数ヶ月越しの返事
とある日の放課後。
俺と莉愛は大きな公園のベンチに座って肉まんを食べていた。
十一月も中盤戦に差し掛かり、外で温かいものを食べたい気分になったのだ。
そこで選んだのが肉まん。隣に座る莉愛は幸せそうな顔をしながら、熱々の肉まんをはふはふ言いながら食べている。
「肉まんなんて久しぶりに食べたわ。こんなに美味しかったんだな」
「冬になると肉まんかおでんが美味しくなるよね」
「コンビニでも全面的に売り出されるさらな」
「あれ罠だよね〜。レジの近くに置いてあったら買っちゃうって。肉まんも百円くらいで買えるし、おでんなんか百円切る時もあるからね」
莉愛は幸せそうな顔のまま、肉まんにかぶりつく。思い切りかぶりついたはずなのに、出来た歯型は小さい。一口が小さいようだ。
そんな莉愛は制服の上にベージュのカーディガンを羽織っていて、防寒対策はバッチリである。
ちなみに莉愛の真似をしているワケではないが、俺もカーディガンを羽織っている。これは衣緒お姉ちゃんに買ってもらったものだ。
「莉愛が値段を気にするのか」
「親がお金持ってるだけであたしは持ってないからね。そこは勘違いしないように」
「へー、そうなのか。お小遣いっていくらくらい貰ってるんだ?」
「月三万円かな」
「貰ってるじゃねえか。俺の三倍だぞ」
莉愛は月に三万円も貰っているのか。それはそれは好きな物が買えそうだ。俺だって一万円を使い切れないんだからな……って思ったけど、女の子の方が金掛かるよな。化粧とか色々あるらしいし。
「でもお父さんは金銭感覚が狂わないようにって、お小遣いを控えめにしてるって言ってたよ?」
「三万円でも控えめなのか。あー、でも莉愛の家を見たら、月に二十万円貰ってるって言われても疑わないわな」
莉愛の家は執事やメイドを雇っている豪邸だ。
たしかにそれを加味したら、お小遣い三万円は少ない気がしなくもない。
「莉愛の父さんも色々考えてるんだな」
「多分考えてくれてるのかな。金銭感覚が狂ったら人生が終わるって教えられて来たから」
「お金持ちの人が言うんだから、金銭感覚が狂ったら本当に人生が終わるんだろうな」
なんて他愛もない会話をしながら、肉まんを食べ進める。俺は片手で、莉愛は両手で肉まんを持っている。
頬を撫でる風は冷たいが、食べているものが熱いので何ともない。むしろ冬の冷たい風が涼しくも感じられる。
「肉まんもいいけど、あんまんも食べたかったなあ」
「あんまんも好きなのか?」
「好き〜。お口が甘いものを欲している時はあんまんだよね」
「じゃあ今はしょっぱいものを食べたい気分だったのか」
「そういうこと。肉まんかピザまんで迷ったんだあ」
「あー、ピザまんもいいよな。めちゃ美味い」
「お、話が分かるねえ。こんなことになるなら、どっちかがピザまん買えばよかったね」
「あー、そうすれば食べ合いっこが出来たな」
俺が何ともない口調で言うと、莉愛は驚いたような目をこちらへと向けた。
何かマズイことでも言っただろうか。自分では何も分からない。
「瑞稀から『食べ合いっこ』って言葉が出てくるんだ……」
どうしてか莉愛は、感心しているかのような声を上げた。
「それで驚いてたのか」
「そりゃ驚くよ。ちょっと前の瑞稀だったら絶対に食べ合いっこみたいな可愛い発想は出なかったよ?」
「そうか? 今、スッて出て来たけど」
「多分お姉さんたちの影響でしょ」
「……あー、それはあるかもな」
たしかにお姉ちゃんたちと出会う前の俺だったら、『食べ合いっこ』という文字さえ頭に浮かばなかっただろう。
お姉ちゃんたちとは食べ合いっこや食べさせ合いっこは普通にするので、莉愛の前でもスッと言葉が出てきたのかもしれない。
「やっぱり毎日一緒に過ごしてると、お姉さんたちに影響されるんだね」
「そりゃあ毎日一緒に生活してるからな」
家に帰れば顔を合わせ、一緒にご飯を食べたり、寝るまでダラダラしたり。休みの日には一緒に出掛けたりもしている。それがお姉ちゃんたちとの日常だ。
それだけ同じ時間を共にしていれば、影響されてしまうのも無理はない。
「いいなー。あたしもどうにかして瑞稀のお姉ちゃんになれないかな」
「それは無理だろ」
「だって羨ましいんだもん。お姉さんたちが」
「お姉ちゃんたちが羨ましいのか」
「うん。だって合法的に瑞稀とデートしたりイチャイチャ出来るじゃん」
「俺とデートしたりイチャイチャするのは違法じゃねえよ」
肉まんを食べながらツッコむと、莉愛はケラケラと笑ってくれた。
小気味よい会話もほどほどに、俺と莉愛の間には無言の時間が訪れる。
なにも喋らずに肉まんを食べていると、二人ともあっという間に食べ終わってしまった。
近くにゴミ箱があったので二人でじゃんけんをして、俺が負けたので肉まんのゴミをまとめて捨ててきた。
ベンチに戻ると莉愛が「ありがとう」と言ってくれたので、俺も「おう」とだけ返して座った。
スマホで時刻を確認すると、十八時を過ぎたところだった。
そろそろ帰ろうか。でも、今日こそは莉愛に言いたいことがある。
この自然な雰囲気ならば、勇気を振り絞れる気がした。
「なあ、莉愛」
名前を呼ぶと、莉愛はこちらを振り向いて目を丸くさせた。
「どうしたの? もう帰る?」
「ああ、そろそろ帰るけど。ちょっとその前に言いたいことがあって」
「うん? どした?」
こてんと首を傾げる莉愛を前にして、心臓がバクバクと鼓動を高める。
なんだこれ。めちゃくちゃ緊張するんだけど……。でも今日は逃げられない。今日こそは莉愛に返事をするんだ。
だから俺は莉愛と視線を合わせて、覚悟を決めた。
「俺も莉愛のことが好きだ。これだけ待たせておいて何言ってるんだって感じだけど……その……俺と付き合ってください!」
ベンチから立ち上がり、莉愛の前で頭を下げる。
莉愛に頭を下げることなんて初めてだから、不思議な感じがする。
でもようやく言えた。莉愛の告白への、数ヶ月後の返事。
心の中にあったつっかり棒が、どこかへと消えていく気がした。
俺からの返事を聞いて、莉愛は数秒だけ固まったかと思ったら、ベンチから慌てて立ち上がって頭を下げた。
「ごめんなさい! あたしから告白しておいて本当に自分勝手だけど、瑞稀とは付き合えないの」
莉愛からは「よろしくお願いします」の一言が貰えると思っていたので、その意外すぎる返事に時が止まったような感覚が襲った。
俺、もしかしてフラれたのか……? その答えに辿り着くまでに、さほど時間はかからなかった。
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