初体験の相手 後編
勝手に目蓋が開いた。
また何か夢を見ていた気がするが忘れてしまった。
見た夢のことなんか覚えていても仕方がないと、俺は枕元のスマホを取って電源をつける。その画面には時刻が表示されていて、十四時を少しだけ過ぎたところだった。
スマホを枕元に戻したところで、ガンガンと痛かった頭痛がなくなっていることに気がついた。それだけで早くも風邪が治ったのかと思ったが、まだ体は重く感じる。今日は安静にしてた方がいいな。
でも頭痛が消えたから、自分でも歩けるようになっただろう。そう思ってベッドから体を起こすと、俺のすぐ隣には衣緒お姉ちゃんが体を丸めて眠っていた。いつの間にか俺のベッドに侵入していたらしい。
ローテーブルの上にはハイボールの缶が四本も空いているので、酔っ払って寝てしまったのだろう。
「全くこの酔っ払いは……」
でも俺の部屋に居るということは、ずっと看病をしていてくれたのだろう。そう思うことにして、俺はベッドから抜け出してローテーブルに置いてあるスポーツドリンクを口にした。
すっかりぬるくなってしまっているが、乾いた喉は充分に潤う。
「ん〜……うおお……あああ」
気持ちよく水分を摂取していると、何やら気味の悪い声が聞こえてきた。
その声主はもちろん衣緒お姉ちゃんだ。衣緒お姉ちゃんはゾンビのようにベッドから体を起こすと、じーっとベッドを見下ろしている。
「あれ、瑞稀くんが居ない」
さっきまで俺が寝ていたはずのベッドをじっと見つめながら、衣緒お姉ちゃんがそんなことを口にした。
「俺はここだ」
居ても立ってもいられずに声を掛けると、衣緒お姉ちゃんがこちらを振り向いた。
ようやく俺のことを見つけた衣緒お姉ちゃんは、ふっと頬を緩めた。
「瑞稀くん見つけた。体調はどう?」
「朝よりはだいぶいいかな。一人でも歩けるようになったし」
「そっか。それはよかった」
衣緒お姉ちゃんは微笑んだまま胸を撫で下ろすと、こちらに向かって手招きをした。
だから何も考えずに衣緒お姉ちゃんの前に立つと、今度は屈むように指示される。
その指示に従って屈んでみせると、勢いよく抱き着かれた。柔らかな衣緒お姉ちゃんの体が押し付けられる。
女の子の甘い匂いとともに、お酒の匂いも鼻をくすぐる。
「瑞稀くん大好き。いっぱいちゅーしてあげる」
衣緒お姉ちゃんはそう言うや否や、俺をベッドに引きずり込んだ。
ベッドの上で仰向けになると、衣緒お姉ちゃんが俺の上に馬乗りになった。
まずい。衣緒お姉ちゃん、まだ酔っ払ってる──だが、気が付いたのが遅かった。
「瑞稀くん。大好き」
衣緒お姉ちゃんはそう言うと、俺に抱き着くようにして体を密着させたかと思えば、顔中にキスをしてくる。何度も何度も頬や額にキスをされて、くすぐったい。
傍から見たら、俺が押し倒されている光景にしか見えないだろう。
「衣緒お姉ちゃん。くすぐったいんだけど」
「我慢我慢」
衣緒お姉ちゃんは浮ついた声で言うと、今度は俺の唇にキスをした。弾力のある彼女の唇は、奏美お姉ちゃんと莉愛のものとは違う。
少し長めのキスのあと、衣緒お姉ちゃんは頬を緩ませたまま、互いの鼻が触れ合うくらいの距離で俺と視線を合わせた。
「今ので絶対に風邪移ったからな」
「んふふ。これだけいっぱいちゅーされて、心配するのがそこなんだ」
「そりゃそうだよ。衣緒お姉ちゃんに風邪が移ったら悪いし」
「優しいね、瑞稀くん。でももう少し自分の心配もした方がいいよ」
「自分の心配?」
俺が首を傾げたその時。その瞬間を狙っていたかのように、衣緒お姉ちゃんが俺の首筋に噛みついた。
ゾクリとした感覚と熱が全身を駆け巡る。それに伴って、息子も少しだけ元気になってしまう。
「ま、待って衣緒お姉ちゃん。それはマズイって」
なんとかして衣緒お姉ちゃんを押しのけようとするが、彼女は俺にくっついたまま全く離れてくれない。
衣緒お姉ちゃんの柔らかな体を全身で感じて、顔や首にいっぱいキスされる。
「ん? 何がマズイの?」
衣緒お姉ちゃんはすっとぼけたまま、また俺の首筋に歯を立てた。甘噛みではあるものの、どうしてか息子が反応してしまう。
気付いた時にはもう、息子は完全に元気になっていた。
「あれ。硬くなってるね」
イタズラな笑みを浮かべたまま、衣緒お姉ちゃんは俺の鼻先に噛みつく。
これだけ密着しているから、衣緒お姉ちゃんに息子が元気になっているのがバレてしまった。その恥ずかしさで、顔がかーっと熱くなる。
その俺の顔を見て満足したのか、衣緒お姉ちゃんは体を起こしてペタンと座った。息子をお尻で踏みつけられているので、痛いというか気持ちいいというか……。段々とムラムラしてくる。
「このまま姉弟の一線越えちゃおっか」
こんなにムラムラしている時に、衣緒お姉ちゃんから誘惑の一言が……。
衣緒お姉ちゃんは悪い笑みを浮かべながら、服の裾を摘んで脱ぎ出そうとする。
このまま衣緒お姉ちゃんに襲われてしまうのもアリかもしれない。このムラムラを発散出来るのなら、今はなんでもいいや。
枯れていると思ったのに、俺も性なる行為が出来るようになったんだな。それもこれも、お姉ちゃんたちのおかげだし……。
俺は衣緒お姉ちゃんに身を任せることにした。
もう何も抵抗しないと、体から力を抜く。
しかしこんないい雰囲気の中で、莉愛の顔が頭をよぎった──その瞬間には、俺は裾を摘んでいる衣緒お姉ちゃんの手を握っていた。
「ごめん。衣緒お姉ちゃん。ここから先はダメだ」
綺麗なおへそが見えたところで服を脱ぐのを止められた衣緒お姉ちゃんは、目を丸くさせたまま「どうして?」と首を傾げた。
「初体験の相手は好きな人とがいい。もちろん衣緒お姉ちゃんのことも好きだけど、俺には心に決めた人が居るんだ」
ここまでされるがままにキスをされて、身を任せておいて、今更「やめてくれ」などと通用するはずがない。だけど俺はやっぱり、一途に好きだと言い続けてくれている莉愛を裏切るような真似は出来なかった。
中途半端なところでストップをかけて、衣緒お姉ちゃんに呆れられても仕方がない──と思っていたのだが、彼女は柔らかく笑ってくれた。
「そっか。瑞稀くん、莉愛ちゃんと真剣に向き合ってたんだね」
衣緒お姉ちゃんは嬉しそうに微笑むと、俺の上から下りてベッドの横で膝立ちになった。
「私の方こそごめんね。瑞稀くんのこと怒らせてみたくていっぱいちょっかいかけちゃった」
「お、怒らせたかったの……? 酔っ払ってたんじゃなくて?」
「一回寝たら酔いが覚める派なの。怒ってる瑞稀くんを見たかった。でも瑞稀くん優しいから、ちっとも怒らなかったね」
「怒る要素は一つもなかったと思うけど……」
何か俺が怒るような場面があっただろうか……なにひとつ身に覚えがない。
まだ混乱している俺の頭を、衣緒お姉ちゃんが優しく撫でてくれる。
「大好き。瑞稀くん」
ついさっきも聞いたような気がする衣緒お姉ちゃんの「大好き」に、俺も笑顔を作って頷いてみせる。
「俺もだよ。衣緒お姉ちゃん」
「ありがと。でも、莉愛ちゃんが一番でしょ?」
からかうように言うと、衣緒お姉ちゃんはクスリと笑った。でも衣緒お姉ちゃんは本気でからかっているワケではなく、どこか優しさを感じる。
俺は照れくささでニヤけそうになる口元を手で隠しながらも、「まあな」と頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます