可愛いイタズラっ子 前編

 気づけば午後の八時になっていた。学校がある日はゆっくり出来る時間が限られているからと、自分の部屋のベッドでダラダラし過ぎた。

 まだ寝るまで時間はあるものの、あと四時間で今日が終わってしまうのも寂しい。

 何かダラダラすること以外で出来ることないかな……と身の回りを観察していると、突然部屋のドアが開いた。


「ねえ、瑞稀くん」


 そこから顔を出したのは、鈴乃お姉ちゃんだった。

 ダボッとした白色のパーカーを着ているところを見ると、今から出かけるのだろうか。


「どうした?」


「今からコンビニにお菓子買いに行くんだけど一緒に行かない? なにか奢ってあげるから」


 こんな夜にお菓子を買いに行くのか。しかも鈴乃お姉ちゃんはまだ高校生なので車に乗れない。この十一月の寒い気温の中を歩いて行く気だろう。


 でもこのまま何もせずに今日を終えるなら、鈴乃お姉ちゃんと夜の散歩に出かけるのもアリだ。それになにか奢って貰えるなら、断る理由もない。


「やったぜ。着いてくわ」


 俺は床に落ちていた上着を羽織って立ち上がると、鈴乃お姉ちゃんはクスリと微笑んだ。


「さすがのノリの良さだね。そういうところ大好きだよ、瑞稀くん」


「どうもどうも。すぐ行く感じだよね?」


「すぐ行ける?」


「行ける行ける。特に準備することないし」


 スマホと財布をポケットにしまい、自分の部屋を出て廊下に出る。


「そっか。じゃあぼちぼち出発しますか」


「衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんは?」


「お姉ちゃんたちは友達と遊んでるらしい。いいよね大学生って。平日もがっつり遊べて」


「俺たちも高校卒業したら大学生になる予定だしお互い様じゃないか? 衣緒お姉ちゃんたちも高校生時代があったワケだし」


「それもそうかも。あと二年も我慢すれば大学生にらなれるんだもんね。勉強頑張らなきゃ」


「そうか。大学って勉強しなきゃ入れないのか」


 平常運転な会話をしながら、二人で階段を下って行く。


「もしかしなくても瑞稀くんてバカだよね」


「何もオブラートに包んでくれないんだな。でもまあ、俺はバカだな。テストの点数も平均点を少し下回るくらいだから」


「そういう学力的な意味で言ったんじゃないんだけどな……でももう少し勉強した方がいいよ。大学行けなくなっちゃうかもよ?」


「それは困るな。まだ働く覚悟なんてないから大学に入学出来なきゃ困る」


「だったらなおさら勉強しなさーい」


 階段を下り終えると、鈴乃お姉ちゃんが俺の肩をもみもみと揉みながら注意をした。

 たしかにいつまでも不真面目ではいられない。大学に行きたければ、それなりの行動を取らなきゃいけないんだけど……。


「めんどくさいんだよな。勉強って」


 結局はこの結論に行き着く。

 鈴乃お姉ちゃんは「こらー」と肩を揉む力を強めながらも、もしもの時は勉強を見てあげると言ってくれた。

 勉強面ではお姉ちゃんたちに頼りきりになるだろうな。そんな未来を想像しながら、俺と鈴乃お姉ちゃんは誰も居ない家を後にした。


 ☆


 まだ上着を羽織るだけで寒さを凌げるような外を十分ほど歩き、近くのコンビニにやって来た。

 コンビニの中に入るなり、鈴乃お姉ちゃんはお菓子コーナーへと歩いて行ったので、俺も後を着いていく。


「あったあった。これを急に食べたくなったのよ」


 鈴乃お姉ちゃんが手に取ったのは、ハートの形をしたグレープ味のグミだった。


「グミか。グミなんて久しく食べてないな」


「えー、もったいない。グミ美味しいのに」


「グミ好きなの?」


「大好きだよ! お菓子全般大好きだけどね」


「えへへ」と目を細めると、鈴乃お姉ちゃんはグミの他にもチョコやスナック菓子も手に取った。


「そんなにお菓子買って今日食べるの?」


「ううん! グミは今日食べるけど他は保管用かな」


「自分の部屋に保管してるのか。ハムスターみたいだな。背も小さいし」


「背も小さいは余計だから!」


「べー」と真っ赤な舌を出した鈴乃お姉ちゃんが末っ子らしくて可愛くて、無意識の内に彼女の頭を撫でてしまった。


「あー! そうやってまた子供扱いして! わたしの方がお姉さんなんだからね」


「はいはい。お姉ちゃんお姉ちゃん」


「もう! 次バカにしたら首噛んじゃうからね」


「それだけは勘弁してください」


 首筋を噛まれるのだけはダメだ。息子が反応するし、なんだかムラムラともしてくる。

 きっとそのムラムラを発散する手段はあるのだろうが、俺はまだその方法がよく分からないので、出来るだけ息子を元気にさせたくないのだ。


 鈴乃お姉ちゃんは「全くもう」と言いながらも、俺の腕を掴んだ。そのまま俺を引っ張るようにして、レジの前にやって来た。


「瑞稀くん。なんか飲み物奢って上げるよ」


「やったー。じゃあココアで」


「温かいやつでいいんだよね」


「もちろん温かいので」


「じゃあわたしも同じの買おー。すいません。ホットココア二つ下さーい」


 鈴乃お姉ちゃんは俺を横に置いたまま、レジでの会計を始めた。きっとレジ打ちをしてくれている店員さんから見たら、俺たちはカップルに見えることだろう。

 でももう、勘違いされるのにも慣れてしまった。むしろ勘違いをさせることに、ハマったりもしている。


 だから俺はごくごく自然な動きで、鈴乃お姉ちゃんの頭をポンポンと撫でてみる。これで店員さんは、俺たちのことを姉弟だとは思わないだろう。


 ☆


 鈴乃お姉ちゃんが買ったお菓子の入った袋は、もちろん俺が持つことにした。

 片手に袋を、もう片手にはココアのカップを持っている。


 俺と鈴乃お姉ちゃんはホットココアを飲みながら、街灯しか明かりのない帰り道を歩く。


「たまにはこういうのもいいよね。夜のコンビニに出掛けてみたり」


「ちょっとした特別感を感じるよな。昼間に行く時とは全然気分が違う」


「分かる〜。夜のコンビニ最高〜」


「こうやって夜道を散歩するのもいいよな」


「そうそう! いつも明るい時に外出てるから、こんな時間に外を歩いてると悪いことしてる気分になる」


 たしかに午後八時とか九時に外を歩くのは、ちょっとだけ悪いことをしてる気分になるかもしれない。

 でも隣りを歩く鈴乃お姉ちゃんは笑顔を浮かべている。コンビニで欲しいものも買えたし、夜道を歩く特別感も味わえてご機嫌なのだろう。


「あ! 瑞稀くん! あれ見て!」


 鈴乃お姉ちゃんは俺の腕を掴むと、足を止めてある場所を指さした。俺も足を止めてその指先を辿ってみると、家々に囲まれる小さな公園があった。


「公園だな」


「そう! 公園! 行ってみたくない?」


「こんな時間にか?」


「こんな時間だからこそだよ!」


 嬉々とした表情で、鈴乃お姉ちゃんは公園を指さし続ける。

 こんな時間だからこそ公園に行ってみたい気持ちは、なんとなく理解できる。それにそんな楽しみそうな顔をされては、断ることも出来やしない。


「ああ、じゃあ行こうか。そろそろ父さんが帰って来ちゃうからちょっとだけだぞ?」


「うん! 行こ行こ! 夜の公園だ〜」


 俺が頷いたのを確認すると、鈴乃お姉ちゃんは一人で公園へと走って行った。

 つい数時間前まで学校があったというのに、鈴乃お姉ちゃんは元気すぎる。

 俺の方が年下なのに、鈴乃お姉ちゃんの体力が羨ましい。


「暗いからあんまり走ると危ないぞー」


 なんてお姉ちゃんに向かって注意をしながら、俺も夜の公園へと足を踏み入れた。

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