ラスボス級の敵
♥
月曜日の放課後。莉愛は一人で帰り道を歩いていた。
本当は瑞稀と一緒に帰りたかったが、どうやら今日は男友達とゲームセンターに寄って帰るようだった。
瑞稀はあまり友達と遊ぶイメージがなかったので、安心したというか寂しいというか。
莉愛は複雑な気分になりながら家までの道のりを歩いていると、ある建物が目に入った。
その建物はスタービャックスというコーヒーチェーン店だ。よく『スタビャ』と略させることが多く、コーヒーの美味しさから人気を集めるお店である。
「そう言えば新作出たんだっけ」
スタビャは定期的に新作の飲み物を出していて、莉愛はその度に買っている。
昨日から十一月に入ったので、そろそろ新作が出ててもおかしくないな……なんて思いながら、スタビャの外に出ている立て看板を覗こうとすると、テラス席に他を圧倒するような美人が座っていることに気がついた。
その美人さんはピンク色の髪をしていて、飲み物を横に置いてノートパソコンをいじっている。美人さんでもあり、出来る女の雰囲気も醸し出している。
そんな美人さんだが、莉愛がよく知っている人物だった。
久しぶりにその人を見て、莉愛は迷いなく声を掛けることを選んだ。
「衣緒さんですよね?」
思い切って声を掛けると、熱心にパソコンをいじっていた美人さんはこちらを見上げた。
その特徴的な気だるげで眠たそうな目は、衣緒のもので間違いなかった。
「莉愛ちゃん。どうしたのこんなところで」
やっぱり衣緒だった。
衣緒は目を大きくさせて驚くと、何度も瞬きを繰り返した。
「ここ、ちょうどあたしの帰り道なんですよ。いつもこの道を通って帰ってるんです」
「そうなんだ。だから制服着てるんだね」
「そういうことです。衣緒さんこそスタビャで何してるんですか? あ、もしかして大学の課題とか?」
「ううん。カワウソ」
「カ、カワウソ……?」
カワウソとはなんのことだろう。もしかして大学生ならではの言葉なのだろうか。
莉愛が頭上にいくつものクエスチョンマークを浮かべていると、衣緒がパソコンの画面をこちらに見せてくれた。
そこでは二匹のカワウソが泳いだりじゃれたりしている動画が流れていた。
「カワウソですね」
「うん。カワウソ」
「大学のレポートか何かで研究してるんですか?」
「ううん。ただ可愛いから見てただけ」
莉愛の頭上にはさらにクエスチョンマークが浮かぶ。
もしかして衣緒さん。スタビャでずっとカワウソの動画を観ていたのだろうか。遊園地の時から思ってたけど、衣緒さんってちょっと不思議な人だ。
どう反応していいか分からず、莉愛はとりあえず「カワウソ可愛いですね」と返した。そんな莉愛を見てか、衣緒はバッグから財布を取りだした。そこから千円札を抜き出して、莉愛に差し出す。
「莉愛ちゃんも一緒にコーヒー飲も。好きなの買ってきていいから」
「え、悪いですよ。自分で買ってきます」
「莉愛ちゃん可愛いから奢ってあげる」
「でも……」
好きな人のお姉ちゃんからお金を受け取ることを渋っていると、衣緒が残念そうな顔をしながら「いや?」と首を傾げた。
そんな顔されたら、あたしに残された選択肢なんて無いに等しい。
「嫌じゃないです! いただきます!」
莉愛は千円札を受け取ると、勢いよく頭を下げた。
好きな人のお姉ちゃんから奢って貰える……莉愛はそれすらも特別に感じた。
そんな莉愛を見て、衣緒は満足そうに頷いた。
☆
「お待たせしました! ご馳走様です!」
莉愛は新作のいちごとホワイトチョコのフラッペを持って、衣緒が待つテラス席に到着した。
「いえいえ。美味しそうなの買ってきたね」
「十一月の新作なんですよ。飲みたかったんで嬉しいです」
「そう。それはよかった」
衣緒は莉愛からお釣りを受け取ると、財布にしまった。
莉愛は衣緒と向かい合わせになるようにして座るなり、「いただきます」と言ってからフラッペを飲んだ。
「んー! 美味しい! いちごとホワイトチョコ!」
美味しすぎて頬に手を当てた莉愛を見て、衣緒は頬を緩めた。まるで自分の娘を見ているように。
「衣緒さんはなに飲んでるんですか?」
「カフェモカのホット」
「あー、カフェモカ美味しいですよね。あたしも大好きです」
莉愛は両手でフラッペを持ち、衣緒は片手でカフェモカを持ちながら、なんてことのない会話を交わす。
一人ぼっちだと思っていた帰り道が、途端に楽しい女子会に変わってしまい、莉愛は嬉しくて仕方がなかった。
「瑞稀くんと仲良くしてる?」
「もちろんです! 前なんて一緒にお弁当食べたんですよ」
「いいな。私も瑞稀くんと一緒にお弁当食べたい」
「姉弟なんだからいつでも食べれるじゃないですか。瑞稀も絶対に断らないですよ」
「そうだね。瑞稀くん優しいから」
自然と瑞稀の話になっていくと、莉愛と衣緒はテーブルに肘を置いて前のめりとなる。
「今日の帰りは瑞稀くんと一緒じゃなかったの?」
「瑞稀は男友達数人とゲームセンターに行きましたよ」
「瑞稀くんが友達と遊ぶなんて珍しい。何があったんだろう」
「瑞稀の男友達がみんな部活休みだかららしいです。でも瑞稀、ちょっとだけ面倒くさそうな顔してましたけどね」
「でも付き合いは大事。瑞稀くん偉い」
何を言っても瑞稀のことを褒める衣緒を見て、莉愛はクスクスと笑った。
衣緒も瑞稀のことを溺愛しているようで、見ていて微笑ましかった。
「衣緒さん、瑞稀のことめっちゃ好きなんですね」
「うん。愛してる。ライクじゃなくてラブ」
「そんなにですか! それはすごいですね──ってラブ!?」
驚きすぎて立ち上がってしまったが、莉愛は恥ずかしさなんて忘れて衣緒のことを見下ろす。
ライクじゃなくてラブ……? ってことはあれかな。姉弟としてじゃなくて、一人の男として好きだってこと……?
「うん。瑞稀くんに恋してる」
しっかりと言葉にされてしまった。
衣緒は嘘を吐いているように見えないし、恐らく本気なのだろう。
「瑞稀のこと好きなんですか……? 恋愛的に」
「うん」
「キスしたりしたいってことですよね……?」
「うん。手繋いだり、キスしたり、セッ──」
「そ、それ以上は言わなくていいです! じゅうぶん分かったんで!」
莉愛は衣緒の言葉を遮ると、放心状態のまま椅子に座り直した。
まじか……衣緒さんが瑞稀に恋してるなんて……。
今まであたしには恋のライバルなんて居なかったので、衣緒さんが初めての敵だ。
初めての敵がこんな強敵……。自分で言うことじゃないかもしれないが、あたしよりも衣緒さんの方が絶対に可愛い。自信なくすなあ……。
「でも、私は瑞稀くんと付き合ったりはしないから安心して」
「……え?」
莉愛は耳を疑って、もう一度聞き直した。
衣緒は真顔のまま、「んんっ」と咳払いをして続ける。
「私は瑞稀くんと付き合うつもりはない。今の姉と弟の関係で満足してるから」
その言葉を聞けて、莉愛は心の底から安堵した。
顔もスタイルも性格もいい衣緒さんが、敵に回らなくて本当によかった。
あたしはまだ、瑞稀に恋してもいいのだ。
安心した莉愛がフラッペを口にすると、衣緒は「でも、」と唇を動かした。
「他の二人は分からないから、覚悟しといた方がいいかも」
「…………えっ」
言葉の意味を理解した莉愛はフラッペを落としそうになるが、なんとか持ち直すことが出来た。
衣緒が言う『他の二人』の顔やスタイルを思い出すと、莉愛は思わず身震いする。
今までは瑞稀のことを好きな人はあたししか居なかったからなんの焦りもなかったが、ラスボス級の敵が現れて変な焦りが生まれる。
でもこれはいいタイミングなのかもしれない。
あたしももしかしたら、もう少しで瑞稀に恋が出来なくなってしまうかもしれないから。
それならお姉さんたちに瑞稀を任せた方が、あたしだって安心できる。
悔しいけど、親の言うことは絶対だ。
衣緒から視線を逸らすと、莉愛はフラッペのストローに歯を立てた。
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