何もしないからさ
降ろされた場所から五分ほど歩くと、目的地に到着した。
俺と鈴乃お姉ちゃんは、揃ってその建物を見上げる。
至って普通の外観をしたビルには、『東縦イン』と書いてある。有名なビジネスホテルだ。
「ここか。予約してあるホテルは」
「そうだね。今日はここにお泊まりか〜」
隣に立つ鈴乃お姉ちゃんは、どこかソワソワとしている。
今日は俺と鈴乃お姉ちゃんの二人で、このビジネスホテルに泊まる。
どうして二人でビジネスホテルに泊まるのか。その理由というのは──
「でも本当に莉愛のお父さんの下っ端──SPの人たちがここまで追って来るかな?」
「絶対に追ってくる。莉愛のお父さんの話を聞いた時に、絶対に娘にGPS付けてるなって思ったんだよね。お姉ちゃんたちもそう言ってたし」
「俺はそうは思わないけどなー。どちらかと言うと、娘に無関心な父親だと思うんだけど」
「甘いな瑞稀くん。そういう父親に限って、自分の娘の行動が気になるんだよ。興味があるなしじゃなくて、自分のためにね」
「自分のため……」
なんだかまた、俺の中で莉愛の父親に対する印象が悪くなった気がする。
もしもお姉ちゃんたちの予想が当たっているとしたら、莉愛の父親は本当に利己主義的な人間だ。
そしてビジネスホテルに泊まる理由というのが、俺たちが莉愛を奪い去ったあとは、絶対に莉愛の父親は娘を地の果てまで追いかけると思ったからだ。
そのために鈴乃お姉ちゃんが莉愛の変装をして、GPSが付いているであろうスマホを回収したのち、このビジネスホテルにやって来た。
その隙に本物の莉愛は、衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんと一緒にやることがある。もしも鈴乃お姉ちゃんが捕まってしまっても、本物の莉愛が捕まらなければ、俺たちの考えた作戦は機能する。要は俺と鈴乃お姉ちゃんで、他の三人が準備をするための時間稼ぎをしようという魂胆だ。
作戦会議をした予定では、今日の夕方から深夜あたりに、SPの人達がGPSを辿ってこのビジネスホテルを嗅ぎつけるだろうと憶測を立てている。
「てか今から莉愛の変装する必要あったか? まだSPの人たちは追ってこないだろ」
隣に立つ鈴乃お姉ちゃんは、莉愛と全く同じ髪型と髪色をしているので、脳みそがバグりそうになる。
見た目の雰囲気は莉愛そのものなのに、顔だけが鈴乃お姉ちゃん……好きな人の皮を被った姉というかなんていうか……複雑な気分になる。
「念には念をだよ。もしかしたらすぐに見つかっちゃうかもしれないからね」
どうしてか鈴乃お姉ちゃんは、変装にとても前向きなんだよな。今も「ふんす」と鼻息を荒くして、ウィッグの髪を熱心に整えている。
「俺は別にいいんだけどな。ウィッグって被ってると暑いだろ」
「そんなことないよ? 夏だったら暑くてダメだったかもしれないけど、冬だからね」
「そんなもんか」
「そうそう。そんなもん」
なぜか得意げな顔をした鈴乃お姉ちゃんを見て、彼女がいいならいいか……と思い直すことにした。
話もキリがよいので、スマホで時刻を確認する。
現在の時刻は十二時を過ぎたところ。夜まではかなり時間がある。
「とりあえずまずはチェックインしちゃうか」
「そうだね。一旦落ち着きたいし」
この場で立ち尽くしていると、いつSPの人達が駆けつけて来るか分かったもんじゃない。
出来るだけ早くチェックインして、部屋に引きこもることにしよう。
俺が先頭を切って歩き出すと、鈴乃お姉ちゃんも遅れて着いてきてくれた。
☆
「さて。ここからどうしようか」
「どうしようかって。どうしようもないよ」
あれから五分後。俺と鈴乃お姉ちゃんは、東縦インの外に出ていた。いや、出されたと言うのが正解だろう。
張り切ってチェックインをしようとすると、ホテル側の手違いで俺たちの部屋が取れなかったらしい。
お金は一銭も取られなかったが、予約していた部屋には先着が居て、他の部屋も空いていないので出されてしまった。
違うホテルを用意しようかと聞かれたが、もしかしたら莉愛の父親の手が及んでいるかもしれないということで、俺と鈴乃お姉ちゃんは路頭に迷うことになったというワケだ。
「うーん。今更衣緒お姉ちゃん達を呼び戻すのもなあ」
「それは絶対にダメだよ。あっちはあっちでやることあるから」
「だよなあ……ああ、しょうがないから今から空いてるホテル探すか〜」
「そんな時間ある? 使えるお金も多くないし、すぐには見つからないと思うけど」
「たしかになあ。でもここで足踏みしてる暇もないだろ」
「そうなんだよね〜。出来るだけ早く室内に入らないと、いつSPが来るか分からないよ」
「だよなあ……どうするかなあ……」
俺と鈴乃お姉ちゃんは、二人して腕を組んで考える。
価格も安くて、予約もせずに利用することが出来るホテル……今からそんなホテルを探すのは苦労しそうだ──と考えたところで、俺と鈴乃お姉ちゃんはその二つをクリアするホテルを同時に思いついて、「あ、」と言葉を漏らした。
俺と鈴乃お姉ちゃんは顔を合わせる。
二人とも同じことを思いついているからか、鈴乃お姉ちゃんの頬が赤く染まっている。
でもここはワガママを言っている場面ではない。
「えっと……どうする? 行くか?」
なんとなくそのホテルの名前を言うのははばかられて、俺は言葉をはぐらかした。
すると途端に鈴乃お姉ちゃんの顔は真っ赤になる。そのまま彼女は唇を噛みしめながら、自分に何かを言い聞かせ始める。
「いや、別に何もしないからさ」
もしかして不安なのだろうかと思って、俺は鈴乃お姉ちゃんにそんな言葉をかけてやる。
鈴乃お姉ちゃんは自分に何かを言い聞かせ終えると、こちらに上目遣いを向けて、無言でぎこちなく頷いてみせた。
その表情がいつもの無邪気なものではなく、やけに色っぽかったので、俺は生唾をゴクリと飲み込むことになった。
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