ハーフアップな影武者

 SPのような人達が後ろから追いかけて来るのを感じながら、俺と莉愛は手を繋いだまま空港の外に飛び出した。


 そこで辺りを見回す。何も考え無しに空港の外に出たワケではない。きちんと作戦があってのことなのだが……。


「おーい! 瑞稀くーん!」


 その声がした方を振り向くと、オレンジ色のコンパクトカーの窓から、鈴乃お姉ちゃんが手を振っていた。

 あの車は間違いなく、衣緒お姉ちゃんの車だ。


「え、お姉さんたちも来てくれてるの?」


「ああ。全員勢揃いだぞ」


 俺は短くそう言いながら、莉愛の手を引っ張るようにして走り、オレンジ色の車へとたどり着いた。

 急いで後部座席へと乗り込む。後部座席には鈴乃お姉ちゃんも乗っているので、三人でぎゅうぎゅう詰めになる。俺が真ん中に座っているので、余計にそう感じた。


「お久しぶりだね。莉愛ちゃん」


 助手席からこちらを振り向いたのは、いつもの笑顔を浮かべた奏美お姉ちゃんだ。


「なんかサングラスかけた男の人達来たから、早速出るよ」


 運転席に座っている衣緒お姉ちゃんはそう言うと、安全を確認したのち車を発車させた。

 衣緒お姉ちゃんの言う通り、空港からは三人のSPたちが出てきたところだった。しかも幸運なことに、SPの人達は車に乗った俺たちのことを見失っているようだ。

 まさか高校生の二人が、車に乗って逃げたなんて思ってもいないのだろう。


 無線で連絡を取り合っているSPを見届けると、車は大通りに出た。


 そこで車内には、安堵の空気が流れる。


「無事に莉愛ちゃんのこと連れて来られたんだね」


 バックミラー越しに、衣緒お姉ちゃんがこちらをチラリと見た。

 そう言われてみてようやく、上手いこと莉愛を救い出すことが出来たという実感が湧いて来た。


「めちゃくちゃ危なかったけどな。特別待合室の前に立ってるSPを見た瞬間に諦めそうになったわ」


「SPが居たんだ。さすがお金持ち」


「だよなー。まさかSPが居るなんて思わなかったから焦ったよ」


「そこまで考えてなかったね」


 衣緒お姉ちゃんの言う通り、SPが居たことは本当に予想していなかった。

 執事やメイドは一緒に居るかもしれないと思っていたが、まさかSPまでとは……莉愛の家の財力を舐めていた。


「でもどうやって莉愛ちゃんのこと連れて来たの? SPが居たなら莉愛ちゃんと会うことだって難しいよね?」


 奏美お姉ちゃんはバックミラー越しに、俺と目を合わせた。

 たしかに真っ向勝負を仕掛ければ、今頃莉愛は飛行機に乗っていただろう。それくらい特別待合室の前に立っていたSPの人達は、他も寄せつけぬ雰囲気を醸し出していた。


「あー、それはだな……」


「なになに。気になるから教えてよ〜」


 ついにこちらを振り向いて、奏美お姉ちゃんは手を合わせた。そんなに気になることだろうか。


「それはまあ……不意打ちで……なんとかなった感じです……はい」


 実際にあったことを話すのは気が引けたので、ところどころ言葉を濁して話す。

 すると倒れているSPを実際に見た莉愛以外の三人は、揃ってポカンとした顔をした……そのあとすぐに、隣に座っている鈴乃お姉ちゃんがハッとした。


「まさか暴力……暴力なんだ……! ねえ、暴力なんでしょ!」


 俺の膝をゆさゆさと揺すって、鈴乃お姉ちゃんはぎゃーぎゃーと騒ぐ。

 俺は首を縦にも横にも振らず、ただただ進行方向を見続けた。

 そんな俺のことを見て、早々に察してくれた衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんも車の進行方向に視線を戻す。


 莉愛を救い出すにはこの方法しかなかったんだ。だから許してくれ、鈴乃お姉ちゃん。と心の中で呟いておく。


「それで、これからどうするんです? いきなりのことだったから、スマホしか持って来てないんですけど……」


 莉愛は申し訳なさそうに、ポケットからスマホを取り出してみせた。


「あれ、財布とか置いてきたのか」


「うん、そうなの。ちょうど瑞稀に電話しようとしたタイミングだったから、待合室にバックごと置いて来ちゃった」


「なんで俺に電話を?」


「だって瑞稀がなかなか助けに来てくれないから、せめてお別れの挨拶だけでもしようかと思って」


 莉愛は伏せ目がちにスマホをぎゅっと握った。

 ドアの前のSPをどうしようかと考えるばかりで、莉愛を助けるのが遅れてしまったもんな。いつまで経っても来ない俺を、莉愛は不安になりながら待っていたのだろう。それは悪いことしたな、と反省する。


「悪い。少しだけ手間取った」


「ううん。いいの。結局助けに来てくれたから」


 莉愛はこちらに顔を向けると、嬉しそうな顔で微笑んだ。その笑顔に釣られるようにして、俺は莉愛の頭を優しく撫でる。

 俺を信じて待っててくれたんだもんな。尊いにも程がある。


「ねー、わたしの隣の人たちがイチャイチャしてるんですけど〜」


 すると窓にもたれかかっている鈴乃お姉ちゃんが、不機嫌そうな声を漏らした。「ぶーぶー」とブーイングまでしてくる。そんなにイチャイチャしていただろうか。


「まあまあいいじゃない。王子様とお姫様が運命の再開をしたんだから」


「そうだけどー。隣でやられると見せつけられてるみたいでさあ」


「あっはは。鈴乃はすーぐヤキモチ妬くからね」


「ヤキモチは妬いてないです〜」


 平常運転の奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんが小競り合いをしているが、当人の俺と莉愛は苦笑いをしながら聞くしかなかった。


「それで、これからどうするかだったよな」


 俺がそう言ったと同時に、乗っている車が路肩に停車した。

 まだこれから何をするのか知らない莉愛は、小動物のように辺りをキョロキョロとしている。


「せっかく再開出来たのに残念だけど、ここで瑞稀くんと莉愛ちゃんは一旦サヨナラだね」


 奏美お姉ちゃんはこちらを振り返って、にっと目を細めて笑った。


「え、サヨナラなんですか?」


 莉愛の頭には疑問符が浮かんでいるようで、キョトンした顔をしている。

 そんな莉愛を横目に、鈴乃お姉ちゃんが足元からあるものを取り出した。モサモサとしているそれは、赤茶色をしている。


「うん。明日まで瑞稀くんには会えないことになるけど、少しの間だから我慢してね」


 鈴乃お姉ちゃんはそう言うと、赤茶色のモサモサを頭に被った。それだけで、見た目の雰囲気が莉愛にぐっと近づいた。赤茶色のモサモサは、莉愛と同じ髪色をしているハーフアップのウィッグだったのだ。


「もしかして、あたしの仮装してます?」


「そう。わたしが莉愛ちゃんの影武者になるから。それと一応スマホも預かっていい? お金持ちだからGPSがついてたら厄介だし」


「は、はあ……影武者ですか」


 莉愛はまだ状況が飲み込めていないようだが、言われた通りにスマホを鈴乃お姉ちゃんへと手渡した。

 これで二つ目の作戦の準備が整った。


 赤茶髪のハーフアップ姿になった鈴乃お姉ちゃんは、「ありがと」と受け取ったスマホをポケットにしまった。

 鈴乃お姉ちゃんはそのまま、ドアを開けて外に出た。


「じゃあな莉愛。衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんと仲良くな」


 もう一度莉愛の頭をポンポンと撫でてから、俺も鈴乃お姉ちゃんを追うようにして車から降りる。


「う、うん……分かった。ばいばい……?」


 まだ何が起こっているのか分からない様子だが、莉愛は目を丸くさせながらも手を振ってくれた。

 だから俺も笑顔で手を振り返してから、車のドアを閉める。


 それから助手席側の窓が開き、衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんが「またね」と手を振ると、車は走り出してあっという間に米粒くらいの大きさになった。

 街の真ん中で降ろされた俺と鈴乃お姉ちゃんは目を合わしてから、「ぼちぼち行こうか」と頷き合った。

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