拗ねて照れて

 今日の学校はやけに早く感じた。

 放課後には莉愛の父親と話さなくてはいけないため、授業中は「もっと長く授業をしてくれ」と延命を願っていた。そういう時に限って、どうして時間の流れが早く感じるのか。不思議で仕方がない。


「あああああ。やっぱり逃げてもいいかな。俺」


 放課後になり、莉愛と一緒に帰り道を歩く。目的地はもちろん莉愛の家だ。

 俺が弱音を吐くと、莉愛は苦笑いを浮かべた。


「瑞稀、今日ずっと弱気だよね。でもなんだかんだ言ってウチに来てくれるようだし嬉しいよ」


「ここでもしも俺が逃げたら、莉愛はニュージーランドに連れて行かれちゃうだろ?」


「そうだね。友達にも転校することは言ったけど、父親を説得しようとしてくれるのは瑞稀が初めてだよ」


「そりゃあそうだよなあ。好きな人がニュージーランドに行っちまうんだから」


 俺が思わず「はあ」とため息を吐くと、莉愛はクスクスと笑った。


「あたしのこと好きな人って言ってくれるんだね」


「まあ、実際のところ好きな人だからな。もう告白もしたんだし、恥ずかしがることないかなって思って」


「そういうところも瑞稀らしくて好きだな」


 莉愛はこうやって素直に想いをぶつけてくれることが多いので、もう動揺しなくなってしまった。だからと言って嬉しくないワケではなく、心の中ではめちゃくちゃ喜んでいる。


「ああ、ありがとな」


 だから俺も素直に感謝を述べてみたのだが、莉愛はピンと来ていないのか首を傾げた。


「うん? なにが?」


「だからその……俺のことを好きで居てくれて」


 改めて口にするとなんだか照れくさい。

 俺は鼻をかきながら言うと、莉愛はふにゃっと頬を緩めた。


「え〜、やっぱり瑞稀可愛い〜。もうほんとに大好き〜」


「うりうりー」と拳で肩をつつかれて、俺は恥ずかしさから彼女の手を面倒そうに払う。

 なんで女という生き物はみんなして、俺のことを「可愛い」と言ってからかうのか。俺は本気で言っているだけなのに……と拗ねそうになってしまう。


「からかうなよ。ほんとに思ってるんだから」


「あはは。ごめんね〜。瑞稀が可愛いからつい」


「そうやってまたからかって……」


「はいはい。分かったから拗ねないでね〜。可愛いお顔が台無しだよ〜」


「もうほんとに拗ねるからな」


「あーうそうそ! ごめんって瑞稀〜」


 俺の袖を摘んで楽しそうに振りつつ、莉愛は笑いながら謝ってくる。

 その笑顔が可愛すぎて、思わず頭を撫でてしまった。

 それに驚いたのか莉愛は目を大きくさせると、みるみる内に顔を赤くさせた。俺に撫でられて照れているのだろうか。もしもそうなのだとしたら──


「俺に撫でられただけで顔真っ赤にするんだな。お前の方こそ可愛いじゃねえか」


 お返しと言わんばかりに、莉愛の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。これは奏美お姉ちゃんにいつもやられている撫でられ方だ。乱雑に思える撫で方だが、どこか愛を感じるので大好きになってしまった。


 莉愛は顔を真っ赤にさせながら、今度は俺の肩をポコポコと殴りつけてくる。よし。仕返し大成功だ。


「ずるいずるい! あたしが瑞稀のこと好きなの知っててそういうことするんだから」


「俺も莉愛のこと好きなんだからお互いさまだろ。あとそのポコポコしてくるのやめなさい」


 莉愛は手を止めると、「べー」と真っ赤な舌を出した。


「そういう問題じゃないんですー。乙女の心を弄んだのが罪なんですー」


「なんじゃそりゃ。俺も毎日のように乙女の心弄ばれてるわ」


 適当に言い返してみたあとで、俺は乙女ではないことに気がついた。でも意味は通ってそうだし、大丈夫だろう。と思ったのだが、莉愛は耐えられずに吹き出すようにして笑った。


「なんで瑞稀に乙女の心があるのよ」


「悪い。適当なこと言ったわ」


「でしょー? 今度からは適当なことは言わないように」


「はい。反省します」


 俺が頭を下げると、今度は莉愛がよしよしと頭を撫でてくれる。

 おかしいな。なんか俺が負けたみたいになってないか?

 ちょっとばかり納得がいかないが、目の前に見えてきた建物が目に入り、それどころではなくなった。


「もう着いちまったか」


 目の前に見えてきたのは、相変わらず立派な莉愛の家だった。

 前に見た時には「豪邸だ……」と感動していたが、今は威圧されているような気分になって萎縮してしまいそうになる。


「着いちゃったね。でも大丈夫だよ。つい五分くらい前まで顔色悪かったけど、もうすっかり良くなってるみたいだから」


 五分前までは顔色悪かったのか。そりゃそうだよな。莉愛の父親と会わなくちゃいけないストレスに押し潰されそうになっていたんだ。そこらの体調不良よりも、気分が悪かった自信がある。


「そんなに顔色悪かったか」


「うん。もう青を通り越して白だった」


「ゾンビじゃねえか」


「そうそう。マジでゾンビ」


 そんな会話をしている内に、俺たちは莉愛の家の門の前に立っていた。

 豪邸を見上げてみると、やはり普通の住居ではなくお城と言語化した方が伝わりやすいだろう建物がそびえ立っている。

 この豪邸の中に、莉愛の父親というラスボスが待っているのか。


 俺は生唾を喉に流し込んでから、莉愛と目を合わせる。

 当然まだ緊張はしているものの、五分前のストレスはなくなっていた。それは全て、莉愛のおかげだ。莉愛といつも通りの何気ない会話をしていて、緊張が解れてきた。気が逸れたと言うのが正解かもしれない。


「覚悟は決まった?」


 莉愛が首を傾げながら、門を開こうとする。


「ああ、ついさっき決まったところだ」


 俺が頷いてみせると、莉愛は嬉しそうに頷いた。


「よろしくね瑞稀。あたし、ずっと瑞稀と一緒に居たい」


「ああ、俺も莉愛と一緒に居たい。絶対に一緒に居よう」


 今度は一方的にではなく、互いに想いをぶつけ合う。お互いがお互いの言葉に満足して頷くと、莉愛は豪奢な鍵を使って門を開いた。


 この門を抜けたらもう後戻りは出来ない。

 それを分かっていても、俺は莉愛だけを想って足を前に進めた。

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