コーンフレーク

 アウトレットモールを一通り見て回ったあと、小腹が空いたからという理由で喫茶店にやって来た。


 アウトレットモールの近くで見つけた、テーブル席が六席しかない小さな喫茶店だ。


 そんな喫茶店の角席に、莉愛と向かい合わせになって座っている。俺たちのテーブルには、大きなパフェが一つだけ乗っている。このパフェを二人でつついているのだ。


「ふふーん。瑞稀とお揃い〜」


 機嫌が良さそうな顔で、莉愛は足をブラブラさせている。


「そんなにお揃いが嬉しいのか」


「嬉しいよー。鈴乃さんとお揃いしてるって聞いてから、わたしも瑞稀とお揃いしたかったんだもん」


「俺はお揃いの良さがイマイチ分からないけどな」


「それは女心が分かってないよ。もっと女心勉強しないと」


 莉愛は俺にスプーンを突きつけると、それを使ってホイップクリームをすくい口に運んだ。


「よく心に留めておきます」


 莉愛のアドバイスを胸に刻んでから、俺はパフェの下の方からコーンフレークを掻き出して口に運ぶ。


「あ、上に乗ってるさくらんぼ食べてもいい?」


 莉愛はそう言いながら、パフェのてっぺんに乗っている真っ赤なさくらんぼを見た。


「ああ、食べてくれ」


 さくらんぼは一つしかないので、莉愛に譲ることにした。莉愛は「ありがとー」と目を細めると、さくらんぼをつまんで口に入れた。

 それからお行儀よく、ティッシュで口元を覆いながら種を口外に出した。

 その間も莉愛は上機嫌な様子でいる。


「なんか、めっちゃ楽しそうだな」


「ん、わたしが?」


「そうそう」


「それはそうでしょ。瑞稀と二人きりでデートするの楽しみにしてたんだもん」


 莉愛は「へへへ」と頬を蕩けさせると、今度はバニラアイスをすくって食べた。

 俺も彼女に続いて、コーンフレークを掻き出して食べる。


「瑞稀は楽しみじゃなかった?」


 莉愛がこてんと首を傾げたので、俺はコーンフレークを飲み込んでから口を開く。


「実は俺も楽しみにしてた」


「へー。なんか意外かも。どれくらい楽しみにしてた?」


「家で自分の服装を何回も鏡で見直すくらいには楽しみにしてたかな。いや、それは楽しみでというかソワソワしてか」


 自分でもよく分からなくなって、「まあそんな感じだ」と言葉をはぐらかす。

 莉愛は「ふーん」と口にしながらも、どこかニヤニヤとしている。


「なんでそんなニヤニヤしてんだよ。馬鹿にしてんのか」


 今更になって自分が言ったことが恥ずかしくなり、強めに当たってしまう。しかし莉愛は「あはは」と声を上げて笑い出した。


「全然馬鹿にはしてないよ。ただ可愛いなーって思っただけ」


「可愛いって言うな」


「えー、だって本当に可愛いんだもん。お姉さんたちによく言われない?」


「……言われる」


 特に衣緒お姉ちゃんに言われることが多い。

 でもお姉ちゃんに「可愛い」と言われるのと同級生に言われるとでは、大きな違いがあるように思える。


「でしょー? 瑞稀は可愛いんだって」


「どこが可愛いんだよ……身長も高いし顔も可愛くないだろ」


「それでも可愛いのー。お姉さんとわたしが言ってるんだから可愛いに決まってるのー」


 男だからそんなに可愛い可愛いと言われても嬉しくない──と思ったのだが、自分の顔に熱が昇っていることに気が付いて、反射的に莉愛から顔を逸らしてしまった。


「あれ? もしかして照れてる? おーい瑞稀ー、照れちゃったー? こっち向いてよー」


 煽るような言い方で、莉愛は俺の顔を覗き込もうとしてくる。

 その度に俺は顔を逸らして逃げるので、これではまるで鬼ごっこをしている気分だ。


「ねー、もうからかわないから目合わせてよ。寂しいじゃんか」


 莉愛が顔を覗き込もうとするのをやめたので、俺も逃げるのをやめて彼女と視線を合わせる。その次の瞬間には莉愛の頬が嫌に釣り上がり、今までで一番のにやけ顔を見せた。

 そんな反応をされたら恥ずかしいに決まっている。俺は手で口元を隠しながら、莉愛から目を逸らす。


「あーもう。やっぱりからかうじゃん。もう一生下向いてようかな」


「あーごめんごめん! わたしが悪かったからそんなに拗ねないでよ。もう、可愛いんだから」


「次に可愛いって言ったら帰るからな」


「あー、うそうそ。全然可愛くない。むしろカッコイイよ」


「ほんと人をからかうのが上手いよな。尊敬するわ」


 俺は照れ隠しもかねて、パフェからコーンフレークを掻き出して口に運ぶ。

 莉愛は首を傾げながら、おかしそうに笑った。しかしツボに入ってしまったのか、莉愛は涙を浮かべながら足をバタバタとさせている。

 人が笑い泣きしているところなんて、久しぶりに見た。


「そんなに笑うところだったか?」


 そんなに面白いことを言った記憶もないんだけどな……と思っていると、莉愛はようやく笑いが治まったのか、「いやー」と言いながら涙を拭った。


「なんか今日すごく楽しいなって思って。幸せすぎる。生きててよかったあ」


「はーあ」と笑い終えると、莉愛は持っていたスプーンをテーブルの上に置いた。それから彼女は膝の上に手を置いて、俺のことをじっと見つめる。

 また俺をからかうつもりだろうかと思い身構えていると、莉愛は目を細めた。


「瑞稀はさ、わたしが突然いなくなったら悲しい?」


 そんなことを笑顔で尋ねる莉愛に、俺の頭の中は『?』でいっぱいになった。

 話が変わりすぎて、一瞬だけ着いて行けなかったのだ。


「なんでいきなりそんなこと聞くんだ?」


「んー、なんとなく。で、悲しい?」


 莉愛は笑顔をキープしたままだが、その違和感に気が付いてしまった。いつもの自然な笑顔ではなく、これは作り笑いだ。

 この質問をしたのには、きっと彼女なりの理由があるのだろう。

 だから俺は、嘘を吐かずに真剣に答える。


「悲しいに決まってんだろ」


 俺が短くそう告げると、莉愛は笑顔を消して、目を大きくさせた。


「ほ、ほんとに?」


「ほんとだよ。高校に入ってからお前と一緒に居る時間が一番長いんだ。突然居なくなったりしたら泣きわめくぞ」


 脅すような言い方になってしまったが、莉愛は目をパチパチとさせたあと、くすぐったそうに笑った。今度は自然な笑顔だ。


「あはは。それ、わたしの告白を保留にしてる人のセリフじゃないから」


 莉愛は笑いながら言ってくれているが、俺はギクリとさせられる。

 これは莉愛の言う通りだ。俺は莉愛の告白にきちんと返事をすることが出来ていないのに、彼女が居なくなったら悲しいと言っている。自分で言っていることが矛盾していることに、嫌でも気付いてしまった。


「ご、ごめん」


 俺は謝ることしか出来なかった。

 それでも莉愛と目を合わせていると、彼女は首をふるふると横に振った。


「いいの。性欲がついたら返事するってちゃんと言ってくれたから。それまでは待つよ」


 莉愛は笑顔でそう言うと、思い出したかのようにテーブルの上に置いていたスプーンを手に取った。


「早くパフェ食べないと夕飯食べられなくなっちゃうよ。それにバニラアイスも溶けて来てるし、急いで食べよ」


 莉愛はスプーンで溶けかけているバニラアイスをすくい、自分の口に運んだ。頬に手を当てながら美味しそうに食べる姿は、俺の目にはとても可愛く映る。


 おかしいな。前までなら、莉愛のことをこんなに可愛いと思ったことがなかったのに。

 やはり二人きりでデートをしているから、莉愛が可愛く見えるのだろうか。


 俺はそんなことを考えながら、残っていたコーンフレークを全て掻き出した。

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