ズレてる家族
結論から言うと、莉愛を家族として迎えることに父さんと母さんは賛成だった。俺の初恋の相手でもあるからと、快く了承してくれた。
あとは莉愛の父親を説得するだけなのだけれど……。
「なあ、俺んちの父さんと母さんってもしかしなくてもズレてるよな」
スタービャックスの四人席に座り、俺はダークモカチップフラペチーノを片手に、姉たち三人に問いかける。
普通の家庭では、「友達を家族として迎え入れてもいいか」と聞けば、ほとんどが「ダメ」と言われるだろう。
それが常識ってもんだし、一般的な家庭の考え方なのも知ってる。
「ズレてるっていうか、お父さんもお母さんも器がデカいだけだと思うな」
俺の隣に座る奏美お姉ちゃんは、ブラックのコーヒーを飲みながらクスリと笑った。
「全然反対しなかったよね! 大学卒業するくらいまでは面倒見てやるぞって!」
奏美お姉ちゃんの向かいに座っている鈴乃お姉ちゃんは、キャラメルマキアートを大事そうに両手で持っている。
鈴乃お姉ちゃんの言う通り、父さんは莉愛のことを大学卒業するまでなら面倒を見てくれると言っていた。
海外に行く理由が理由だし、ウチの部屋も一つだけ余っているのでちょうどいいと、まだ顔も見たことない莉愛を歓迎しているようだった。
「莉愛ちゃんが家族になったら妹が増える。四姉妹。嬉しい」
衣緒お姉ちゃんはアップルティーを口にしたあと、口元を綻ばせた。
莉愛は俺よりも誕生日が早いので、家族になったらお姉ちゃんになる。ということは、俺には四人のお姉ちゃんが居ることになるのか。女四人の男一人……すごい姉弟だな……。しかも俺とは四人とも血が繋がっていないので、捉えようによってはハーレムである。
「衣緒お姉ちゃんは歓迎してるようだけど、奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんはどうなの? 莉愛が家族になること」
弟の友達が突然家族に加わるとなったら嫌じゃないのだろうか。俺だったら嫌だ。やっぱり環境の変化というものは少なからずストレスを感じるものだ。俺も新しくお姉ちゃんが出来た当初は、やはりストレスを感じていたもんな。
しかし奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんの答えは、俺の予想とは違うものだった。
「別に莉愛ちゃんならいいよ。素直で可愛いし」と奏美お姉ちゃんが。
「わたしも賛成! ずっと莉愛ちゃんみたいな妹欲しかったんだよね〜」と鈴乃お姉ちゃんが。
どちらも冗談を言っているような顔ではなく、まるでペットでも飼うかのようなテンションで二人とも承諾してくれた。
どうなってるんだウチの家族は。よその子を家族として迎え入れるなんて、みんな頭がおかしいんじゃないのか? 俺としては助かるからいいんだけどさ……。
「まじか。なんかありがとな、みんな」
何て言葉にすればいいか分からずに、俺はとりあえず頭を下げておく。
頭を上げてみると、お姉ちゃんたちがニヤニヤとしながら俺のことを見ていた。
「な、なんだよ。その顔は」
また何かからかわれる。そう確信して、ジト目をお姉ちゃんたちへと向ける。先制攻撃だ。
すると隣に座る奏美お姉ちゃんが、俺の頭を乱雑に撫でた。
「そんな目しないでよ〜。好きな女のために必死になってる瑞稀くんがカッコイイと思っただけだから」
この奏美お姉ちゃんの言葉には、衣緒お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんもうんうんと頷いた。
どうやらお姉ちゃんたちは、俺が好きな女に必死になっていると思っているらしい。
自分でも分からなかったが、他人から見ると必死になっているように見えるのか。
「そんな必死になってるかなー」
「なってるよ! 瑞稀くんいつも無気力だけど、パパとママが莉愛ちゃんを家族に迎えてもいいって言ってくれてから変わった気がするもん」
「そうか? どんな風に?」
「なんていうか、ギラギラしてる」
「ギラギラ……」
鈴乃お姉ちゃんの例えがよく分からずに、ギラギラをオウム返ししてしまった。
今の俺、そんなにギラギラしているだろうか。
「てかもうお父さんとお母さんからの了承は貰えたんだからさ、莉愛ちゃんにウチに来るかって聞いてみようよ。あと今日を含めて九日しかないんでしょ?」
マグカップに口を付けようとして、奏美お姉ちゃんが首を傾げた。
そっか。莉愛がニュージーランドに旅立つまで、残り九日を切っているのか。たしかにこうやってダラダラと駄弁っている時間はないな。
「そうだな。莉愛に電話してみるか」
そう言いながら、俺はポケットからスマホを取り出した。そのまま慣れた手つきで、莉愛に電話を掛ける。
「スピーカーにして。話し聞きたい」
衣緒お姉ちゃんがそう言うので、通話をスピーカーモードにした──その瞬間に、電話が繋がった。
『もしもーし。どしたー?』
電話越しに呑気な莉愛の声が聞こえてくると、俺たち姉弟は目配せをした。
それからすぐに、俺がスマホに向かって口を開く。
「もしもし、今大丈夫だった?」
『大丈夫だよ。それにしても瑞稀が電話してくるなんて珍しいじゃん』
「ああ、それがちょっと用があってな」
『用? 用ってなに?』
「実は今さっき、父さんと母さんから莉愛を家族にする許可が降りたんだ」
端的にことのあらすじを話すと、奏美お姉ちゃんが「くふっ」と吹き出した。
電話からは莉愛の無言の時間が続く。
『………………なんて?』
「いやだから、莉愛のことを家族に迎えることが出来るんだよ」
『………………なぜ?』
ああそっか。まだどういう経緯で、莉愛を家族に迎えるのかを話していなかった。
これは時間を掛けて説明しなくてはいけないな。
「あと九日でニュージーランドに行くって話だったろ。それで莉愛の話しを聞いた感じだと、家とお金さえどうにかなれば日本に居られそうな話だったからさ──」
俺はどうして莉愛を家族に迎えるのかの話しをした。話している内に莉愛も段々と食いついて来て、「ふむふむ」と相槌を打ちながら聞いてくれた。
「え、すごく嬉しい。でも本当にいいの? 瑞稀のご家族に迷惑じゃない?」
全てを話し終えると、莉愛もこの話に乗っかってくれたようだ。
莉愛がおずおずといった様子で俺の家族の心配をするが、ここはお姉ちゃんたちの出番だ。
「全然大丈夫」
「アタシも莉愛ちゃんならいいよ。妹が増えるのは嬉しいからね」
「わたしもわたしも! 妹が出来るのはすごく嬉しい!」
スピーカーモードにしているので、お姉ちゃんたちが次々に声を上げた。
「ということだ莉愛。住むところも金もなくても、日本に残れるぞ。でもウチは莉愛の家ほど金持ちじゃないから、贅沢な暮らしは出来ないけどな」
莉愛は小遣いとして三万円も貰っているらしいが、ウチの家族になった場合にはせいぜい一万円が上限だろう。
ちょっとだけ可哀想な気もするが、これは仕方のないことだ。
「うん! 全然大丈夫! 日本に居れるならなんでも!」
莉愛は即答してみせると、何やら電話越しにガタゴトと物音が聞こえてきた。
「ちょっと今からお父さんに話してくる! お父さんと話したらまた連絡するから!」
莉愛は早口で言い終えると、通話を切った。
スマホが通話が途切れたことを知らせると、姉弟で顔を揃えた。
「とりあえず莉愛から電話がかかって来るまでは、適当にコーヒーでも飲んで待ってようか」
きっと莉愛が父親を説得するにはそこそこの時間が掛かると見た。
だからここで駄弁って待つことを提案すると、姉三人も揃って首を縦に振ってくれた。
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