目覚める性欲

 ストッキング越しの衣緒お姉ちゃんの足が、仰向けで寝転がる俺の目の前まで迫る。

 奏美お姉ちゃんの足と違って、衣緒お姉ちゃんの足はどんな匂いがするのだろう。

 とても興味がそそられるが、俺の息子が「逃げろ」と叫んだ気がした。

 だから俺はソファーの上からゴロゴロと転がるようにして床に落ちて、衣緒お姉ちゃんの足から逃れる。


「あっ。なんで逃げるの。奏美の足は嗅げたのに」


 衣緒お姉ちゃんはフグのように頬を膨らませると、ソファーから立ち上がって俺のことを追いかけて来ようとする。


「ま、待ってくれ! 俺のち、ちん……がほんと変な感じがするから! こんなことになったの初めてで痛いんだよ!」


 元気になってしまった息子を隠しながら立ち上がり、俺は衣緒お姉ちゃんから距離を取る。

 衣緒お姉ちゃんは俺の目の前で足を止めたまま、「むぅ……」と納得いかないような顔をしている。


「へえ。初めてたつと痛いんだ。初めて知ったよ。ちゃんと大きくなってるもんね」


 奏美お姉ちゃんは愉快そうに笑いながら、俺の息子を指さした。


 どうするどうする。どうやったら息子はいつもの大きさに戻ってくれるんだ? こんなに息子が大きくなったのは初めてだから対処方法が分からない。もしかしたら一生このままなのだろうか……俺の頭は勝手にそんなことを考えるので、だんだんとパニックになりそうになる。


「瑞稀くん匂いフェチだったんだ。誰の匂いでもたつのか知りたいから、早く私の匂いも嗅いで」


 衣緒お姉ちゃんは納得いかないような目をしながら、じりじりと俺に近づいてくる。


「ま、待って衣緒お姉ちゃん。俺のちんち……が元の大きさに戻るまで待って……今なんとかするから」


 パニックになりそうな頭を抱えていると、奏美お姉ちゃんが吹き出すように笑いだした。


「ちょっと待ってよ瑞稀くん。全然小さくならないじゃん」


「そ、そうなんだよ。こんなになったの初めてだから、どうやったら小さくなるか分からなくて……」


「あっははは! 自分でどうにか出来るもんじゃないよ。多分もう少し安静にしてれば小さくなると思うから、それまでは三人でお茶でも飲んでよ」


 時間が経てば小さくなっていくのか。男なのに知らなかったな。というかどうして奏美お姉ちゃんは知ってるんだ。

 でもきっと奏美お姉ちゃんの知識が普通なだけで、俺が性について知らないだけなのだろう。

 こんなことになるなら、俺ももっと性について勉強しておけばよかった。


 ということでリビングに居る三人は、俺の息子が通常の大きさに戻るまで、お茶を飲んで待つこととなった。


 ☆


 あれから三分程すると、俺の息子は通常の大きさに戻った。

 それをお姉ちゃんたちに報告すると、また奏美お姉ちゃんに笑われてしまった。ほんと奏美お姉ちゃんはゲラだ。すぐに笑うもんな。


「ということで、今から私の匂いでたってもらいます。いい? 瑞稀くん」


 向かい合うようにして座る衣緒お姉ちゃんは、俺の息子に顔を近づけて話しかけた。

 違う。瑞稀はそっちじゃない。それは俺の息子だ。


「ほんとに匂い嗅がなきゃダメ? たつのって意外と痛いんだよ」


「ダメ。奏美の匂いでたったから、私の匂いでもたつか確かめたい」


「えぇ……」


「ダメ?」


 眉を八の字にして悲しそうな顔を作り、衣緒お姉ちゃんは首を傾げた。

 そんな顔をされたら、「ノー」とは言えるはずがない。俺は大きくため息を吐いてから、しぶしぶ首を縦に振った。


「もう分かったよ。匂い嗅げばいいんだろ」


 俺はやけくそになって、衣緒お姉ちゃんの方に体を向ける。


「足の匂いを嗅げばいいのか?」


「うーん。どこの匂い嗅ぎたい?」


「いや。どこどこが嗅ぎたいですとは言いづらいです」


「そう……じゃあ奏美。瑞稀くんが匂い嗅ぐとこ決めて」


 突然衣緒お姉ちゃんから指名をされて、奏美お姉ちゃんは「うーん」とアゴに指を当てながら唸った。


「足の匂いはアタシので嗅いだから、今度はベタに脇とかでいいんじゃない?」


「さすが奏美。その手があった」


 衣緒お姉ちゃんはポンと手を叩くと、おもむろに服を抜き出した。真っ白で柔らかそうな胸が揺れ、可愛らしいおへそが顔を出した。

 上半身だけ下着姿になった衣緒お姉ちゃんは、ソファーにちょこんと腰を下ろしている。


「えっと……どうして服を脱いだのでしょうか……」


 目の前でいきなり服を脱がれると、疑問よりも恐怖が勝つ。今から何をされるのだろうかと思うと、ちょっとだけ怖い。


「服の上からだとあんまり匂いしないと思って」


 平坦な声で言うと、衣緒お姉ちゃんは右腕を挙げて脇を晒しだした。衣緒お姉ちゃんの脇は真っ白でツルツルだ。


「えぇ……嗅がなきゃダメ?」


「ダメ。嗅いで」


 どうやら俺に拒否権はないらしい。

 ああ。また息子が元気になってしまったら恥ずかしいな。こうなったら嗅いでるフリだけしようか……いやいや。それじゃダメだ。もしもこれで息子が元気になれば、さっきたったのは偶然ではなかったのだと証明できるので、俺の性欲は完全に目を覚ましたことになる。

 莉愛に告白の返事をするためにも、ここは衣緒お姉ちゃんの脇の匂いを嗅がなくては……。


「分かったよ。嗅いでみる」


 俺は勇気を振り絞り、衣緒お姉ちゃんの肩を掴む。

 そのまま吸い込まれるようにして、衣緒お姉ちゃんの脇に鼻を近づける。

 いっぱい働いてきたからか、衣緒お姉ちゃんの脇は奏美お姉ちゃんの足と同様にむわっとしていた。けれどもやはり、嫌な匂いはしない。むしろ酩酊してしまいそうな程に、いい匂いがする。


「やば。めっちゃいい匂い」


 またも頭の中で何かが弾けて、俺はいつの間にか衣緒お姉ちゃんをソファーの上に押し倒していた。

 下着姿の衣緒お姉ちゃんに覆い被さるような体勢で、一心不乱に脇の匂いを嗅ぐ。


「あっ……瑞稀くんくすぐったい……もっと優しく嗅いで……」


「無理。止まらない。すごくいい匂いする」


 俺は欲望のままに衣緒お姉ちゃんの脇の匂いを嗅ぐ。

 知らぬ内に元気になってしまった息子を無視して、衣緒お姉ちゃんの脇に鼻を埋め続ける。


「あっはははは! すごいすごい。衣緒お姉ちゃん、瑞稀くんに襲われちゃってるよ」


 奏美お姉ちゃんは大爆笑しながら、俺が衣緒お姉ちゃんを押し倒して匂いを嗅いでいる光景をスマホで動画を撮っている。


「んっ……瑞稀くん激しい……必死に匂い嗅いで可愛い……あんっ……」


 衣緒お姉ちゃんの喘ぎ声と、奏美お姉ちゃんの笑い声を聞きながら、脇の匂いの虜になっていると──ガチャリとドアが開くような音が聞こえてきた。

 その音で我に返り、顔を上げてみる。するとそこには、目を白黒とさせる母さんの姿があった。

 化粧をバッチリとしているところを見ると、仕事終わりなのだろう。

 俺と衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんを順々に見て、母さんは目を回してしまっている。


「えっ。お母さん。朝まで仕事じゃないの?」


 珍しく動揺している奏美お姉ちゃんは、ソファーから腰を少しだけ浮かせて、スマホをポケットにしまった。

 一方の衣緒お姉ちゃんは目をパチクリとさせて、「やばい」と言いながら母さんの方を見上げている。


「今日は常連のお客様が早く帰っちゃったから、もう店を閉めちゃおうと思ったんだけど……お店に忘れ物してるの思い出したから行ってくるわね」


 魂が抜けてしまったかのように放心状態となったまま、母さんはリビングから出て行こうとする。


「ま、待って母さん!」と俺がソファーから崩れるようにして立ち上がる。


「違うのお母さん。これにはちゃんとした理由があって」と衣緒お姉ちゃんがソファーの上で体を起こす。


「本当に何か勘違いしてるから! ちょっと落ち着いて話そう!」と奏美お姉ちゃんは母さんを追いかけるようにして駆け出した。


 俺たち三人は母さんを捕まえると、リビングのテーブルに座らせてことのあらすじを話した。

 誤解を解くのに三十分も掛かってしまったので、すっかり眠気も覚めてしまった。


 深夜に色々なことがあってどっと疲れたが、ようやく俺の性欲が目を覚ました。

 どうすれば興奮出来るのかを知ることが出来たので、完全に性欲がついたと考えてもいいだろう。


 となると莉愛との約束を果たさなければならない。だけどもとっくのとうに、莉愛になんて返事をするのかは決まっている。


 来週中には莉愛に告白の返事をしよう。そう心に決めて、俺はまた深い眠りに就いた。

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