察してよ
衣緒と奏美と莉愛がニュージーランドボーイと決着をつけた頃。瑞稀と鈴乃はホテルの部屋に居た。
四人でも寝られそうな大きなベッド。マッサージチェア。赤色の大きなソファー。大理石モドキで作られたテーブル。カラオケ機能が付いたテレビ。などなど、一日過ごすくらいならば何不自由ない……いや、充分すぎる施設が揃った部屋に通して貰った。
「よかったな、チェックイン出来て」
「うん」
「明日の十時まで部屋に居られるらしいからゆっくり出来るな」
「うん」
「飯も頼めるらしいけど高いからコンビニで済ませようか」
「うん」
部屋の中央にある赤く大きなソファーに、俺と鈴乃お姉ちゃんは座っている。ちなみにさっきまで被っていた莉愛の髪型を模したウィッグは、室内ということで被っていない。
隣に座る鈴乃お姉ちゃんは頬を桃色に染めて、背筋をピンと伸ばした状態でいる。鈴乃お姉ちゃんは部屋に入ってからというもの、ずっとガチガチになって動かないのだ。
どうしたものかと思い、何度も話しかけてみるも、「うん」しか返事をしてくれない。
「なあ、鈴乃お姉ちゃん。もしかして体調悪い? どこか痛かったりする?」
思い返してみればホテルに到着するまでの道中も、鈴乃お姉ちゃんは大人しかった気がする。
車に乗っている時は元気そうだったのだが、いきなり喋らなくなってしまったのだ。
恐らくは体調が悪くなってしまったが、莉愛を助け出すための作戦の途中だから我慢しているのではと思ったのだが──
「違うから! 緊張してるの! それになんでわたしだけ緊張してるのよ! おかしいでしょ!」
突然立ち上がると、鈴乃お姉ちゃんは俺のことをビシッと指さした。
さっきまで大人しかったのに急に元気になるもんだから、俺は戸惑うことしか出来なかった。
「あれ、体調悪いんじゃないの?」
「そんなワケないでしょ! 察してよ!」
「な、何を察すればいいんでしょうか……」
俺は莉愛としか女の子と接することがなかったので、『察してくれ』なんて言われても何を察すればいいのか分からない。女心は難しいなと反省しようとすると、鈴乃お姉ちゃんが「んもう!」と牛のような鳴き声を上げた。
「ここラブホだから! ラブホって何する場所か分かる!?」
顔を真っ赤に染め上げながら、鈴乃お姉ちゃんが声を荒らげる。
鈴乃お姉ちゃんの言う通り、ここはラブホテルの一室だ。ビジネスホテルは値段も高めで、空いている部屋にも限りがあると思ったので、確実に入れそうなラブホテルにやって来ている。
「何をするかって決まってるだろ。セック──」
「あー! 言わなくていいから!」
どっちだよ。あんまり下ネタは言わない方だし、せっかく勇気を振り絞って言おうとしたのに。ご乱心中の鈴乃お姉ちゃんは暴走気味だ。
「つまり鈴乃お姉ちゃんは何が言いたいんだよ」
鈴乃お姉ちゃんが何を言いたいのか理解出来ずに、俺は座ったまま彼女を見上げることしか出来ない。
鈴乃お姉ちゃんは「むー」と唸り声を上げると、何の前触れもなく俺の肩を掴んだ。その力強さに驚きながらも、鈴乃お姉ちゃんの鬼気のこもった目と視線を合わせる。
「今からわたしは瑞稀くんに襲われるんですか!? 瑞稀くんはわたしを襲うんですか!? セックスするつもりなんてなかったから、まだ心と体の準備が出来てないんですけど!?」
半ばパニック状態になっている鈴乃お姉ちゃんに、肩をこれでもかと揺すられる。
まさか姉から「セックスするか」と聞かれるとは思わなかったが、たしかに姉弟と言えど男女でラブホテルに来ているワケだから、勘違いをさせてしまったのかもしれない。
「いや、セックスするつもりはないけど」
言ったあとで、やや冷めた回答になってしまったと思った。ここは冗談でも「セックスするか」と言って場を和ませた方がよかっただろうか。
俺の言葉を聞いた鈴乃お姉ちゃんは、ピタリと動きを止めた。そのことによって、ようやく揺すりが止まってくれた。
乱れた服を整えていると、鈴乃お姉ちゃんが俺を見下ろして目をパチクリとさせていた。
「え、セックスしないの?」
「しないよ。逆にセックスするの?」
「だ、だってここラブホテルだよ……?」
「そうだけどさ、前に四人でラブホに行った時もセックスしなかったじゃん」
「セックスはしなかったけど……それに近いことはしたじゃん」
「セックスに近いこと?」
今まで生きてきた人生の中で、こんなに『セックス』という単語を交わしたのは初めてのことかもしれない。
「こちょこちょとか、噛んだり抱き着いたりとか」
「あー、そういうことなんて言うんだっけ」
「イチャイチャかな」
「それだ。たしかにイチャイチャまではしたな」
「でしょ? だからラブホ来たのに何もしないのは違うかなって思ったんだけど……」
「それで様子がおかしかったのか」
どうやら鈴乃お姉ちゃんは、今から何が始まるのだろうという緊張で大人しくなっていたようだ。
なんて可愛らしい理由なのだろうかと、思わずにやけてしまいそうになる。
「イチャイチャしたいのか?」
鈴乃お姉ちゃんの言い方だと、今からイチャイチャをしたいような言い方だった気がする。これが女心なのかと確信にも似たようなものがあったが、鈴乃お姉ちゃんはギクリとした表情を作ってから、さらに顔を真っ赤に染め上げた。
「べ、別にそういうワケじゃないけど……」
聞き逃してしまうような、とても小さな声だった。
でもその声の小ささが答えだ。きっと鈴乃お姉ちゃんは俺とイチャイチャしたいんだ。
だとしたら俺はどうすればいい。
もしもこのまま話をはぐらかそうとすると、また「察してよ」と言われてしまいかねない。
だったら俺が次に起こすべき行動はただひとつ。
「よし、分かった」
俺はソファーから腰を上げると、鈴乃お姉ちゃんを見下ろすようにして立った。
鈴乃お姉ちゃんは真っ赤な顔のまま、俺の顔を見上げてドギマギしている。
「わ、分かったって……?」
鈴乃お姉ちゃんはそう口にしながら、一歩だけ後ずさろうとする。その瞬間を狙って、無理矢理に鈴乃お姉ちゃんのことをお姫様抱っこする。
すると鈴乃お姉ちゃんは「きゃ〜!」と聞いたこともないような奇声を上げて、ジタバタと暴れ出す。
でも本気で暴れていないのか、体重が空気のように軽いことも相まって、鈴乃お姉ちゃんをベッドまで楽々と運ぶことが出来た。
ベッドの真ん中で雷に怯える小動物のようにビクビクとしながらも、どこか期待をしているかのような眼差しを浮かべる鈴乃お姉ちゃんを見下ろして、俺は思う。
さて、ここからどうするかな。
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