スーツと黒色のサングラスといういかにもSPのような格好をした人達がちらほらと見受けられる。

 瑞稀を追いかけていた人達と同じような格好なので、莉愛のお父さんの雇ったSPと見て間違いないだろう。


「なんか物騒だな。スーツとサングラスを身につけた人達が空港をうろつくだけで」


「うん。何かあったのかなって思うのが普通だよね」


「ほんとね。事件の香りしかしないよ。今の成畑空港」


「私たちのせいだけどね」


「あっはは。間違いないね」


 衣緒と奏美は呑気に会話を交わしながら、確かな足取りでロビーを進んで行く。

 特別待合室の場所は瑞稀からメッセージで送られて来ているので、あとは向かうだけだ。


「あ、衣緒お姉ちゃん。スタビャがあるよ。空港でも期間限定が売ってるんだって」


 奏美が指さした先には、二人がよく通っているスタビャのお店があった。店先には期間限定のドリンクの立て看板が置いてある。

 八人くらいの列が出来ていて、空港でもスタビャはウケがいいようだ。


「いいね。でも飲みたいけど、まずは莉愛ちゃんのお父さんに会わないと。瑞稀くんと莉愛ちゃんが待ってる」


「そうだよね〜。あー、まだ今回の期間限定飲めてないんだよなー。衣緒お姉ちゃんは飲んだ?」


「飲んでない。よくSNSで友達が飲んでるの見かけるから、飲みたいんだけどね」


「やっぱ友達が飲んでると羨ましく思うよね。衣緒お姉ちゃん、今度一緒に買いに行こうよ。鈴乃と瑞稀くんも連れてさ」


「そうだね。この作戦が無事に片付いたら、莉愛ちゃんも誘って五人で行こ。私が全員に奢ってあげる」


「うお〜。まじか。めっちゃ楽しみ!」


 隣りで無邪気にはしゃぐ奏美の姿を見て、衣緒も嬉しそうにそっと微笑む。普段は無気力で何を考えているか分からない衣緒だが、妹と弟が大好きで大好きでしょうがないのだ。


 それからもロビーを歩いて行くと、二人はある異変に気が付いた。


「ねえ、さっきよりもSPの数増えてない?」


 奏美の言う通り、さっきまではまばらにしかなかったSPたちの姿だが、特別待合室に近づくに連れてどんどん増えている気がした。


「増えてるね。私たちのことを探しながら、お父さんの警備もしなくちゃだからかな?」


「なるほどね。アタシたちを探しつつ、特別待合室の様子も見てって感じか。SPも大変だな」


「大変だね。でもSPの人達は私と奏美のこと知らないだろうから、安心して歩けるね」


「そうだね。まだ顔見られたことないし余裕っしょ」


 奏美は口笛を吹きながら、余裕そうな様子を見せる。

 衣緒も周りに居るSPのことなんか知らんふりして、静かに歩く。


 特別待合室まであと三分も歩けば到着する──その時のことだ。衣緒と奏美は後ろに気配を感じて、背後を振り向いた。

 そこには四人のSPの人達が無線で何かやり取りをしながら、衣緒と奏美のあとを着いて来ていた。


「えっ……なんでバレてんの?」


 奏美は苦笑いを浮かべながら、衣緒の顔を見る。

 衣緒はいつもの真顔だが、どこか焦りのある様子で首をひねる。


「分からないよ。でも私たちのことを追いかけてるワケじゃないかもしれない」


「じゃあどうして追いかけて来てるの?」


 自然と二人は早歩きになる。


「行き先が同じとか。ほら、私たち特別待合室に向かってるし」


 衣緒がそう言うと、奏美は「あー」と納得したように頷いた。


「じゃあ絶対にそれだ。SPの人達はアタシたちの顔を知るワケないし、追いかける意味も分からないよね」


「うん。絶対に大丈夫。堂々としてよ」


 衣緒と奏美は互いに顔を合わせて頷き合うが、ずっと一定の距離を空けて後を着いてくるSPの人達が気になって仕方がない。


「ね、ねえ衣緒お姉ちゃん。少しだけ走ってみない? それでSPの人達も走って追いかけてくれば、アタシたちが狙われてるって分かるじゃん」


「……うん。いいよ。走ってみようか」


 衣緒がコクリと頷いたのを確認して、奏美は前を向いた。それから奏美が「三、二、一」とカウントダウンをしたのち、二人で同時に走り出す。

 衣緒と奏美はチラリと後ろの様子を確認してみる。すると後を着けていたSPの人達が、「待て!」と叫びながら追いかけて来たではないか。


「やばいやばいやばい! 衣緒お姉ちゃん! 追いかけて来てるって!」


 奏美が必死の形相で後ろを指さす。

 あまり体を動かすのが得意ではない衣緒は、走ることに精一杯の様子だ。


「なんでバレたのかな。私たち、莉愛ちゃんのお父さんと会ったことないよね?」


「ああ。絶対にない。でも莉愛ちゃんの家のことだから、瑞稀くんの家族を特定するのは簡単なことなのかも」


「……瑞稀くんがSPの人達を倒してから結構時間も空いたからね……あれだけの時間があれば調べられるかも……」


 奏美は金持ちの凄さに感動すら覚えて、無意識に「はは」と乾いた笑い声を発してから、不意に走る足を止めた。

 突然その場で足を止めた奏美に釣られて、衣緒も足を止める。


「奏美。なんで止まってるの。早く行かないと特別待合室に着く前にSPの人達に捕まっちゃうよ」


 衣緒が必死に呼びかけるものの、奏美は追いかけて来るSPの人達の方に体を向けた。


「このまま走って逃げても二人で捕まるだけだよ。だったらアタシだけが捕まるからさ、衣緒お姉ちゃんは莉愛ちゃんのお父さんの元に行って来てよ」


 奏美は顔だけを衣緒に向けて、いつもの笑みを浮かべた。その笑顔に嘘偽りはない。


「奏美……ほんとにいいの……?」


「ああ。たまには衣緒お姉ちゃんにもカッコイイ姿見せないとね。鈴乃も頑張ったようだからさ。今度はアタシの番だよ」


「奏美……」


 何度も名前を呼ばれて、奏美は嬉しそうに微笑んでから前を向く。奏美の目が捉えているのは、もちろん四人のSPの人達だ。


「衣緒お姉ちゃん。行ってくれ」


 奏美は真剣な声色でそう言うと、腰を下ろして独特なファイティングポーズを取った。

 ただ捕まるだけでは終わらないのが、奏美という人間だ。


「うん。怪我だけはしないようにね」


 その奏美の覚悟を受け止めて、衣緒はそれだけを言うと特別待合室へと走って行った。


 奏美は目の前に立った四人のSPを順々に目だけで見て、短く息を吐く。


「かかってきな。衣緒お姉ちゃんの邪魔は絶対にさせない。アタシ、こう見えて小二の時から中二まで合気道やってたから、そこそこ強いよ」


 奏美は自分の発したクサイセリフに、思わず照れてしまい人差し指で鼻をこする。

 独特なファイティングポーズを作りながら道を通せんぼする奏美のことを、四人のSPの人達は骨を鳴らしながら囲むのだった。

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