第四章 ついにたった

ナイトプールパシャパシャ 前編

 淡いピンクや紫のライトが水面を照らす。

 胃に響くような重低音。若い男女がはしゃぐ声。

 その全てが新鮮で、俺はしばし辺りの光景に唖然とした。


 俺は今、三人のお姉ちゃんたちと一緒にナイトプールに来ている。


 どうしてナイトプールに行くことになったのか。それはテレビでナイトプール特集をやっていたのを、奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんが見たかららしい。

 初めは屋外のナイトプールに行く予定だったが、十月の夜に外でプールなんて入ったら死んでしまうという話になり、屋内のナイトプールを選んだ。そもそもだが、十月に屋外でのナイトプールを開催している場所はなかった。


「ナイトプールなんて初めて来たわ。なんか興奮する」


「興奮するよね! この重低音とエッチな光だけでも楽しいもん!」


 俺と鈴乃お姉ちゃんは飲み物のグラスを片手に、プールサイドを歩いている。

 俺もお姉ちゃんたちも、水着は以前にラブホテルで着用したものと同じだ。鈴乃お姉ちゃんはピンク色がベースのワンピース水着を着ている。

 ちなみに俺と鈴乃お姉ちゃんが飲んでいるのは、フルーツポンチ味のノンアルコールジュースだ。


「でも本気で泳いでる人はいないんだ」


「そんなことしたら他の人の迷惑になっちゃうよ」


「ってことはみんな泳ぐのを楽しみに来てる感じじゃなさそうだな」


「そうだね。見た感じだけど、お酒飲みながらナンパとかして、男女でイチャイチャしたり、映える写真撮ったりみたいな楽しみ方かな?」


 鈴乃お姉ちゃんの言う通り、プールサイドにはナンパをしている男たちが居たり、男女でイチャイチャしているカップルの姿が沢山存在する。

 一方のプールでは、貝殻の浮き輪の上で光るボールを抱えながら写真を取る女性たちの姿があったり、みんなで自撮りし合う女性グループがあったりする。


「なんつーか。お酒も飲まないでプールサイド歩いてる俺たち、浮いてないか?」


「たしかに。まだ高校生だもん」


「こうなったら適当にプールにでも入るか?」


「うーん。それもいいけど、まずはお姉ちゃんたちと合流しない?」


 衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんとは、ナイトプールに入って飲み物を奢って貰った直後に、人混みのせいではぐれてしまった。

 二人がどこで何をしているのかは不明である。


「あーそっか。たしかにそうだな。探しに行くか」


「うん。衣緒お姉ちゃんも奏美お姉ちゃんも美人だから、変な男に絡まれてなければいいけど」


「それは心配だわ。もしナンパとかされてたら、やっぱり俺が助けなくちゃダメ?」


「もちろん! その時はナンパ男に立ち向かって!」


「えー。喧嘩とかしたくないなあ」


 衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんなら、ナンパをされている可能性は充分ある。

 その時はやっぱり俺が助けないとだよなあ……出来れば二人がナンパをされていませんようにと祈りながら、俺と鈴乃お姉ちゃんは二人の姉を探しに行くこととなった。


 ☆


 しばらくプールサイドを歩いていると、衣緒お姉ちゃんはすぐに見つかった。


「これは……寝てるな」


「うわあ……爆睡だ……」


 俺と鈴乃お姉ちゃんが見下ろしているのは、サマーベッドの上で寝息を立てている衣緒お姉ちゃんだ。

 衣緒お姉ちゃんはビキニを着用しているので、お腹を無防備の状態で晒しながら、腕をタランと垂らして寝ている。

 サマーベッドの横にある丸いテーブルの上には、飲み物の入ったグラスがある。たしか衣緒お姉ちゃんは、ハイボールを注文していた記憶がある。


「こんな気持ちよさそうに爆睡してたら、ナンパするのもためらうわな」


「ほんとだよね。起こすの申し訳ないもん」


 衣緒お姉ちゃんの口からは、「くー、くー、」と気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 俺と鈴乃お姉ちゃんは顔を合わせて、困り顔を見せ合う。


「起こすか」


「起こした方がいいね。せっかくナイトプールに来たのに、寝てたらもったいないじゃん」


 たしかに鈴乃お姉ちゃんの言う通りだ。しかも衣緒お姉ちゃんは四人分の入場料を払ってくれたのだから、一番に楽しむ権利は彼女にある。

 だからこそ俺は、衣緒お姉ちゃんの華奢な肩を掴んで優しく揺する。


「おーい。衣緒お姉ちゃん。寝てるともったいないぞー」


「衣緒お姉ちゃん! 朝だよー!」


 俺と鈴乃お姉ちゃんが声を掛けると、衣緒お姉ちゃんは肩をピクリとさせてから、ゆっくりと目を開いた。まだ眠たそうな瞳が、俺たちを捉える。


「鈴乃。瑞稀くん。ここ……どこ?」


「ここはナイトプールだな」


「あ、そっか……みんなでナイトプールに来たんだっけ」


 衣緒お姉ちゃんは寝ぼけているのか、目を擦りながら俺の腕に腕を絡めて体を起こした。

 そんな衣緒お姉ちゃんの顔の近くで、鈴乃お姉ちゃんは鼻をくんくんとさせた。


「衣緒お姉ちゃんお酒臭い。どれくらいお酒飲んだの?」


「まだ四杯目」


「まだって数じゃないから! この短時間で四杯も飲んだの?」


「うん。でもハイボールはアルコール度数低いから、全然大丈夫」


「それでも爆睡しちゃってるじゃん!」


「うぅ……たしかに……」


 衣緒お姉ちゃんはしょんぼりとした顔をしながらも、テーブルに置いていたグラスを両手で持って、ハイボールをぐいっと煽いだ。

 この人……全く反省してないじゃん……。


「ぷはぁ」と可愛い声を出した衣緒お姉ちゃんは、俺たちを見てコテンと首を傾げた。


「奏美は?」


「あれ、衣緒お姉ちゃんと一緒に居たんじゃないのか?」


「ううん。私一人で飲んでたから奏美は知らない」


 てっきり衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんは一緒に居ると思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。

 ってか一人で酒を飲むな。衣緒お姉ちゃんは可愛いんだから、変な男に捕まるところだったぞ。


「じゃあ奏美お姉ちゃんも探しに行こ! そして四人でプールを満喫するの!」


 腕を高くあげて、鈴乃お姉ちゃんは一人で「おー!」と意気込んだ。鈴乃お姉ちゃんの綺麗な脇が、ピンクのライトで照らされている。


「立たせて。目がクルクルして立ち上がれない」


 衣緒お姉ちゃんは眠たげな顔のまま、俺と鈴乃お姉ちゃんに向かって腕を広げた。まさに子供の「抱っこして」を連想させる。


「しょうがないなー」


「もう。酔っ払いなんだから」


 まだ酔っ払っている衣緒お姉ちゃんを二人で立たせる。すると衣緒お姉ちゃんは、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。そのせいで俺の腕には、柔らかなおっぱいが押し付けられる。


 衣緒お姉ちゃんは全体重をかけるので歩きづらいが、そうでもしないと立っていられないらしいので仕方がない。


 俺の腕に抱き着く衣緒お姉ちゃんを引きずりながら、奏美お姉ちゃんを探すことになった。

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