エッチで優しいお姉さん
久しぶりのジェットコースターは、思っていたよりも楽しむことが出来た。
波のように上ったり下ったりとしながら、勢いよく一回転までした。次々と変わっていく景色を楽しみながら、体にGを感じている内に、いつの間にかジェットコースターは出発地点に帰ってきていた。
最初から景気よくジェットコースターに乗ったことで、気分がスッキリしたし大正解だった。
ジェットコースターを終えた俺たち五人は、次のアトラクションに行く前にチュロスを食べようとの話になった。
そこで五人分のチュロスを買いに行く買い出し組と、運よく空いていたテーブルに座っておく場所取り組に分かれることとなった。
買い出し組か場所取り組かはじゃんけんで決めた。
「あーあ。買い出し組かー。座ってたかったなー」
頭の後ろに手を回しながら、前を歩く鈴乃お姉ちゃんが不貞腐れたような声を出す。
「仕方がない。じゃんけんだから」
俺の隣を歩いている衣緒お姉ちゃんも、残念そうな顔をしている。
俺と衣緒お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんは、じゃんけんで負けてしまったので、買い出し組に任命されたのだ。
「まあ三人で行けば楽だから。チュロスを五本買ってくればいいんだろ?」
「そう。瑞稀くんと奏美がチョコ味で、他三人がシナモン」
ジェットコースターに乗る前に、チュロスのお店を横切った。そこでシナモン味とチョコ味が売っているのを見かけたので、その二つのどちらかに決めたのだ。
「んー、でも奏美お姉ちゃんと莉愛ちゃんを残したのはちょっと心残りだなあ」
前を歩く鈴乃お姉ちゃんがこちらを振り向き、そんなことを言った。
「というと?」
俺が首を傾げると、衣緒お姉ちゃんも同じポーズを取った。
「だって奏美お姉ちゃんと莉愛ちゃん初対面じゃん? お互いになに喋っていいのか分からなくて空気が最悪になってるかも」
「それなら大丈夫だと思う。奏美のコミュニケーション力なら、きっと莉愛ちゃんと上手くやってる」
「そうかなー。そうだといいけど」
衣緒お姉ちゃんがそう言うので、鈴乃お姉ちゃんは渋々といった様子だったが納得したようだ。
でも鈴乃お姉ちゃんが気にかけているのを聞いて、なんだか俺まで心配になってくる。
奏美お姉ちゃんと莉愛は、今頃どんな会話をしているのだろうか……。
♥
場所取り組である奏美と莉愛は、木のテーブルで向かい合わせに座っていた。
テーブルの上に頬杖をつき、奏美は足を組んで座っている。それにニヤニヤとしながら莉愛のことを見ているので、周囲から見たら異様な光景であることに違いない。
「あ、あの……奏美さん……そんなに見られると緊張するんですけど……」
何も会話がないのにニヤニヤとする奏美を前に、莉愛は気まずくて声を掛ける。
莉愛の目には奏美がとても美しく映っていて、年上の大学生ということもあり話し掛けずらかったが、ありったけの勇気を振り絞った。
奏美はニコリと笑うと手を伸ばし、莉愛の頬を優しく撫でた。突然頬を撫でられて、莉愛は体をピクリとさせた。
「莉愛ちゃんめっちゃ可愛いね。食べちゃいたいくらい」
「え、」
こんな美人でかっこいいお姉さんに頬を撫でられながらそんなことを言われ、莉愛は一瞬の内に赤面してしまう。
「お、真っ赤になっても可愛いじゃん。照れてるの?」
「そ、そそそ、そりゃそうですよ。奏美さん美人だし。こんなことされたら……」
「興奮しちゃう?」
頬杖をついたまま、奏美はニヤリと微笑んだ。
その微笑みに、莉愛はクラっとする。
なんなんだこの人は。まるであたしのことを誘っているみたいだ。莉愛は高鳴る心臓に胸を当てながら、余裕のない頭で考える。
「こ、興奮なんてしないですよ……」
「ふーん。じゃあどうして胸に手を当ててるの?」
奏美にそう指摘されて、莉愛は慌てて手を下ろした。
その隙を奏美は見逃さなかった。奏美はニヤニヤとしながら、莉愛の頬から手を離す。
「莉愛ちゃんって見た感じは素直そうなのに、意外と素直じゃないんだね」
奏美はそう言うと、ポケットからスマホを取り出して何かを調べ始めた。
「みんなで遊園地ってのもいいけど、アタシと莉愛ちゃんだけで抜け出しちゃおうか」
「抜け出してどこ行く気ですか……?」
「んー? そんなの決まってるでしょ」
奏美は得意げな顔でそう言うと、スマホの画面を莉愛へと見せた。その画面には、近くのラブホテルが一覧になって表示されていた。
それを見た瞬間に、莉愛はクルクルと目を回す。
「そ、そんなそんな……! 奏美さんみたいな美人さんにお誘いされるのは嬉しいんですけど……なんていうかその……あたしには心に決めた人が居るのでごめんなさい……!」
莉愛は半分パニックになったまま、瑞稀の顔を思い浮かべて頭を下げる。
目の前で頭を下げられて、奏美は一瞬だけ驚いたように目を見開いてから、ふと笑顔を作った。
「あはは。ごめんごめん。ちょっとからかったよ。今の全部冗談だから」
奏美はそう言って、ケタケタと笑い出した。
莉愛は呆気に取られた表情をしながら、目をパチクリとさせる。
「じょ、冗談だったんですか……?」
「うん。もちろん冗談だよ。アタシは男が好きだし、莉愛ちゃんくらい可愛い子だったとしても女の子を食べちゃおうって気はないから」
奏美はウィンクをすると、スマホをポケットにしまった。
「初対面の子をホテルに誘うほど、心臓に毛は生えてないよ」
莉愛がいい反応をするので、奏美は気分がいいまま組んでる足を入れ替えた。
奏美のスラッと伸びる脚を見て、莉愛はゴクリと喉を鳴らす。
「弟のことをたぶらかす泥棒猫だと思ってからかっちゃった。莉愛ちゃん、見た目通り素直でいい子だね」
奏美は頬杖をやめて、莉愛に体を向ける。
ニヤケ顔をやめた奏美は、真面目な顔を作った。
「莉愛ちゃん。本当に瑞稀くんのことが好きなんだね」
「そ、そりゃあそうですよ。初めて好きになった人なんですから」
莉愛がそう言うと、奏美は目を大きくさせた。
「え、もしかして瑞稀くんが初恋の相手なの?」
「そうですよ。何か悪いですか」
莉愛がぷくりと頬を膨らませると、奏美は「いや?」と楽しそうな笑顔を作った。
「どうして瑞稀くんのことを好きになったのか聞いてもいい?」
「ま、またからかうつもりですか」
「違う違う。ただ純粋に興味があるんだよ。もうからかったりしないから教えてよー」
「お願い」と手を合わせて、奏美はウィンクをした。
「そこまで言うなら……教えてあげますよ」
莉愛は「むぅ」と拗ねたような声を漏らしながらも、好きな人の姉が相手だと立場が弱かった。
興味津々の奏美が前のめりになると、莉愛は重たい口を開く。
「高校に入ってすぐの体育の授業で、あたし思いっきり転んだんですよ。膝から血が出てたんですけど、転んだ恥ずかしさから「これくらい大丈夫」ってヘラヘラしてたら、瑞稀だけが「女の子なんだから傷跡が残ったら大変だぞ」って言ってくれて、保健室まで付き添ってくれたんです。その出来事がきっかけで好きになって、いっぱい話してく内に顔も仕草も声も全部全部好きになっちゃいました」
莉愛は照れくささから早口で言うと、「それだけです」と言葉をしめた。
高校生の恋バナを聞いて肌ツヤがよくなった気がしながら、奏美はいつもの笑顔を作った。
「そっかそっか。瑞稀くん、そういうイケメンなこと平気でやるよね」
「顔もカッコイイですし」
「身長も高くて細いところも点数高いよね」
「分かります分かります! あとひょうひょうとしてるというか、高校生なのに達観してるというか」
「余裕がある感じね。めっちゃ分かる。高校生なのに落ち着いてるもん」
「そうですそうです! 同い年なのに落ち着いてて、たまにキュンとすることも言ってくれて──」
「おっと莉愛ちゃん。王子さまが帰ってきたよ」
大好きな人の話になりヒートアップする莉愛の唇に、奏美が人差し指をくっつけた。
唇に指をくっつけられて、莉愛は口から流れ出てくる言葉を強引に飲み込んだ。
「チュロス買って来たよー!」
その元気な声に肩をビクリとさせながら、莉愛は声のした方を振り向く。そこにはチュロスを二本手にした鈴乃がこちらへ駆けて来ているところだった。その後ろには、瑞稀と衣緒が並んで歩いている。
三人が帰ってきたことを早めに察して、奏美は莉愛の唇に指を当てたのだ。
奏美が止めてくれなかったら、本人を前にして瑞稀の好きなところを発表していくところだった。
「た、助かりました……」
莉愛が小声で言うと、奏美は歯を見せて笑った。
「いいっていいって。莉愛ちゃんが真剣に瑞稀くんを好きなのは分かったし」
奏美も莉愛にしか聞こえないくらいの小声で言い終わると、鈴乃がテーブルに到着した。
「運よく誰も並んでなかったからすぐに買えたー! 二人はなんの話してたの?」
鈴乃がキョトンと首を傾げると、奏美は「秘密」と自分の唇に指を当てた。
初めはエッチなお姉さんなのかと思ったが、それもこれもあたしの緊張をほぐすためだったのかと気づいて、きっと奏美は優しい人なのだろうなと莉愛は思った。
また奏美さんと瑞稀のことを語り合いたいな。そんなことを考えながら、莉愛も帰って来た三人に手を振った。
♥
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