嫌に決まってるじゃん
「ごめんなさい! あたしから告白しておいて本当に自分勝手だけど、瑞稀とは付き合えないの」
互いに頭を下げ合う。
自分がフラれたと気付くまでに数秒掛かった。
体中から変な汗が湧き出して頰を伝う。
あれ……俺たちって両想いじゃなかったのか……?
前までは莉愛の片想いだったのに、いつの間にか俺が片想いをしてたってことか……?
何がどうなって、俺はフラれてしまったのか。まだ現実を受け止め切れないまま、恐る恐る顔を上げる。すると目の前に立つ莉愛も、気まずそうな顔を上げた。
その莉愛の気まずそうな表情を見て、背筋が凍った。そんな表情をされたら、フラれたことを受け入れるしかないじゃないか。
「……そっか……なるほどな……うん、そうか」
足に力が入らない。その場に立っていることも辛い。手が震える。呼吸が自然と早くなる。
莉愛と視線を合わせるのも気まずくて、思わず視線を逸らしてしまう。
ああ、今すぐにでも泣き出してしまいたい。もっと早くに告白の返事をしていれば、フラれることはなかったのだろうか。
初めて告白して、初めてフラれた。絶対に両想いだと思っていたのに……なんて自分勝手に思いながら、今すぐにでも流れてしまいそうな涙を我慢していると──目の前に立っていた莉愛が、突然その場でしゃがみ込んだ。かと思えば俺の顔を見上げて、大粒の涙を流し始めた。
「やっぱりいやだよッ! せっかく瑞稀と両想いになれたのに……」
莉愛は大粒の涙を拭おうともせず、俺の顔を見上げて泣き続ける。
その莉愛の言葉の意味が分からずに、俺の頭には沢山の疑問符が浮かぶ。どうして自分からフッておいて、そんなに大粒の涙を浮かべているのか。そして莉愛は『両想い』と言っていた……一体なにがどうなってるんだ……?
「えっと。どういう意味だ?」
ワケも分からず、何を聞いたらいいのかも分からず、とりあえず俺もしゃがみ込んで莉愛と視線を合わせる。
莉愛はひっくひっくと喉を鳴らしながら、俺の手を握った。すがるように手を握られて、俺も手を握り返す。
俺をフッたのには、なにか理由があるらしいな。
「あ、あのね……ずっと瑞稀に話せなかったことがあるの」
「話せなかったこと?」
「うん。ずっと言おうと思ってたんだけどね、言おうとすると胸がキュってなって……ひっく……瑞稀に嫌われちゃうかと思って」
「俺は何を言われても莉愛のことは嫌いにならない自信がある。だから話してくれないか?」
涙を流す莉愛と目を合わせる。
莉愛はしゃくり上げるようにして泣きながらも、こくこくと頷いた。
「あたし、もう少しで海外に行かなくちゃいけないの。ニュージーランドってとこなんだけど」
「……うん? 旅行か?」
「ううん。日本には帰って来ない。ずっとニュージーランドに住むことになる」
それを聞いて胸がキュッと締めつけられた。
ニュージーランドに行ったきり、日本に帰って来なくなるというのか。それが本当ならば、もう会えなくなってしまうじゃないか。
「な、なんでニュージーランドなんかに行くんだよ」
「両親の仕事。海外進出がどうとかって言ってた」
「海外進出……?」
莉愛の家を見たことあるから、海外進出と言われても何も違和感はない。むしろ今まで海外進出していなかったのが不思議なくらいだ。
莉愛は段々と落ち着いて来たのか、しゃくり上げていたのが止まった。
「そうなの……だからあたしも着いて行かなくちゃいけなくて……」
「着いて行かないとダメなのか? 日本に残る選択肢は……」
「お父さんには一緒にニュージーランドに来いって言われてるの。もしも日本に残るなら、住む家もお金も全部自分でなんとかしろって」
「なんだそれ……ヒドイな……」
勝手に仕事の都合で娘を今の環境から切り離し、行ったこともないような地に連れて行く。そんな残酷なことよく出来るな……と思ったのだが、莉愛は首を横に振った。
「ううん。一人娘を日本に置いて行けないってお父さんの気持ちも分かるから、それはしょうがないことなんだけどね」
莉愛は唇を噛んでから、ようやく落ち着いて俺と視線を合わせた。
「あたしね、ニュージーランドに行ったら結婚しなくちゃいけないんだ。あっちに住んでるお金持ちの息子さんと」
それを聞いた直後、俺の全身に落雷が落ちたような衝撃が走った。
どこの馬の骨だかも知らない男と莉愛が結婚……? いやだ。考えるだけでも、悔しくて仕方がない。
でもお金持ちの家ともなると、そういうのはよくある話なのだろうか。
「莉愛はどうなんだ……?」
「どうって……?」
「その……ニュージーランドの人と結婚すること──」
「そんなの嫌に決まってるじゃん──!」
莉愛は悲鳴のような声を上げると、俺の手を両手で握った。
「あたしは瑞稀とずっと一緒に居たい。瑞稀を好きになってから、何回瑞稀と結婚することを考えて来たと思ってるの? ずっとずっと大好きで、一緒に幸せになりたいと思ってたのに……」
莉愛はまた顔を俯かせて、地面に涙をポトポトと落とし始めた。そしてまた、声をしゃくり上げるようにして泣き始めてしまった。
莉愛はニュージーランドに行くことを望んではいない。それにニュージーランドの金持ちの息子と結婚することは、拒絶していることも知れた。
それならば、どうにかして莉愛のことを助けてあげたい。俺にも何か出来るんじゃないかと、そう思ったのだ。
「ニュージーランドにはいつ行くんだ?」
ニュージーランドに行くまでに時間があれば、それまでに色々な作戦を立てられるかもしれない。そう思ったのだが……。
「十日後の土曜日には……出発する……」
「………………は?」
自分の耳を疑って、もう一度聞き返す。
莉愛は真っ赤に腫れた目元が目立つ顔を上げると、握る手にぎゅっと力を込めた。
「十日後には出発しちゃうの。ニュージーランドに行くことが決まった時から瑞稀に言おう言おうと思ってたけど、どうしても言えなかった……本当にごめんなさい。もっと早くに言ってれば何か出来たのかもしれないけど……もう全部の準備が終わっちゃったから……本当にごめんなさい」
何度も「ごめんなさい」と連呼する莉愛が不安で手を震わせるので、俺はどうしていいのかも分からずに抱き寄せていた。
莉愛は俺の肩に顔を埋めて、すんすんと声を殺して泣いている。
俺は莉愛の背中をポンポンと撫でながら考える。莉愛が日本に居られるのは十日しかない。でも十日もあれば、どうにかして莉愛が日本に居られる選択肢を作ることが出来るんじゃないだろうか。
でも莉愛が苦しそうに泣いているこの状況では、何もいい案が思いつかない。今は莉愛が泣き止むまで一緒に居てやることが、俺が彼女のために唯一してやれることだ。
──第五章 完──
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