念願のおそろ

 昼食は莉愛と一緒にうどんを食べた。そしてお言葉に甘えて奢られてしまった。夕飯を食べて帰るなら、俺が奢ってやらなくちゃな。


 それから俺たちは電車に乗って、アウトレットモールにやって来た。青空の下に店舗が立ち並んでいる光景は、外国にでも来てしまったかのような気分になる。


 左右に店舗が並ぶ道を、莉愛と隣同士で歩く。

 俺たちの手には、先程コンビニで購入したペットボトルの飲み物が持たれている。俺が緑茶で莉愛がブドウ味の炭酸ジュースだ。


「へえ。アウトレットモールなんて初めて来たわ」


「え、そうなの? ここのアウトレット、ウチの高校から近いからみんな休日にはここ来てるよ」


「そうなのか? 休日に遊ぶような友達いないから知らなかったわ」


「……反応しずらいじゃん。でも瑞稀、昼休みには男子で固まってご飯食べてるよね?」


「アイツらはクラスでは仲良いってだけだ。休日に遊ぶような仲じゃない」


「えー、なんかドライな関係なんだね」


「そうか? 俺は気楽でいいけど。男友達ってそんなもんだと思うぞ」


「意外とそうなんだね。もっと仲良いのかと思ってた。いつも楽しそうだもん」


「まあ一緒に居て楽しいから固まってるんだけどな。というかよく見てるな、俺たちのこと」


 俺がそう言うと、莉愛はギクリとした顔で目を背けた。でもすぐに開き直ったように、こちらに笑顔を向ける。


「恋する乙女だからさ。好きな人に目がいっちゃうんだよ。勝手にね」


 薄らと頬を染める莉愛を見て、今度は俺がドキリとさせられる。

 どうしてコイツはそういうことを平気で口に出来るのか。きっと彼女本人も、好きな人を前に「好きな人に目がいく」なんて言うには勇気がいることだ。けれどいつも、俺を前に『そういうこと』を口にしてくれる。もしかしたら俺の反応を見て楽しんでいるのか。はたまた意識させようとしているのか。それは彼女にしか分からないことだ。


「そうか」


 だから俺は無難な返事しか返すことが出来なかった。

 しかしこんな冷たい反応でも、莉愛は満足したように頷いてくれた。

 なんでそんな満足そうなのか。それは俺の頬も赤くなっているからだと、あとから気が付いた。


「あ、見て見て瑞稀。あのスポーツブランド好きなんだよね」


 俺の袖を引っ張りながら、莉愛はある店舗を指さして足を止めた。

 その店舗は有名なスポーツブランドで、スニーカーやリュックなどを使っている人をよく見かける。


「あー、これくらいなら俺でも知ってるぞ。入ってみるか?」


「うん! 入ってみよ! いいのあったら何か買いたいし」


 ということで俺たちは、適当に歩いて発見したスポーツブランドの店舗に入った。

 店内にはスニーカーやリュックだけでなく、服や帽子なども並んでいる。店内に居る年齢層は低めで、高校生や大学生くらいの人が多いだろうか。


「瑞稀って服とかどこで買うの?」


 パーカーやTシャツが並ぶ棚を見ていると、莉愛が俺の顔を見上げた。


「うーん。前まではウニクロとかジーウーとかで買ってたんだけど、最近だとお姉ちゃんたちが買ってきてくれるかな」


「え、お姉さんたち服買って来てくれるんだ。どのお姉ちゃん?」


「服を買ってきてくれるのは奏美お姉ちゃんが多いかな。今日のこのシャツも奏美お姉ちゃんが買って来てくれたやつだから」


「すごくオシャレだと思ったらそういうことか。いいなー。わたしもお姉さんたちに服買ってもらいたーい」


「莉愛が「服買って」って頼んだら買ってくれそうだけどな。みんな莉愛のこと気に入ってたし」


 でも莉愛の場合は奢って貰わなくとも、親に頼めばいくらでも買ってもらえるんじゃないだろうか。

 でもきっと、誰に奢って貰うのかが大切なんだろう。今日、莉愛にお昼ご飯を奢ってもらって、なんとなくそれが分かった。


「じゃあ今度会った時におねだりしてみよー。鈴乃さんになら高校でも会えそうだし」


 俺と莉愛で学校の廊下を歩いていると、たまに鈴乃お姉ちゃんに会う機会がある。その際にでも、服をおねだりする気だろう。

 俺が「そうだな」と頷いたのをきっかけに、スニーカーが並ぶ棚へと移動した。


「スニーカーか。スニーカーとか久しく買ってないな」


 俺の足元を見てみると、中学生の時から履き潰している白色のスニーカーを履いていた。元々は綺麗な白色だったのに、今では若干黄色がかっている。しかも側面が剥げてきている。


「この機会にでもスニーカー買っておこうかな」


 俺がそんなことを呟くと、莉愛が勢いよくこちらを見上げた。その目はキラキラとしていて、口をパクパクとさせている。


「ん、どうした?」


 どうしたのだろうと思って首を傾げると、莉愛は胸の前で手をギュッと握りながら、俺に一歩だけ近づいた。それだけで、距離がぐっと近くなる。


「あ、あの! わたしもスニーカーが欲しいなって思ってたんだけど……!」


「あ、そうなのか。奇遇だな」


「そう! 奇遇なの! で、でね? もしよかったらなんだけどさ……こんな奇跡滅多にないと思わない……?」


「うん? そうか?」


 俺が微妙な反応をすると、莉愛は力が抜けたように肩を落とした。が、諦めずに足を踏ん張って、俺に顔をぐいと近づける。


「こんな機会滅多にないよ! せっかく二人ともスニーカーが欲しいんだよ?」


「うん、そうだな」


「わ、わたしが言いたいこと……分からない?」


「スニーカー買って欲しいのか?」


 俺よりも金持ちの莉愛がスニーカーをねだるのか。二人分のスニーカーとなると結構値が張るよな……と心配になっていたのだが、莉愛はブンブンと首を横に振った。


「違う! わたしが言いたいのはそういうことじゃなくて……同じの買いたいなって……思っただけです」


 莉愛は早口で言い終えると、その場でうつむいてしまった。俺の返事を待っているのだろう。


「ああ。別にいいけど」


 一瞬で俺が首を縦に振ると、莉愛は顔色を輝かせながらこちらを見上げた。


「い、いいの!?」


「ああ。別にお揃いくらいなら」


 そんなにお揃いっていいものなのだろうか。鈴乃お姉ちゃんにもピアスをお揃いにしたいと言われ、実際に同じデザインのものをつけている。

 そしてこれからは、莉愛とも靴がお揃いになるのか。

 その内に、全身が誰かとのお揃いになってしまいそうだ。


「じゃ、じゃあじゃあ。このスニーカーがいい!」


 莉愛が食い気味に指をさしたのは、シンプルな黒色のスニーカーだった。値札のところに『ユニセックス』と書いてあるので、男女でお揃いにするにはちょうどいいのかもしれない。


「こんなんでいいのか?」


「うん! これがいい!」


 莉愛がそこまで言うなら、このスニーカーでいいだろう。値段も五千円ちょっとと高校生に優しい。

 どうせスニーカーを買ったら、ボロボロになるまで履き潰すのだ。長い目で見ると、五千円なんて安いもんだろう。


「じゃあこれにしようか。全く同じデザインのでいいんだよな?」


「うん。同じ黒色がいい!」


「なら決まりだな。このスニーカーにしよう」


 俺がスニーカーを手に取ると、莉愛はこれでもかと表情を明るくさせて、「うん!」と頷いた。


 これで莉愛ともスニーカーがお揃いになった。鈴乃お姉ちゃんに続いて、誰かとお揃いにするのは二つ目である。


 莉愛は今すぐにスニーカーを履こうと言った。特に断る理由もなかったので、俺と莉愛はお揃いのスニーカーを履いて店をあとにした。


 ピアスと違って、スニーカーがお揃いだと目立つ。はたから見たら、付き合っているようにしか見えないだろう。

 でも隣を歩く莉愛が嬉しそうなので、お揃いのスニーカーを買ったのは大正解だった。

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