三姉妹会議3

 ♥


「ということで、三姉妹会議を始めます。議題は瑞稀くんが変態だったことについて」


 ベッドに腰掛けながら、衣緒が会議の始まりを宣言した。


 午後の二十三時。三姉妹は衣緒の部屋に集まり、久しぶりの三姉妹会議を開いたのだ。議題はもちろん瑞稀の性癖について。

 ちなみに瑞稀は自分の部屋で就寝している。今は三姉妹だけの時間だ。


「衣緒お姉ちゃんが三姉妹会議を開くなんて珍しいね」


 ローテーブルの上に並んでいたポッキーをつまんで、鈴乃は口へと運んだ。


「三姉妹会議を開くのも分かるよ。アタシと衣緒お姉ちゃんは昨日の夜に瑞稀くんが男になるのを見ちゃったからね」


 鈴乃の向かい合わせに座っている奏美は、ポッキーを片手につまみながら笑顔を作っている。


「昨日の夜って、瑞稀くんがお姉ちゃんたちの匂いに興奮した事件があったんだよね」


「あれ? なんで鈴乃が知ってるの?」


「瑞稀くん本人から聞いたよ。「俺にも性欲があったんだよ」って嬉しそうに言ってた」


 どうやら鈴乃は本人から、瑞稀の性欲が顔を出したことを聞いていたらしい。

 衣緒と奏美はそれならば話が早いと、互いに顔を合わせて頷いた。


「それ聞いて鈴乃はなんて思った?」


 衣緒お姉ちゃんが首を傾げると、鈴乃は「うーん」と難しそうな顔をしながら、同じく首を横に倒した。


「性欲がないから今まで安心して瑞稀くんにベタベタ出来たけど、これからは出来ないのかなって思ったのが正直なところかな。でも莉愛ちゃんの告白の返事を保留にしてる件もあるから、性欲は戻ってよかったのかもしれないよね」


 意外にも鈴乃がきちんと考えていたことに、姉の二人は驚いて「おー」という声を上げた。


「なにその反応。お姉ちゃんたちはどう思ったのよ」


 鈴乃は片頬を膨らませながら、むすっとした顔を作った。そんな鈴乃の頭をよしよしと撫でてから、奏美も口を開く。


「アタシは性欲がついてよかったと思ったよ。でもアタシは今まで通りの距離感で接するから」


「え、どうして? 襲われちゃうかもしれないよ?」


「多分だけど瑞稀くんが興奮するのって、アタシたちの体でじゃなくて、匂いとか噛まれたりで興奮しちゃうんだよ。だからそういう変態的なちょっかいを出さなければ、瑞稀くんの性欲を刺激することはないと思う」


 そう奏美が言うと、衣緒も「私も同じ気持ち」と頷いた。そんな姉たちを見て、鈴乃は「えっ」と意外そうな顔を作った。


「じゃあもしも、知らず知らずのうちに瑞稀くんの性欲を刺激しちゃったら? お姉ちゃんたちはどうするの?」


 鈴乃はローテーブルの上で前のめりになりながら、姉たちの顔を交互に見ている。


「瑞稀くんになら襲われてもいい。昨日も襲われそうになったんだけど全然イヤじゃなかった。むしろ可愛かった」


 鈴乃の問いに即答したのは衣緒だった。

 衣緒は昨日の夜に瑞稀に押し倒されているが、全くイヤそうな素振りを見せていなかった。


 衣緒がきちんと自分の気持ちを口にすると、奏美がケラケラと笑いだし、鈴乃は驚いたようにゆっくりと瞬きをした。


「奏美お姉ちゃんは?」


「アタシもほとんど衣緒お姉ちゃんと同じかな。瑞稀くんになら全然襲われてもいい。むしろもっともっと、瑞稀くんが何で興奮するのか知りたい。ちょっかい出してる内に襲われたとしてもしょうがないよね」


「一応瑞稀くんとは姉弟なんだよ? 弟に襲われてもいいの?」


「血は繋がってないし、もしも子供が出来たとしたら結婚するくらいの気持ちでいるよ」


 笑顔でそんなことを言える奏美の姿に、鈴乃は感動すら覚えた。衣緒も奏美も、自分より瑞稀のことを考えている。それはきっと昨日の夜に瑞稀の性欲が目覚めるところを目の当たりにしたから、今日はずっとそのことが頭にあって、彼女たちなりに考えていたのだろう。

 自分が置いていかれた気分になって、鈴乃はまた拗ねそうになってしまう。


「鈴乃は瑞稀くんに襲われるのイヤ?」


 衣緒から質問されて、鈴乃は一瞬だけ唇を噛み締めた。

 瑞稀に襲われるのが嫌か嫌じゃないか。その二択を突きつけられた時、鈴乃は迷うことなく片方を選ぶことが出来た。


「わたしも嫌じゃないかも……」


 呟くような小さな声だったが、二十三時の静かな部屋では二人に聞こえてしまう。

 姉の二人は互いに顔を合わせて微笑むと、奏美がローテーブルに頬杖をついて、鈴乃に顔を寄せる。


「あんなに男は狼だのなんだの言ってた鈴乃が襲われてもいいなんてどうしたのさ」


「か、からかわないでよ! 自分でもよく分からないの。クラスの男子たちは狼にしか見えなくて嫌だけど、瑞稀くんは違うの。特別なの。でもそれがどうしてなのか、思うように口に出来なくて……」


 鈴乃は自分の中にある感情の正体が分からずに、モヤモヤとした気分のまま俯いてしまった。そんな鈴乃の頭を、奏美はもう一度優しく撫でる。


「やっぱり鈴乃には分からないか」


「やっぱりってなによ! じゃあ奏美お姉ちゃんは分かるって言うの?」


「ああ、分かるよ。アタシも衣緒お姉ちゃんも同じ気持ちだから」


 自信満々に頷いた奏美を見て、鈴乃は目を大きくさせた。


「それは……なに?」


 聞きたいような聞きたくないような……その感情の正体を知ってしまったら戻れなくなってしまいそうで恐怖を覚えながらも、鈴乃は怖いもの見たさで尋ねた。

 部屋の中には一瞬だけ沈黙が訪れたが、すぐに衣緒がポツリと呟く。


「私たちは瑞稀くんに恋してる」


 衣緒が抑揚のない声で言うと、奏美も照れくさそう頬をかいた。


 今まで経験したこともなかった感情の正体が『恋』だったという事実に、鈴乃は心臓の鼓動を早める。


 家族になった弟に恋をしている。もちろんそのことは、誰にも言えない三姉妹だけの秘密だ。瑞稀本人にも両親にも友達にも言えるワケがない。

 三姉妹は瑞稀に恋していることをここだけの秘密にすることを誓って、今日の三姉妹会議を終えた。


 いつもは三姉妹会議が終わったあと三人は部屋に残ってグダグダとするのだが、今日はどうもそんな気分にはなれなかった。

 三姉妹は各々の部屋に帰って、瑞稀に対する恋愛感情を噛み締めた。


 これからどういうふうに瑞稀と接して行くのか。この恋する想いを伝えるべきか。それらを話し合えなかったのは、これが三人の初恋だからである。


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