好きには好きと

 スタビャで飲み物を飲みながら駄弁っていると、スマホが着信を知らせた。画面には『白塚莉愛』の名前がある。どうやら父親との決着が着いたようだ。


「あれ、結構早くない? まだ十分くらいしか経ってないよね?」


 奏美お姉ちゃんはテーブルの上に頬杖をつきながら、腕時計を確認した。

 奏美お姉ちゃんの言う通り、莉愛が「お父さんに話してくる!」と電話を切ってから十分程しか経ってない。

 もっと長期戦になることを予想していた俺たちは、全員で顔を合わせた。


「勝手にしろって言われたか、絶対にダメだって言われたかのどっちかだね」


 衣緒お姉ちゃんはいつもの眠たそうな目のまま言うと、マグカップに口をつけてアップルティーを飲んだ。


「とりあえず出てみようよ! そうすれば答えが分かる!」


 鈴乃お姉ちゃんは待ちきれないといった様子で、着信を鳴らすスマホを指さした。


 三人の姉に見守られながら、ブルブルと震えるスマホを手にする。その振動が手から伝わって、心臓がドクドクと鼓動を早くする。

 少しでも緊張をほぐそうと深呼吸をしてから、応答ボタンを押してスピーカーモードにする。


「もしもし、俺だ」


 そう俺が言ったと同時に、スマホからは「うわあああん」とまるで赤ちゃんが泣いているかのような声が聞こえてきた。でもこの声には聞き覚えしかない。莉愛の声だ。


『ごめん瑞稀〜。お父さんに「それだけは絶対に許さない」って怒られたあああ』


 本気で泣いてはいないだろうが、莉愛の声からは申し訳なさが伝わってきた。

 莉愛なりに頑張って父親を説得してくれたのだろうことが、電話越しでもヒシヒシと伝わってくる。


「やっぱりダメだったか」


『うん。ごめんね。せっかく瑞稀の家の人たちが協力してくれたのに』


「いやいいんだ。いきなりそんな話をされても、莉愛の父さんも困っちまうよな。自分の娘が見知らぬ男友達の家で世話になるなんて」


 なんとなく分かっていたことだったが、やっぱり莉愛の父親からは許可が降りなかったようだ。


『それもあるんだけど、一番の理由はあたしに結婚の約束があるからなんだって』


 結婚の約束というワードに、心がズキリと痛む。


「ニュージーランドボーイか」


『……? ニュージーランドボーイ?』


「ああ悪い。俺たちが勝手に呼んでるだけだ。気にしないでくれ」


『あ、そうなのね。わかった』


 くそう。ニュージーランドボーイのせいで会話が途切れてしまった。

 ニュージーランドボーイは俺の邪魔ばかりしてくるな。


『それでね、お父さんに「その男とはどういう関係なんだ」って聞かれたから、この際だと思って正直に話したの。あたしの好きな人です、両想いでもあります。って』


「逆に今まで俺のこと話してなかったのか」


『うん、だって家族に恋事情を知られるの恥ずかしくない?』


「あー、少しは恥ずかしいかな」


『でしょー? だから今まで言ってなかったんだけど、遂に言ってしまったのですよ』


 莉愛がそんなことを口にすると、鈴乃お姉ちゃんは小声で「すごーい」と言いながら手を叩いた。鈴乃お姉ちゃんは食いつきがいいが、衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんは何かを察した顔をしている。


「それで……父親にはなんて言われたんだ?」


 結婚する予定がある娘に好きな人が居ると知ったら、父親はどんな反応をするのだろうか……と考えてみて、いい反応が貰えるケースを想像することが出来なかった。


『その男と話がしたい。って言われた』


 ほら見ろ。やっぱり悪い反応じゃないか。

 いや、一概に悪い反応とも言えないのか? 「そんな男とは付き合うな」と開口一番にお断りされなかっただけでも、まだチャンスはあるのかもしれない。


 でもお姉ちゃんたち三人は、一様に苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「ああ……そうなのか。別に俺はいいけど」


『え! いいの!?』


「それで莉愛が日本に残れるかもしれないなら話してみるしかないだろ」


 俺がそう言うと、お姉ちゃんたちは「おー」と拍手を送ってくれた。

 今は莉愛の父親と直接会って話しをするしか方法がないから、手段を選んでいる場合じゃないのだ。


『嬉しい! ほんとに嬉しい! やっぱり瑞稀のこと大好きだ、あたし』


 素直に想いをぶつけられて、心臓がドキリと跳ねる。

 てかこれスピーカーモードなんだよな。ってことは当然、お姉ちゃんたちにも聞こえてるということで……お姉ちゃんたちをチラリと見ると、三人ともニヤニヤしていた。

 俺はからかわれないようにと、すぐさま視線をスマホに移す。

 でもきっと莉愛との通話を終えたら、からかわれるんだろうな。


 俺が返答に困っていると、奏美お姉ちゃんがそっと耳打ちしてくれた。それを言うには多少の勇気が必要だったが、俺も言うべきだと思った。


「俺も大好きだ。莉愛」


 顔を真っ赤にしながら言うと、なぜかお姉ちゃんたちが喜んだ。

 こんなキザなことを言うタイプじゃないんだけどな……でも『大好き』には『大好き』と返すべきだと思ったので、頑張ってみた。


『えへへ〜。今めっちゃ幸せだった。もう死んでもいい』


「まだ死ぬな。莉愛の父さんと話すまで死ねないんだよ」


『あはは。それもそうだね。いつウチに来てくれる?』


「いつでもいいぞ。休日の方がいいのか?」


『ううん。ウチの親は家で仕事してるからいつでも大丈夫。たまに出掛ける時があるからなんとも言えないけど……明日なら確実かな』


 明日か……明日だとまだ心の準備が……とか言ってられないよな……。


「分かった。じゃあ明日の放課後にお邪魔させて貰うわ」


『おっけー! じゃあその予定でお父さんにも伝えておくね』


「ああ、よろしく頼んだ」


 トントン拍子で話が進んでしまった……。

 明日か……明日は憂鬱な一日になりそうだな……。


『じゃあ明日はよろしくね。頑張って。すごく応援してるから』


「期待に応えられるように頑張るよ」


『うん。期待してるっ! じゃあまた明日学校でね!』


「おう。またな」


『ばいばーい』


 そこで莉愛との通話は終わった。

「ふぅ」と息を吐いてから顔を上げると、お姉ちゃんたちがニヤニヤしながら俺のことを見ていた。


「な、なんだよ」


 そのニヤニヤに身構えていると、奏美お姉ちゃんが突然肩を組んで来た。香水の甘い匂いが鼻をくすぐる。


「このやろ〜。好きな女の前だからってカッコつけやがって〜」


 奏美お姉ちゃんがからかうように言うと、今度は衣緒お姉ちゃんがずいとこちらに顔を寄せた。


「瑞稀くんかっこいい。結婚して」


 ここで俺が衣緒お姉ちゃんと結婚したら、もっと話がややこしくなってしまうだろ。


「瑞稀くん勇者だね! すごいカッコよかったよ〜。「明日でいいぜ」みたいなこと言った時には鳥肌だったなあ」


 そんな「なんとかだぜ」みたいな喋り方はしていない。話しを盛るんじゃない、鈴乃お姉ちゃん。


 それからしばらく姉三人にからかわれてから、俺たちはスタビャをあとにした。


 ああ、本当に明日はどうなってしまうのだろうか。遺書でも書いておいた方がいいのかな……なんて考えている内に、貴重な休日が過ぎて行ったのだった。

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