たってる

 ガチャン。とドアが閉まるような音で目が覚めた。

 眠たい目を開くと、まだ部屋の中は真っ暗だった。


 枕元に置いていたスマホを手に取ると、現在の時刻は夜中の二時。

 明日も学校なので早く寝なくちゃいけないが、こんな時間にドアが閉まるような音がしたことが気になってベッドから抜け出した。


 自分の部屋から出ると、下の階からは誰かの話し声が聞こえて来る。


 夜中の二時に誰が話しているのだろうか。

 それが気になって、喉も乾いたことだし、俺も下の階に下りることにした。


 一階に下りると、リビングの明かりが点いていた。

 俺は寝ぼけた頭のまま、リビングのドアを開く。


「あれ、瑞稀くんじゃん。どうした?」


「ごめんね。起こしちゃったよね」


 奏美お姉ちゃんと衣緒お姉ちゃんが、ソファーに座っていた。二人ともバッチリと化粧をしていて、外出していたことは丸わかりだ。


「いや全然。喉乾いたから下りてきたんだ。それでお姉ちゃんたちはこんな時間にリビングに集まってどうしたの?」


 俺はそんなことを聞きながら、三人分のコップを用意して麦茶を注ぐ。


「あー、アタシは友達とお酒飲んで来たんだ」


「私はバイトのスナック帰り」


 こんな時間まで奏美お姉ちゃんは友達とお酒を飲んでいて、衣緒お姉ちゃんはバイトをしていたのか。


「衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんの帰ってくるタイミングが同じだったんだな」


 そんな予想をしながら、俺はソファーの前にあるテーブルに三つのコップを運んだ。


「そうそう。玄関前でバッタリ。麦茶ありがと」


「さすが瑞稀くん。気が利くね〜」


 衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんは、コップを手に取るなりぐびぐびと麦茶を飲んだ。

 以前に衣緒お姉ちゃんから、お酒を飲んだあとは水が欲しくなると聞いていたので、二人とも喉が乾いていたのだろう。

 お姉ちゃんの二人は同時に麦茶を飲み終えると、「ぷはぁ」と可愛らしい声を漏らした。


「麦茶のおかわり要ります?」


 そう聞きながら立ち上がると、お姉ちゃんの二人は「要る」と同時にこちらへとコップを差し出した。

 俺は二人からコップを受け取る。二人のコップには、べったりとリップの跡が付着していた。衣緒お姉ちゃんがオレンジ色で、奏美お姉ちゃんがピンク色だ。そのコップにキッチンで麦茶を注いでから、リビングに戻った。

 俺から麦茶を受け取ったお姉ちゃんたちは、「ありがと」と言ってくれた。それだけで麦茶を持ってきた甲斐があったというものだ。


「瑞稀くん。隣り座って」


 ソファーに座っている衣緒お姉ちゃんが隣りをポンポンと叩いた。


「はい」


 短く返事だけをして、俺は衣緒お姉ちゃんの隣りに腰を下ろす。

 本当はすぐにでも寝直そうと思っていたのだが、衣緒お姉ちゃんからの指名ならば仕方がない。


「あー、久しぶりにこんなに歩いたわ。お酒飲むと車乗れないから不便だよなー」


 奏美お姉ちゃんはそう言うと、白色の靴下を履いている自分の足を持ち上げて、匂いを嗅ぎ出した。かと思えば顔をしかめて、衣緒お姉ちゃんに顔を向ける。


「衣緒お姉ちゃん。アタシの足匂うかな?」


 奏美お姉ちゃんは目を丸くしながら、衣緒お姉ちゃんへと足を伸ばした。


「嗅ぎたくない。お酒吐いちゃう」


「そんなに臭くないわ。どちらかというといい匂いだわ」


「瑞稀くんに嗅いでもらって」


 足の匂いを嗅ぐのを断った衣緒お姉ちゃんは立ち上がり、逃げるようにして俺と場所を変わった。

 衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんに挟まれる形で、ソファーに座っている。


「まったく衣緒お姉ちゃんは。アタシの足いい匂いするのに。ってことではい。瑞稀くん」


「えー、本当に匂い嗅ぐの?」


「なんで二人してそんなに嫌そうなんだよ! 匂い嗅ぐくらいいいじゃねーか」


 奏美お姉ちゃんは「ほら」と無理やり、俺の顔に足を近づけてくる。

 あまり気は進まないが、俺は恐る恐る奏美お姉ちゃんの足に鼻を近づける。


 鼻と靴下が触れてしまうような距離で、すんすんと匂いを嗅いだ刹那──俺の頭の中で何かが弾けた。

 長時間歩いたからなのかむわっとしているが、決して嫌な匂いじゃない。むしろいい匂いがする。男の足裏とは違う、女の子の匂いというものなのだろうか。


「奏美お姉ちゃん。もっと嗅いでもいい?」


「え、うん。いいけど……なんで?」


 奏美お姉ちゃんから許可が下りると同時に、俺は彼女の足を持ち、鼻を近づけて思いきり深呼吸してみる。

 すると俺の体の内側がメラメラと熱くなり、その熱が下半身のある場所に集中していく。そう。俺の息子が熱を帯び始めたのだ。


「え、待って待って。そんな全力で匂い嗅がないでよ! なんか恥ずかしいから!」


 奏美お姉ちゃんは強引に俺から足を離した。そしてなぜか、奏美お姉ちゃんに頭をチョップされる。


「瑞稀くんかわいそう。匂い嗅げって言われたから匂い嗅いだだけなのに」


 衣緒お姉ちゃんは平坦な声で言うと、後ろから抱き着いてくる。どうやら衣緒お姉ちゃんは俺の味方をしてくれるようだ。


「いや今のはビックリするから! 血相変えて足の匂い嗅がれてみ? 驚きと恥ずかしさが混ざった不思議な気分になるから」


 頬を赤く染めながら、奏美お姉ちゃんは自分の足を庇うように摩っている。

 そんな奏美お姉ちゃんは何かに気が付いたように体をピクリとさせると、視線をゆっくりと下に下ろした。その視線の先にあるのはもちろん、ズボンの上からでも分かるくらい元気になってしまった俺の息子の姿だった。


「い、いいい、衣緒お姉ちゃん! 瑞稀くんのあそこ見て!」


 奏美お姉ちゃんは俺の息子をビシッと指さした。

 後ろから抱き着いている衣緒お姉ちゃんが、奏美お姉ちゃんの指先を辿り、視線を落とした。


「ほんとだ。たってる」


 俺の息子を確認すると、衣緒お姉ちゃんは抱き着いていた腕を離した。

 そして次の瞬間には、衣緒お姉ちゃんが俺の肩を思いきり引っ張ったので、ソファーの上で強制的に仰向けにさせられる。


「じゃあ私の足も嗅いでみて。もっとたつかも」


 その声が耳に入った時には、仰向けになった俺の目の前に、ストッキング越しの衣緒お姉ちゃんの足が迫っていた。

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