いい家族

 今日も学校疲れたな。

 俺はあまり勉強しない派の人間だから、興味もない話を何時間も机に座って聞かなければいけないことがツラい。

 でも大学生になったら勉強そっちのけで遊べると衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんが言っていたので、それまで高校の三年間は我慢だ。


 そんなことを考えながら家に帰宅したのは、夕方の五時頃のこと。

 夕飯まで時間はあるし、リビングでダラダラしよう。そう決意してリビングのドアを開けると、予想していなかった人物がソファーに座っていた。


「おー、瑞稀。早かったな」


 なんとそこに居たのは、Tシャツに長ズボン姿の父さんだった。


「え、父さん。なんで家に居るの? 仕事は?」


「先週の日曜日に出勤したから、それの振休だ」


 たしかに先週の日曜日は、父さんは仕事で家を開けていた。

 父さんの会社はそこそこホワイト企業だと聞いているので、休日に出勤した分は振休が貰えるのだろう。


「そうだったんだな。てっきり仕事だと思ってたからビックリしたわ」


 俺はスクールバッグを床に下ろして、飲み物を取りに冷蔵庫へと向かう。


「はっはっは。昨日母さんには言ってたんだけどな。聞いてなかったか」


「聞いてなかったよ」


「そうかそうか。冷凍庫に買ってきたアイスが入ってるから、小腹が空いた時にでも食べてくれ」


「マジか。今食べるわ」


 冷凍庫を開けてみると、アイスクリームやシャーベットアイスなどが五つ入っていた。俺と母さんとお姉ちゃんたちの分だろう。


「どれを食べてもいいのか?」


「あー、衣緒ちゃんたちは何が好きなのか分からないけど、アイスクリームの抹茶味は母さん用に取っておいてくれ」


「了解〜」


 俺は軽く返事をしてから、ソーダ味の棒アイスを取り出した。

 袋を剥がしてアイスをかじりながら、父さんの隣に腰掛ける。


「どうだ瑞稀。お姉ちゃんたちとは仲良くやってるか?」


 テレビで流れるニュース番組に視線を向けたまま、父さんがそんなことを聞いてきた。父さんは世間話をしたいのだろう。


「ああ、おかげさまで。いいお姉ちゃんたちだよ。父さんいい人見つけて来たね」


 だから俺もテレビに視線を預けたまま、父さんと会話をすることに決めた。


「はっはっは。いい人だろう。なんせ父さんが捕まえた人の娘さんだからな」


「ほんと。いつもよくして貰ってる」


「たまに四人で出掛けてるみたいだけど、何してるんだ?」


「うーん。遊園地に連れてって貰ったり、ナイトプールに連れて行って貰ったり……あとは色々かな」


 喉まで『ラブホテル』が出かかったが、すんでのところで飲み込むことが出来た。危ない危ない。


「色々なところに行ってるんだなあ。瑞稀は休日に家にこもるタイプの人間だったから、衣緒ちゃんたちに連れ回して貰えてよかったじゃないか」


 お姉ちゃんたちが家に来る前は、休日に遊ぶような友達が居なかったこともあって、土日はよく一人で家に居た。

 もちろんそんな時間も苦ではなかったが、今の方が楽しいのも事実。


「今までは休日に外出する人の気持ちが分からなかったけど、外に遊び行くのも案外楽しいもんなんだって知れたかな」


「ってことは衣緒ちゃんたちと居るのは全く気まずくないんだな」


「気まずいワケないよ。もっと一緒に居たいくらい」


「はっはっ。それはいいことだ。姉弟なんだから仲良くなくちゃな」


 父さんは声高らかに笑いながら、麦茶の入ったグラスに口をつけた。


「前までは一人っ子の方が気楽でいいと思ってたけど、やっぱり兄弟がいた方が楽しいんだな。もうお姉ちゃんたちが居ない暮らしなんて考えられないよ」


「お姉ちゃんたちが居なくなるのは寂しいか?」


「うん。めっちゃ寂しい。多分父さんが母さんと離婚して、お姉ちゃんたちと別々になるって言われたら泣くと思う」


「はっはっは。それは安心してくれ。離婚する気なんてこれっぽっちもないから」


「ああ、そこは信用してるよ」


 父さんは前の母さん──俺の実の母親のことも最後の最後まで大事にしていた。

 俺が幼稚園生くらいの時に、実の母親は病気であの世へと行ってしまったけれど、今頃空から見守っていてくれてるだろうか。


 リビングには沈黙が訪れようとするが、父さんがテーブルにグラスを置く音がした。それからすぐに、父さんはソファーに深く腰掛けてこちらを向いた。その表情は何か言いたいような顔にも見える。


「どうしたの? 何か言いたいことでもある?」


 俺がそう尋ねると、父さんは「何でもお見通しだな」と笑った。


「お姉ちゃんたちとは言え血が繋がってないと、なんていうか……やっぱり女の子として意識しちゃうか?」


 父さんは気まずそうに聞くが、俺は「なんだそんなことか」とアイスをかじる。


「お姉ちゃんたちを女として意識したことは一回もないよ。今までももちろん意識したことないし、これからも女として意識することはないと思う。あ、でもお姉ちゃんたちに魅力がないワケじゃないよ? ただ血は繋がってないとは言え家族だし、恋愛感情は全くない」


 俺がきっぱりと言いきると、父さんは驚いたように何度か瞬きをしてから、ふっと頬を緩めた。


「そうか。それならいいんだ」


 父さんは心底安心したようにため息を吐くと、体から力を抜いた。


「俺たち、いい家族になれそうだな」


 とても優しい声だった。

 きっと父さんは、俺にいきなり三人も歳の近い姉が出来たから心配していたのだろう。


 だから俺はもう心配しなくてもいいぞと、迷いなく頷いてみせる。


「ああ、おかげさまでいい家族になれそうだ」


 俺が真剣な顔でそんなことを言ったのが面白かったのか、父さんはまたも声を上げて笑った。

 でもその笑いは、決して俺を馬鹿にしてるようなものではない。それが分かってしまうのも、俺と父さんがいい家族だからなのだろうか。


 ──第四章 完──

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