白色の紙袋
玄関の扉が開くと、執事とメイドさんが出迎えてくれた。その慣れない光景に俺はおどおどとしていたが、莉愛は慣れたように「ただいま!」と元気よく挨拶しながら家の中へと入って行ったので、後を追いかけることにした。
大理石で出来た階段を上り、三階に辿り着いた。
赤い絨毯が敷かれている廊下を進んで行き、突き当たりに一際目立つ大きくて豪華な扉があった。
その扉の前で、莉愛は足を止めた。
「ここがお父さんの部屋だよ」
やはりこの扉の先には莉愛のお父さんが居るのか。
大きくて高級そうな扉なので、絶対に偉い人がいると思ったところだ。
「この扉の先に……って思うとめちゃくちゃ緊張するんだけど」
「あははー。まあそうだよね。緊張するよね」
「ああ。上手く話せればいいけど……緊張で頭回らなくなりそうだな……」
扉を挟んだ向こう側に莉愛のお父さんが居るのかと思うと、めちゃくちゃ緊張してくる。だって好きな人のお父さんだぞ? しかも俺は莉愛のお父さんにいい印象を持たれていないだろうから、なおさら顔を合わせるのが億劫になる。
目の前の扉に威圧されて足が震えそうになっていると、いきなり莉愛に背中を叩かれた。背中がジンジンするくらい強烈な一発だった。
「もー、弱気だなー。瑞稀なら絶対に大丈夫だって」
「何を根拠に……」
「だってあたしの好きな人だよ? しかも両想いなんだから、神様もこの恋は叶えてくれるよ」
「そうだけどさ……目の前の敵が大きすぎて……」
「大丈夫。あたしのお父さんも人間なんだから話せば分かってくれるよ」
「そうかなあ。話しを聞く感じだと癖が強そうなお父さんだけど……でも──」
俺はブレザーの襟を手で整え直してから、扉を見据える。その俺の視線をなぞるようにして、莉愛も扉に目をやる。
「たかが勉強すらも頑張れない俺だけど、莉愛のためなら頑張れる気がするよ」
莉愛は好きな人でもあり、学校で一番仲のいい友達でもある。そんな大切な人とこれから先の未来、一緒に居られなくなるなんて辛すぎるじゃないか。
ここに来てようやく、頑張れる理由を見つけることが出来た。
莉愛はチラリと俺の顔を見ると、嬉しそうに微笑んだ。
「カッコイイこと言うじゃん。もっと好きになっちゃいそう」
「からかうなよ。俺の気が変わる前に扉を開けてくれないか」
「うん、分かったよ。もう心の準備は出来た?」
「ああ。いつでも大丈夫だ」
俺が頷いたのを確認してから、莉愛は一歩だけ前に出て扉をノックした。
「お父さん。瑞稀が来てくれたよ」
莉愛がやや大きめの声で言うと、中から「入れ」とだけ聞こえてきた。
俺と莉愛は目を合わせて頷き合う。それからすぐに、莉愛は扉を開いた。
部屋の中は床一面に高そうな青色の絨毯が敷いてあり、壁際には見たこともない観葉植物が置いてある。それに本棚には難しそうな本が並んでいたり、部屋の真ん中にある大きなデスクは綺麗に整理整頓されてある。
そしてそのデスクに肘をついて座っているのは、細身でキリッとした目が特徴の男性が座っていた。髪型はオールバックで、グレーのスーツを着用しているので圧迫感がある。
部屋にはその男性しか居ないので、この人が莉愛のお父さんで間違いないだろう。年齢は四十代前半くらいに見える。
「お父さん。この人が話してた瑞稀だよ」
莉愛が俺のことを手で示しながら言うと、お父さんは目尻をピクリとさせた。
だから俺はややビビり気味に、すぐさま頭を下げる。
「初めまして。いつも莉愛さんにお世話になっております。本間瑞稀です」
特にそれ以上は何も思い付かなかったので、簡潔に自己紹介を済ませた。
頭を上げると、莉愛のお父さんは何も言わずに俺のことを舐め回すように見る。
かと思えば、今度は莉愛へと視線を向けた。
「莉愛は退室しなさい」
え、まじか。もしかして俺。莉愛のお父さんと二人きりになるの……?
そ、それだけは絶対にイヤだ。莉愛、俺と一緒にこの部屋に残ってくれ……と莉愛に視線で念を送ってみたのだが、彼女は何を勘違いしたのか胸の前で親指を立てた。
「分かった。部屋の前で待ってるね」
莉愛はそれだけ言って頭を下げると、俺にウィンクをして部屋から出て行ってしまった。
バタンと音を立てて扉が閉まると、莉愛のお父さんと二人きりの空間になる。
俺と莉愛のお父さんは、無言で目を合わせ続ける。ここで目を逸らしたら負けだと思ったから、絶対に逸らしてたまるか。その思いで目力を強くすると、莉愛のお父さんは突然立ち上がった。
なんだなんだ。いきなり殴り合いの喧嘩か? と思ったのだが、莉愛のお父さんはデスクの前にフカフカの椅子を置いてくれた。
「まあ座りなさい。コーヒーは飲めるかね?」
ああ、なんだ。俺のために椅子を用意してくれたのか。俺はほっと胸を撫で下ろして、コクリと頷いた。
「飲めます。あ、砂糖もお願いします」
生意気だとは思いつつも、ちょっとでも反抗心を見せたかった。だから俺はずかずかと部屋の中を進み、我が物顔でデスクの前に用意されたフカフカの椅子に腰掛けた。
しかし莉愛のお父さんはそれを注意しようとはせずに、コーヒーを用意してくれた。
二つのコーヒーが目の前に置かれると、莉愛のお父さんがデスクを挟んだ向かい側の椅子に腰掛けた。
莉愛のお父さんはデスクに肘をついて手を組んだ。
俺は何を言われても、絶対に莉愛を諦めない。
そう心に誓って、莉愛のお父さんの目を見る。
莉愛のお父さんは俺の目を真っ直ぐに見つめてから、足元に置いてあった白色の紙袋をデスクの上に置いた。
その紙袋を俺に近づけると、莉愛のお父さんは真剣な表情を作り、またデスクに肘をついて手を組んだ。
目の前に置かれたこの紙袋をなんだ。もしかして、俺をお菓子で釣る気か? まったく。高校一年生だからって、お菓子で釣られるワケないだろう。俺は余裕の顔を作り、フカフカの椅子に深く腰掛けると、莉愛のお父さんはとんでもないことを口にした。
「一千万ある。これで莉愛から手を引いてくれ」
その言葉が鼓膜を突き破り脳に到達すると、俺は「一千万!?」と声をひっくり返しながら、目を見開いて前のめりになっていた。
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