お化け屋敷で大号泣

 チュロスを食べ終わりダラダラとお喋りをしたあと、メリーゴーランドやコーヒーカップに乗り、続いて俺たちはお化け屋敷にやって来た。

 このお化け屋敷は病院を舞台としているらしく、建物の外観も廃病院そのものだ。


 お化け屋敷に入るには人数制限があるらしく、三人ずつしか入れないらしい。

 なので俺たち五人は、グーとパーだけのジャンケンであるグッパーで組み合わせを決めた。


 薄暗い廃病院の廊下を三人で横に並んで歩く。

 このお化け屋敷は、廃病院を三階から一階まで下り、建物の外に出られたらゴールらしい。

 その道中でリタイアしてしまう人も多いらしく、フロアごとに非常口が設置されている。恐怖で耐えられなくなったら、非常口からいつでも外に出られるということだ。


「うおー、雰囲気あるねー。骨折で入院した時のこと思い出すなあ」


 開いていた病室に入ると、奏美お姉ちゃんは何の躊躇もなくベッドの布団をめくった。

 病室には四つのベッドがあり、一番奥の布団は怪しく膨らんでいる。


「病院なんて久しぶりに来たかも」


 隣に立つ衣緒お姉ちゃんは、部屋に置いてあったパイプ椅子に腰掛けている。その表情は眠たそうで、この暗闇の中では寝てしまうのではないかと心配になる。


「病院って言ってもお化け屋敷だけどな」


 奏美お姉ちゃんが部屋を探索している様子を、俺は衣緒お姉ちゃんの隣に立って眺める。

 グッパーをした結果、俺と衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんが一緒にお化け屋敷に入ることになった。

 でもきっと、この組み合わせは間違っていたと思う。その理由というのも──


「奏美。あそこの膨らんでる布団めくって」


「うん? あー、ほんとだ。あそこだけ膨らんでるじゃーん」


 衣緒お姉ちゃんが指さすベッドに、奏美お姉ちゃんは鼻歌を口ずさみながら近づく。その勢いのまま、またまた何の躊躇もなく膨らんでいる布団をめくった──その瞬間に布団の中から病衣を着用した血だらけの人間が、「うおぉ」と低く大きな唸り声をあげながら飛び出してきた。


 しかし三人は悲鳴をあげるどころか、なぜか「おー」という歓声を上げる。


「うわー、めちゃ血だらけじゃん。何があったらこんな怪我すんのかな。かわいそーに」


 血だらけの人間を目の前にして、奏美お姉ちゃんは心配そうな顔をしている。


「奏美。ベッドに寝かせてあげて」


「あーい。起こしてごめんねー。おやすみー」


 衣緒お姉ちゃんに言われた通り、奏美お姉ちゃんは血だらけの人間をベッドに寝かせて、布団まで掛けてあげた。


 そう。俺たち三人はオバケにビビらなすぎる。

 さっきからオバケが突然現れても、「おー」と歓声が上がったり、会釈をするだけだ。三人が驚かないので、これではただただ夜の病院を散歩している気分になる。お化け屋敷の雰囲気もクソもない。

 きっとこのままゴールまで、俺たちはマイペースに歩き続けるだろう。


 俺たちの後からお化け屋敷に入ることとなった莉愛と鈴乃お姉ちゃんは楽しんでるかな。二人ともお化け屋敷は苦手だと言っていたので、早々にリタイアしていなければいいが……。


「もうこの部屋は何もないみたいだから先進もうよ」


 俺がそう言うと、衣緒お姉ちゃんは椅子から立ち上がり、奏美お姉ちゃんもこちらにやって来た。

 莉愛と鈴乃お姉ちゃんは楽しんでいるといいなと考えながら、俺たち三人は病室をあとにした。


 ♥


「ぎゃああああ!」


「わあ! ちょ、鈴乃さん! あたしの後ろに隠れないでください!」


 瑞稀たちがマイペースに歩いている頃、遅れてお化け屋敷に入った鈴乃と莉愛はオバケを前に悲鳴を上げていた。


 突然天井から降ってきた血だらけのナース人形に、鈴乃と莉愛は驚いて腰を抜かした。


「もう! なんでさっきからいきなり出てくるの!」


「そ、それはお化け屋敷だからじゃないですかね……」


「だからって目の前にいきなり降ってきたら驚くって! 全くもう。もっとゆっくり出てきてよ」


 鈴乃はお化け屋敷のからくりに文句を言いながら立ち上がり、莉愛に手を差し伸べた。


「あ、ありがとうございます」


 莉愛はその手を取って立ち上がり、お尻をぽんぽんと払う。


「これでまだ一階も階段下りてないってやばくない? わたしたち無事にゴールできるのかな」


「もしかしたら一生出られないかもしれないですね……」


「こ、怖いこと言わないでよ! もう」


「えへへ、すいません」


 莉愛は冗談を言える余裕があるが、鈴乃はギブアップ寸前だ。

 でも鈴乃は自分の方が年上だからと、強がって続く廊下に体を向ける。


「ほら、冗談なんか言ってる暇ないよ! とっとと先に進まなくちゃ。お姉ちゃんたちを待たせちゃう」


「それもそうですね。先に進みましょうか」


 二人は同時に頷くと、どちらからともなく互いの腕を掴み合って歩き出す。

 薄暗い病院の廊下には、ブラックライトのような光が道を照らしている。その光を反射させる鈴乃のピアスを、莉愛はまじまじと見つめる。


「鈴乃さん。瑞稀と同じピアスつけてるんですよね」


「え? あ、うん。そうだね。開け合いっこしたから」


 お化け屋敷とは関係のない話題に戸惑いながらも、鈴乃はコクリと頷いた。


「いいなー。瑞稀とおそろのピアスを付けられる上に開け合いっこもしたなんて。羨ましいです」


 本当に羨ましがるような目で、莉愛は鈴乃のピアスを見ている。その視線に気が付いて、鈴乃は自分のピアスを人差し指で触った。


「わたしと瑞稀くんが付けてるのはファーストピアスだから一定期間外せないけど、もしも瑞稀くんの穴が完成したら、莉愛ちゃんも瑞稀くんとお揃いのピアスを付けるといいよ!」


「え、いいんですか?」


「どうして?」


「だって鈴乃さん。瑞稀とお揃いのピアスがいいんですよね──って、うわあ! 鈴乃さん後ろ!」


 莉愛が驚きで目を見開きながら、鈴乃の後ろを指さした。鈴乃は肩をビクリとさせて、嫌な予感を全身で感じつつ後ろを振り向く──そこには病衣を着用した血だらけのおじさんが、ゆっくりとあとを着いて来ていた。それを目視した瞬間に、莉愛と鈴乃はこれでもかという強さで手を繋ぎ、「きゃあああ!」と悲鳴を上げながら廊下を全力疾走する。


 幸いなことに血だらけのおじさんは走れないらしく、一気に離れることが出来た。


 走っている内に階段に辿り着き、莉愛と鈴乃は肩で息をしながら踊り場にへたり込む。


「も、もう着いてきてないでしょうね……」


「あのゾンビみたいな人、走れないみたいだから上手く撒けたんじゃないですかね……」


 莉愛と鈴乃は誰も着いてこない安堵から、「ふぅ」と大きく息を吐いた。

 それから二人の間には、お互いの荒い息遣いだけが聞こえてくる。


「さっきの話だけど、わたしはファーストピアスは誰かに開けて貰いたいなって思ってて、どうせなら誰かとお揃いにしたいなって思ってただけだから、瑞稀くんとずっとお揃いでいたいワケじゃないよ」


 さっきの話というのは、莉愛も瑞稀とお揃いのピアスにしたいという話だろう。莉愛はそれを思い出して、ふんふんと相槌を打つ。


「そうだったんですか。てっきり瑞稀のことが大好きだから、ずっとお揃いでいたいのかと思ってました」


「あはは! たしかに瑞稀くんのことは大好きだよ。でもわたしもピアスの穴が安定したら、自分が付けたいピアス買っちゃう予定だから」


「それは瑞稀とお揃いにしないんですか?」


「うん! だってわたしが付けたいのはザ・女の子みたいなピアスだもん。瑞稀くんにも女物のピアスを付けて貰うには悪いよ」


 カラカラと笑う鈴乃の表情からは、莉愛に気を使って嘘を言っているようには見えなかった。


「だから瑞稀くんのファーストピアスが外れたら同じピアスを付けるといいよ! それまではブレスレットとかネックレスのお揃いで我慢して、ね?」


 こてっと首を横に倒す鈴乃を前にして、莉愛は感動で鼻にツンとするものを感じた。大好きな人の姉からお揃いの許可を貰えたことが、何よりも嬉しいのだ。


「で、でも付き合ってもないのにピアスとかブレスレットをお揃いにしたいって言ったら、重い女だと思われないですかね……」


 人差し指同士をくっつけながら、莉愛が気まずそうな表情を作った。

 しかし鈴乃は不思議そうな顔をしながら、今度は逆側に首を倒した。


「瑞稀くんはそれくらいじゃ引いたりしないんじゃない? 今度試しに一緒にお出掛けして来たら?」


「え、二人でですか?」


「もちろん! デートよデート。そこで何かお揃いのもの買っちゃえばいいんだよ!」


 鈴乃は廊下に手をついて前のめりになりながら、莉愛に顔を近づけた。その顔の近さに驚くが、鈴乃の顔は人形のように可愛いので、莉愛は全く嫌悪感を抱かなかった。


「瑞稀とデート……めっちゃしたいです!」


「でしょー? 今度予定を合わせて行ってきなさいな!」


「で、でも瑞稀のお姉さんたちは、あたしが瑞稀と二人きりでデートすること許してくれるでしょうか……」


 今日一緒に遊園地を回っただけでも、お姉さんたちは瑞稀のことを溺愛していると容易に察することが出来た。だからお姉さんたちは、莉愛に瑞稀を奪われたくないのではと思ったのだが……。


「もちろんだよ! さっき三姉妹で莉愛ちゃんのこと話してたんだけどね、三人とも「いい子だね」って話してたんだよ。お姉ちゃんたちは「あんな子を待たせるなんて瑞稀も罪な男だ」なんて言ってたくらい! それにね、瑞稀くんと知り合ったのはわたしたちよりも莉愛ちゃんの方が先なんだから、泥棒猫はわたしたちの方だよ」


「あはは」と笑いながら言う鈴乃の一方で、莉愛は涙目のまま体をプルプルとさせていた。


「え、どうしたの莉愛ちゃん! お化け屋敷そんなに怖かった!?」


 異変に気付いた鈴乃が莉愛の背中をさする。すると莉愛は小刻みに首を横に振った。


「違うんです……もちろんオバケも怖いんですけど、お姉さんたちが優しすぎて……うわああああん」


 お化け屋敷の中で、ついに莉愛は声を上げて泣き出してしまった。

 最初はお姉さんたちにどんな意地悪をされるのかと思うと胃が痛かったが、衣緒も奏美も鈴乃もみんな優しかった。

 もしかしたら今日から瑞稀に恋が出来なくなってしまうのかとも思ったが、全然そんなことはなく、むしろあたしを認めてくれた。

 お姉さんたちの優しさと、これからも瑞稀に恋をしてもいい安心感から、莉愛は泣き出してしまったのだ。


「ちょ……こんなところで泣かないでよ! オバケも心配しちゃうでしょ!」


「だってぇ……鈴乃さんが優しいから……うわあああん」


「あーもう! いいから泣きやみなさいって!」


 訳が分からなくなった鈴乃は、莉愛のことを力強く抱きしめた。そのまま莉愛は背中をさすられながら、お化け屋敷の中でわんわんと泣き声をあげる。


「うわあああん。鈴乃さんが優しいよお」


「分かった! 分かったからとりあえず泣きやもう! ね!」


「分かりましたあああ。泣きやみますううう」


「全然泣きやまないし!」


 その後も薄暗い廃病院の中では、泣きじゃくる莉愛を鈴乃が抱き寄せながら慰めるという謎の光景がしばらく続いたのだった。


 莉愛が泣き止んだあとは、もうお化け屋敷を楽しむ雰囲気でもなくなってしまったため、二人は余裕でゴールまで辿り着けたらしい。


 ♥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る