超ド級のお金持ち

 もうすぐで冬になりそうな気温を肌で感じる休日のこと。俺はとある豪邸を前に、ポカンと口を開いていた。


「ここで合ってる……よな」


 スマホに送られてきた住所を確認して、また豪邸を見上げる。

 白を基調とした小さいお城のような建物は、高いレンガの外壁に囲まれている。

 きちんと手入れされた芝生が生い茂る庭には、変な形をしたプールまである。


 ひと目見ただけでも分かる豪邸に圧倒されてインターホンを押すのを躊躇っていると、門がゆっくりと内側に開いて、黒いスーツを着用した男性が現れた。

 男性は二十代後半くらいで、短髪のイケメンだ。


「お待ちしておりました瑞稀様。莉愛お嬢様から「もうすぐで用意できる!」との伝言を預かっております」


 男性は「何卒」と頭を下げた。

 彼の口から莉愛の名前が出てきたということは、この豪邸は莉愛の家で間違いないようだ。

 それに今、莉愛『お嬢様』って言ってなかったか……?


 もしかしなくても莉愛の両親って、ものすごいお金持ちなのかもしれないな……。ということはこの男性は、家のお手伝いさんか何かだろうか。


 でもまあ、それもこれも莉愛が来たら分かることだ。


「分かりました。ここで待ってればいいんですね」


「はい。もし寒かったら屋敷の中にご案内することも可能ですがどうしますか?」


「いや、ここで待ってます」


 天気もいいことだし、あんな豪邸の中に入ったら色々なおもてなしをされそうで気が引けた。


「承知しました。それでは莉愛お嬢様の支度が終わるまで、もう少々お待ちくださいませ」


 男性は腰を曲げる礼をしてから、屋敷に帰って行った。


 豪邸を前に一人取り残される。

 俺は今、どうして莉愛の家にやって来ているのか。それは今日の朝に遡る。


 □□□


 今日は莉愛と出掛ける約束をしていたので、奏美お姉ちゃんに選んで貰ったシャツでオシャレをした。

 時計を見ると午前十時半。十一時に莉愛と公園で待ち合わせをしているので、ぼちぼち家を出てもいい時間だ。


 そろそろ家を出ようか。そう思っていると、スマホが木琴を叩くような着信音を鳴らした。

 誰からの電話だろうと思いながらスマホを手に取ると、そこには『莉愛』の名前が表示されていた。

 特に何も考えずに、耳にスマホをあてる。


「もしもし。どうした?」


『あ、瑞稀! ほんとごめん! 今起きた!』


 電話越しだが、莉愛の焦りが伝わってくる。

 だけど何も言い訳せず正直に「今起きた」と言ってくれるのは、とても莉愛らしい。


「あー、そうなのか。莉愛が寝坊なんて珍しいな」


『ほんとごめん〜。瑞稀と遊べるのが楽しみ過ぎて昨日の夜全く眠れなかったの』


 俺と遊ぶのをそんなに楽しみにしていてくれたのか。それを素直に言ってくれるところも莉愛らしい。


「それで気付いたら寝ちゃってた感じだな」


『そうなのー。空が明るくなるまで寝れなかったのは覚えてるんだけどさ、気付いたら夢見てた』


「どんな夢見たんだ?」


『それがね! 瑞稀と瑞稀のお姉ちゃんたちと遊園地に行ってた時の夢見たの』


「あの時の夢か。どうだった?」


『すっごく楽しかったー。夢の中の遊園地もすごく楽しかったし、またお姉さんたちと会いたいな──ってそんな夢の話してる場合じゃないんだよ! ほんとに今起きたところだからまだお化粧もなにもしてなくて……悪いんだけど待ち合わせ十二時でもいい?』


 十二時ということは、あと一時間半待ちだ。スマホをいじっていればすぐだろう。


「俺はそれでもいいけど一時間半で準備できるのか?」


『どうにかする!』


「俺はいつまでも待てるから十三時でもいいぞ?」


『それはダメ! 一秒でも早く瑞稀と会いたいんだから』


 普段は聞き流していた言葉だが、今日はなぜだか心に刺さり、心臓がドキリと跳ねた。

 俺に一秒でも早く会いたいと言ってくれる莉愛が必死で、不覚にも可愛いなと思ってしまった。


「そうか。じゃあ十二時に公園だな」


『あ、そっか。公園まで行く時間考えてなかった……一時間しか準備できないんだ』


「それなら莉愛の家まで迎え行こうか? そしたら一時間半丸ごと準備に費やせるだろ」


『え、いいの?』


「ああ、どうせ家に居てもスマホいじってるだけだから」


『えー、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな』


「おう。あとで住所送ってくれ」


『らじゃ! それじゃ電話切るね。すぐに準備するから』


「ああ、出掛けるの楽しみにしてるわ」


『わたしも! じゃあお迎えよろしくね。待ってるから』


「おーう。またあとでな」


『うん! またあとで!』


 そこで莉愛との電話は切れた。

 俺は肩に掛けていたショルダーバッグをテーブルに置いて、自分のベッドの上で横になる。


 その際に、莉愛が口にしていた「今日が楽しみすぎて」や「一秒でも早く会いたい」という言葉が脳内で再生される。


「なんか、あいつ可愛いな」


 そんな言葉が勝手に漏れ出たことに驚いて、慌てて自分の口を塞ぐ。こんな独り言、自分らしくない。


 でも俺、莉愛のことを可愛いと思ってたんだな。

 その可愛いと思っている女の子と、今日は二人でデート。

 そう思うと少しだけ緊張してきた……。


 俺はソワソワしてしまいベッドで寝ていることが出来ずに、もう一度自分の身だしなみを整えようと部屋を出た。


 □□□


 そんな出来事が一時間半前にあった。

 スマホの画面を見ると、『十二時十分』の表示がある。そろそろだろうかと思っていると、豪邸の扉が開いて、莉愛が駆け足でこちらにやって来た。


「ごめん瑞稀! お待たせ」


 俺の顔を見るなり笑顔を作った莉愛を見て、またドキリとさせられる。

 いつものハーフアップの髪型と、ブラウンのカーディガンがよく似合っている。この一時間半で、ここまでオシャレが出来るのか。


「全然待ってないぞ」


「それは嘘。一時間半も待たせたもん」


「まあでも、昼飯にはちょうどいい時間だろ」


「もー。少しくらい怒ってくれてもいいのに。瑞稀ってほんと優しいよね」


「そうか? 普通だと思うけど」


 むしろ俺のために頑張ってオシャレをしてくれたのだから、怒れるワケなんてない。

 しかし莉愛は唇を尖らせると、「むー」と唸った。


「でもお昼ご飯くらいは奢らせてね」


「いやいいよ。むしろ俺が奢ろうとしてたし」


「ダメでーす。わたしが寝坊したのでわたしが奢りまーす」


 そこまで言うなら、奢ってもらうとするか。

 俺も小遣いに余裕があるワケでもないし。


「じゃあ奢ってもらおうかな」


「はーい! 任せときなさいな」


 勢いよく手を挙げながら、莉愛は「いひひ」と笑った。


「それにしても莉愛って金持ちだったんだな」


「そう?」


「だってさっきお手伝いさんみたいな人が出てきたぞ」


「お手伝いさん? ああ、執事のことか」


「さっきの人執事だったのか……執事なんて雇ってるんだな……」


「うん。さっきの人の他に十人くらい居るよ。あとメイドさんも居る」


 それならば超ド級の金持ちだ。執事やメイドなんて普通の家庭じゃ雇えない。それに何人も雇うなんて、とんでもない経済力だ。


「親御さんはどんな仕事してるんだ?」


「それがよく分からないんだよね。土地関係ってことだけしか知らなーい」


 莉愛は興味がなさそうに言うと、俺の顔を覗き込んだ。


「それよりも早く行こうよ。それでなくても一緒に居られる時間減っちゃったんだしさ」


「あー、それもそうだな。そろそろ行くか」


「うん! それじゃあお昼ご飯を食べにしゅっぱーつ!」


 腕を掲げて笑顔を作ってから、莉愛は先を歩き出した。


 休日に見る莉愛の笑顔は特別な感じがする。莉愛が金持ちだったことに衝撃を受けながらも、今から二人きりのデートかと思うと照れくさくて、俺は頬を掻いてから彼女の横に並んだ。

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