いつも素直だからこそ

 喫茶店でパフェを食べたあと、俺たちは夕飯を食べに回転寿司に行った。

 パフェのせいでお腹が埋まっていたので、自分で食べる量を調整できる寿司を食べに行ったのは大正解だった。

 それに夕飯は莉愛に奢ってやることが出来たので、これで気分もスッキリした。


 そんなスッキリとした気分のまま電車に乗り、二人の最寄り駅に到着した。

 駅で解散するのも手だったが、なんとなく名残惜しく、俺は莉愛を家まで送ることとなった。


「ふー、今日はいっぱい食べ過ぎちゃった。帰ったらダイエットしないとなー」


 車通りの少ない夜道で、隣を歩く莉愛がお腹をさすりながらこちらを見上げる。

 道を照らす光は、等間隔で配置されている街灯か家々から漏れる光しかないので、ちょっとだけ暗めの道だ。

 こんなところを女の子一人で歩かせなくて本当によかった。


「ダイエットって。莉愛は全く太ってないだろ。むしろ細すぎるくらいだ」


「えー、そうかなー。こう見えても二の腕とかプルンプルンよ? もっと細くならないといけないよ」


「全男子を代表して言わせてもらうけど、女の子は健康的に肉づきがいい方が好まれるぞ」


「あー、それよく聞くかも。瑞稀も細い子よりもムチムチしてる子の方がいい?」


 こてんと首を横に倒して、莉愛が俺の顔を覗き込む。

 細いかムチムチか。そもそもどこからが細くて、どこからがムチムチなのか。そう考えてみてふと頭に浮かんだのは、お姉ちゃんたちの体だった。

 お姉ちゃんたちの水着姿は何度か見ているが、三人ともガリガリというワケでもなく、ムチムチというワケでもない。例えるならば……柔らかそうでフニフニとしていそうだろうか。

 ガリガリでもムチムチでもない、フニフニだ。


「フニフニしてた方がいいな」


「フ、フニ……? なにそれ」


「いや、俺もよく分からん。でもお姉ちゃんたちの体をガリガリとかムチムチみたいに例えるなら、フニフニだと思った」


「……つまり瑞稀はお姉さんたちの体型が好みってこと?」


「というよりは、お姉ちゃんたちの体しか知らない」


「……その言い方は変な誤解されるから、わたし以外には言わない方がいいよ」


 苦笑いをする莉愛だが、俺は何を誤解されそうなのか分からずに首を傾げる。そんな俺のことを見て、莉愛は呆れたような顔をしながら肩をすくめた。


「まあ瑞稀らしくていいけどさ。んで、お姉さんたちの体はフニフニしてるんだ」


「フニフニだな。男の体とは全く違くて、マシュマロみたいに柔らかそうだった」


「ふーん。じゃあほどほどに肉をつけた方がいいんだね」


「そうだな。その方が健康的だしいいだろ」


 今日一日遊んでいたが、俺と莉愛の間には常に何かしらの会話があった。しかしそのほとんどが、今の話題のようにくだらない内容だ。

 それでも莉愛と喋るのは楽しいし心地よい。出来ることならずっと、このまま会話をしていたいとも思う。


 しかしそんな楽しい時間もあっという間に過ぎていき、俺たちは莉愛の家の前に到着してしまった。

 莉愛の家は夜になるとライトアップされるらしく、某テーマパークのお城のような雰囲気になっている。


「あーあ。家に着いちゃった。まだあと二十四時間くらい一緒に居たいのに」


「二十四時間か……さすがに寝させてくれ」


 俺がそう言うと、莉愛は顔をくしゃりとさせて笑った。

 自然に二人で足を止めて、家の門の前に立って体を向き合う。


「今日はありがとね。すごく楽しかった」


 後ろで手を組みながら、莉愛は「いひっ」と歯を見せて笑った。


「ああ、俺もすごく楽しかった。今日は誘ってくれてありがとな」


「いえいえ。またお誘いするからね」


「分かった。今度は俺から誘うかもしれないから、その時はよろしくな」


「うん! じゃあ今度は瑞稀にお誘いしてもらおうかな」


「おう。また土日にでも遊ぼう」


「そうだね。それまでは学校で毎日会うことになるし、学校でもよろしくね」


「ああ。こちらこそよろしく頼むわ」


 笑顔の莉愛を前にすると、俺も自然と笑顔になる。

 そこで二人の間に会話はなくなったが、二人で笑顔を見せ合いながら、どちらともその場から立ち去ろうとしない。

 でも家の前まで来て、なんの話をしたらいいのか分からない。

 もしかしたら莉愛は、俺が立ち去るのを待っているのかもしれない。そう思い、「じゃあな」と手を振って立ち去ろうとすると……。


「あ、待って。瑞稀」


 莉愛は慌てた様子で、俺の服の裾をつまんだ。

 何か忘れ物だろうかと思い足を止めると、莉愛は唇をギュッと噛みしめながら、俺の顔を見上げた。


「どうした?」


 俺が首を傾げると、莉愛は反射的につまんでいた服の裾を離した。


「あ、えっとね。あの……」


 莉愛は何か言いたいのか、口を開こうとしては閉じ、開こうとしては閉じを繰り返している。


「何か言いたいことがあるのか?」


 もう一度莉愛へと体を向けるようにして立つと、彼女は胸の前に手を当てながら視線を忙しなく泳がせ始めた。

 様子がおかしいのは一目瞭然。でも莉愛が何を言いたいのか理解してやれないのが、とてもとてももどかしい。


 しかし俺には待つことしか出来なかった。

 莉愛が何か口にしようとしているのを待っていると、彼女は唇を噛んでから、俺に笑顔を向けた。喫茶店でも見た作り笑いだ。


「んーん! やっぱりなんでもない!」


 作り笑いをしながら、莉愛は空元気で首を振る。

 いつも素直な莉愛だからこそ、何かを隠していることは明らかだった。

 だけども「何か隠してるだろ」と言える勇気を、俺は持ち合わせていなかった。


「本当になんでもないのか?」


「うん! なんでもない! 気が向いたら話すね!」


 やはり俺に何か言いたかったようだが、彼女が今は話すべき時ではないと判断したのなら、深入りするのはやめよう。


「そっか。じゃあ気が向いたら言ってくれ」


「うん! じゃあまた学校でね!」


 莉愛は笑顔でブンブンと手を振ると、門を開けて家に帰って行ってしまった。

 莉愛が家に帰ったのを見送り、俺は一人で歩き出す。


 莉愛がなにを言おうとしていたのか。

 俺の頭の中には色々な憶測が飛び交ったが、結局答えは分からずにモヤモヤとするだけだった。


 しかし今日のデートが楽しかったという事実は変わらない。

 そう思うことにして、莉愛が何を話そうとしたのかを憶測するのをやめて、今日の楽しかったことを思い出しながら帰路を歩いた。

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