君の名は
「久しぶり、リア」
流暢な日本語を口にした画面越しのニュージーランドボーイを見て、衣緒と奏美は「おぉ」と小さく拍手をした。
「ひ、久しぶり……オリバー」
飛行機に乗らなかった後ろめたさがある莉愛は、モジモジとしながらちょこんとお辞儀をした。
「オリバー?」「オリバーってなに?」
衣緒と奏美が同時に首を傾げると、莉愛はスマホの画面に映るニュージーランドボーイを指さした。
「ニュージーランドボーイの名前はオリバーって言うんです。ね、オリバー」
莉愛が照れ混じりに言うと、ニュージーランドボーイは「ええ」と笑顔で頷いた。
「リアと婚約をしているオリバーデス。ソチラの二人はお友達デスカ?」
「う、うん。そんな感じ」
流れで莉愛の友達だと紹介された衣緒と奏美は、同時に「どうも」と頭を下げる。するとニュージーランドボーイことオリバーも深々と頭を下げた。
「オリバーくんめちゃくちゃ日本語上手いじゃん。すげえ」
奏美が感心したように言うと、オリバーは綺麗な笑顔を作った。
「トンデモナイデス。まだ練習してる段階デスヨ」
「それでも十分に上手いよ。やっぱり金持ちって色々な外国語喋れるの?」
「いえ、そういうワケではないデス。リアと結婚するって決まってから、いっぱい練習シマシタ」
「うわ、まじか。愛の力じゃん」
奏美は驚きのあまり目をパチパチとさせたあと、パンケーキをパクリと口にした。驚いても食べることは忘れないらしい。
「あはは。たしかに愛の力かもしれないデスネ」
頬をポリポリと掻きながら照れたように笑うオリバーを見て、莉愛は気まずそうに唇を引き結んでいる。
「オリバーくんは莉愛のことをどうやって知ったの?」
今度は衣緒が興味津々な様子で聞くと、オリバーは見たこともないペットボトルの飲み物を飲んだあとに口を開いた。
「ワタシの父とリアの父は友人なのです。ワタシがいい年になっても結婚しないことをよく思わない父が、友人から娘を紹介して貰ったのデスヨ」
「その娘が莉愛ちゃんだったってことね」
「そういうことデス。初めてリアの顔写真を見せて貰った時に、とてもキュートだと思いマシタ。それでリアと結婚しようと、決意シマシタ」
照れながらも莉愛を婚約相手に選んだ経緯を話すオリバーを前に、衣緒と奏美は「へー」と相槌を打ちながら、莉愛は顔を赤くしつつも気まずそうに聞いていた。
「国際結婚するってなって、日本語も猛勉強したんだ。オリバーかっけえ」
「かっこよくはないデスヨ。ただリアと結婚したいと言い出したのはワタシの方デスカラ、ワタシがリアに合わせるのは当たり前デス」
「へえ。お金持ちでも性格がいい人は居るんだね」
「ははは。ワタシがお金持ちってワケじゃありませんからね。父がお金持ちなのデス」
「オリバーといい莉愛といい、金持ちの子供は性格よく育つのかねえ。アタシのイメージでは金持ちの子供って性格悪いイメージだけど」
金持ちの子供二人を前にしてそんなことを言う奏美に、衣緒が「それは偏見」とすかさずフォローを入れた。
しかし奏美は気にする様子なくパンケーキを食べるので、衣緒も諦めてパンケーキを口に運ぶ。
衣緒と奏美がパンケーキを食べ始めたので、四人の間には沈黙が訪れようとした。
そこでオリバーがふと、首を傾げる。
「そう言えばリア。今は飛行機に乗ってるはずじゃなかったデスカ?」
そうオリバーが尋ねると、莉愛は体をピクリとさせた。莉愛はオリバーを見ることが出来ずに、俯いたまま視線を右から左へ、左から右へとさせている。
目に見えて動揺している莉愛のことを、衣緒と奏美は横目に気にしながらパンケーキを食べ進めている。
「ドウシマシタ? リア」
オリバーも画面越しに莉愛の異変に気が付いたようで、眉をひそめながら首を傾げている。
莉愛は俯いたまま唇を噛むと、勢いよく顔を上げて手を合わせた。
「ほんとごめんオリバー! あたし、オリバーと結婚出来ない!」
覚悟を決めて莉愛が言うと、衣緒と奏美はモグモグを止めてスマホの画面をチラリと見た。
画面に映るオリバーは数秒だけ固まったあと、短く息を吐いて椅子に深く腰掛けた。
怒られると思った莉愛は目をぎゅっと瞑る。が、オリバーは温かな眼差しで莉愛のことを見た。
「やっぱりそうデスカ」
そのトゲのない声に、莉愛はゆっくりとまぶたを開いて顔を上げた。
「や、やっぱり……?」
「ええ。リアには心に決めた人が居るんデスヨネ」
そのオリバーの言葉に、衣緒と奏美は驚いて目を大きくさせた。
莉愛はオリバーの他に好きな人が居ることを言い当てたのだ。しかし莉愛は驚いた様子もなく頷いてみせる。
「ミズキさん。でしたヨネ?」
さらに名前も言い当てたことで、衣緒と奏美は「え、」と声を揃えた。
「そう。あたし、やっぱり瑞稀のことを諦められない。一度しかない人生だから、あたしは好きな人と一緒になりたい」
「そうデスカ。それがリアの気持ちなのデスネ」
「うん。これがあたしの気持ち。でも今日の今日までオリバーに何も言わなかったことは謝らせて。本当にごめんなさい」
「いいんデスヨ。ワタシもなんとなく勘づいていましたノデ」
目を細めて笑ったオリバーを見て、莉愛の肩からも力が抜ける。
「え、ちょっと待って。なんでオリバーが瑞稀のこと知ってるの? 知り合い?」
「いえ、リアと通話をするといつも『ミズキ』という友達の話を聞かされていたのデス。リアは何を話すよりもミズキの話をしている時が楽しそうだったので、ミズキに恋をしているのだと簡単に分かりマシタ」
「あ、そういうことだったのか。そりゃあ毎回男の話題が出てくれば、勘が鈍い人でも気付くわな」
奏美は納得したように頷くと、パンケーキに乗っていたラズベリーをフォークですくって食べた。
衣緒もオリバーが話したことに納得したようで、パンケーキを食べるのを再開する。
そんな姉たちに挟まれながら、莉愛はもう一度ちょこんと頭を下げた。
「ほんとにごめんね。オリバー」
「あはは。リアは優しいデスネ。ワタシは大丈夫デスヨ。でもリアの父は大丈夫なのデスカ?」
「うっ……いや、大丈夫ではないかな。今、絶賛お父さんから逃げてる最中なんだ」
「あぁ……それは大変デスネ。ワタシにも何か出来ることはありますカ?」
「いや、さすがにオリバーの手は借りられないよ。それにあたしには心強い味方も居るから」
「味方デスカ?」
オリバーが首を傾げたので、莉愛は両隣に座る二人を手で示した。
しかし衣緒と奏美は頬をハムスターのように膨らませながらパンケーキを頬張っているところだったので、本当にこの二人で大丈夫なのかと莉愛は考え直すところだった。
「そうデスカ。それじゃあワタシの出る幕はなさそうデスネ」
「うん。オリバーにはただ謝りたくて電話したんだ」
「謝るなんてトンデモナイデス。リアの人生なのだから、リアが好きなように生きればイイデス」
「オリバー……」
オリバーの優しさに触れて、莉愛は眼に熱いものを感じた。しかしその両隣では姉の二人が一心不乱にパンケーキを食べているので、オリバーから見た画面はカオス状態になっているだろう。
莉愛がそれ以上なにも言えなくなっていると、オリバーは首に掛かっていたヘッドホンを外して、テーブルの上に置いた。
「それじゃあワタシは父にこのことを伝えに行くヨ。きっとまた小言を言われるだろうけど、こっちのことはワタシに任せて下さい」
「うん。ありがとう。本当に感謝してる」
「イエイエ。それではこの通話は終わりにシマショウ。まだリアもワタシもやることがあるからネ」
「うん。そうだね。短い間だったけどありがとう。オリバーと通話するの楽しかったよ」
「ワタシもリアと電話をするのは楽しかったデス。またいつか会える日があれば、またミズキの話を聞かせて下さいネ」
オリバーが冗談を言って笑うと、莉愛も釣られて笑った。
そこで一区切りが着き、莉愛とオリバーは「またね」と手を振ってからビデオ通話が終了した。
衣緒のスマホにはディスコのホーム画面が映し出され、ビデオ通話が終了したことを示している。
「あぁ……緊張したあ……」
無事に婚約相手だったオリバーに結婚が出来ない旨を伝えられて、莉愛はその場で脱力した。
「お疲れ様。これで安心してパンケーキ食べられるね」
奏美はそう言って笑い、まだ一口も手がつけられていない莉愛のパンケーキを指さした。
そうだ。あたしもパンケーキを頼んでいたのだと、莉愛は今更になって思い出した。
「オリバーくんいい人でよかったね。あとは莉愛ちゃんの父親を説得出来れば、ミッションクリア」
衣緒の言う通り。まだオリバーと話をつけても終わりではない。まだ莉愛の父親が残っている。
そのことを考えると、莉愛はまた頭を抱えてしまった。
「まあまあ。まずは小腹を満たそうよ。腹が減っては戦ができぬって言うしね。あ、すいませーん。これと同じパンケーキもう一つ」
「あ、私ももう一つ」
そして大食い大会でもしているのかのような食べっぷりを見せる二人に挟まれて、莉愛は自分まで胃もたれしているような気分になり、さらに頭を抱えることとなった。
♥
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます