想像の百倍はイケメン

 ♥


 瑞稀が鈴乃を赤面させている頃。

 衣緒と奏美と莉愛の三人は、こぢんまりとした喫茶店に訪れていた。


 お店のカウンター席で、衣緒と奏美が莉愛を挟むようにして座っている。また彼女たちの目の前には、バニラアイスが乗っているパンケーキが置いてある。


「あの……あたしたちここに何しに来たんですか……?」


 注文したパンケーキが到着するや否や、普通に食べ始める衣緒と奏美を見て、莉愛はキョトンとした顔を作った。


「だから言ったじゃん。まずは片付けたいことがあるって」


 奏美は大きな口で頬張ったパンケーキを飲み込むと、ウィンクをしながら言った。


「そう。片付けなきゃいけないことがある」


 衣緒は小さな口でパンケーキをチビチビと食べながら頷いた。


「片付けなきゃいけないことがあるとは聞きましたけど、まさかパンケーキを食べることですか?」


「ううん。違う」


「じゃあなにを……」


 まだパンケーキに手をつけない莉愛がおずおずと尋ねると、衣緒はナフキンで口元を拭ってから「んんっ」と咳払いをした。

 衣緒が真剣な表情を作って、隣に座る莉愛のことを見る。その真剣な表情に、莉愛はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 そんな二人を横目に、奏美は一人パンケーキを食べ進めている。


「ニュージーランドボーイの連絡先持ってる?」


 その衣緒の一言で、莉愛は二人が何を片付けようとしているのか勘づいた。


「持ってますけど……結婚出来ないことを伝えるんですか?」


「そう。莉愛ちゃんのお父さんを説得するよりも、許嫁であるニュージーランドボーイに話をした方が早い気がする。きっとニュージーランドボーイも、莉愛ちゃんが来るのを待ってるだろうからね」


「うぐっ……やっぱり約束の飛行機に乗らなかったこと言わなきゃダメですよね……」


「ダメかどうかは莉愛ちゃんが決めること。私と奏美はニュージーランドボーイから説得した方が、父親も納得してくれるんじゃないかって思ったんだけど」


 衣緒は「どうする?」と言って、キョトンと首を傾げた。


 そりゃあ婚約を破棄しようとしているのだから、相手に全力で謝るのが筋だと思う。けれど莉愛は自分に大金が掛かっていることを知っているので、それが今更になって怖くなる。一体自分のせいでいくらのお金が水の泡になるのか、はたまた婚約相手が激怒してしまったら、白塚家はいくらの賠償を払わなければならないのか。

 それを考えると、逃げ出してしまった今、婚約相手と話さなければいけないことは、嫌でもその現実を知ることになるかもしれない。


「アタシは一言言った方がいいと思う。その方がスッキリするし、もしもニュージーランドボーイが怒っても、アタシと衣緒お姉ちゃんが着いてるから。逆に今しかタイミングはないのかも」


 莉愛が困り果てていると、隣で一心不乱にパンケーキを食べていた奏美が助け舟を出してくれる。

 その奏美の言葉を、莉愛は真摯に受け止める。

 たしかに婚約相手に「あなたとは結婚できない」と伝えるのは、一人では無理そうだ。でも婚約相手にはきちんと、結婚することが出来ない旨を話さなければいけない……となると、奏美の言う通り電話を掛けるタイミングは今しかないのかもしれない……。


「そうですね。分かりました。電話掛けてみます」


 莉愛はそう言ってポケットをガサガサと漁り、「あ、」と声を漏らした。


「あたしのスマホ、鈴乃さんに預けちゃったんでした」


 莉愛が「えへへ」と頭を搔くと、衣緒と奏美は「そうだった」と声を合わせた。

 衣緒も奏美も、莉愛のスマホを鈴乃に預けたことを忘れてしまっていた。


「えっと、電話番号とか覚えてないの?」


 奏美が尋ねると、莉愛は首を横に振った。


「電話番号は知らないんです。ディスコってアプリを使って通話してたんで」


「ディスコ? なにそれ」


「よくオンラインゲームが好きな人が使ってるアプリなんですけど、普通の電話よりも声がクリアに聞こえるんですよ。性能がいいって言うか……」


「そんなアプリあったんだ。知らなかったわ」


「あたしも婚約相手にアプリを指定されるまで知りませんでした。あんまりゲームやらないので」


「ニュージーランドボーイはゲームが好きなの?」


「好きらしいですよ! よくニュージーランドが夜中の時間でも、ディスコでオンライン状態になってます」


「そうなんだ。ゲーム好きな人なんだね」


 奏美と莉愛がニュージーランドボーイの話題で盛り上がっていると、衣緒が「あった」と声を上げた。その声に、奏美と莉愛は衣緒の方に視線を向ける。


「ディスコってアプリ、これ?」


 そう言って衣緒がスマホの画面を見せると、そこには「ディスコ」という名前とともに、青色のゴーグルのようなデザインをしたアプリが表示されていた。


「そうですそれです!」


「ニュージーランドボーイのIDとか分かる?」


「分かります! そのアプリさえダウンロード出来たら、ニュージーランドボーイに電話出来ると思います」


「分かった。ダウンロードする」


 衣緒はそう言って頷くと、スマホでディスコをダウンロードした。


「ニュージーランドボーイとはビデオ通話したことあるの?」


 今度は衣緒が首を傾げると、莉愛は首を縦に振った。


「したことありますよ」


「じゃあ莉愛ちゃんの顔写真をアイコンに設定すれば、ニュージーランドボーイから怪しまれなくて済むかもね」


「たしかにそうですね! そうしましょう」


 そうと決まれば早かった。

 莉愛の顔写真を撮影して、アイコンに設定した。ハンドルネームも『SIROTUKA RIA』と分かりやすい名前にして、アカウントを作成し終えた。

 そのまま莉愛がニュージーランドボーイのIDを検索すると、すぐにアカウントが見つかった。そのアカウントに日本語で『電話してもいいか』とメッセージを送ったところ、すぐに『もちろん!』と日本語で返ってきた。


「ビデオ通話にしよ」


 莉愛の操作するスマホを三人で見下ろしていると、衣緒がそんなことを言い出した。


「えー、恥ずかしいですよ」


「いいじゃんいいじゃん。どうせ結婚の話はなくなるんだからさ」と奏美まで乗っかって来た。


 好きな人の姉たちの言うことだから逆らえない……と思った莉愛は、渋々と言った様子で「はいぃ」と承諾した。


 ビデオ通話モードにして、正面にあるフォーク入れにスマホを立て掛けてから、ニュージーランドボーイに電話を掛ける……とすぐに画面が切り替わり、ヘッドホンを首に掛けている男性が画面に映った。

 その男性は高い鼻とタレ目が特徴的で、ハッキリとした顔立ちをしている。髪色は黒色だが日本人感が全くないのは、顔立ちがイケメン過ぎるからなのかもしれない。


 この人がニュージーランドボーイなのか……想像の百倍はイケメンだ……と衣緒と奏美は心の中で思った。


「久しぶり、リア」


 そして流暢な日本語を口にしたニュージーランドボーイを見て、衣緒と奏美は「おぉ」と小さく拍手をした。

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