弟のことよろしくね
姉たちが莉愛に自己紹介を終えて、俺たち五人はジェットコースターに乗り込んだ。
先頭には奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんが、その後ろには衣緒お姉ちゃんと莉愛が、その後ろには俺が一人で座っている。
俺たちは五人なので、席が二つずつしかないジェットコースターでは一人余ってしまう。
「まあ、気楽だから一人でいいか」
そう思うことにして、俺は目の前の急勾配な坂を見る。今からここを上って急降下するのかと思うと、なんだかドキドキしてくるな。
少し視線を下げてみると、目の前ではキャッキャとはしゃぐお姉ちゃんたちや莉愛の姿があった。
奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんは仲良しだが、衣緒お姉ちゃんと莉愛は何の話をしているのだろう。
そんなことが気になりながらも、久しぶりのジェットコースターのドキドキの方が上回るのだった。
♥
ジェットコースターの二列目には、衣緒と莉愛が座っている。
「いつもウチの瑞稀くんがお世話になってます」
安全バーを握りしめながら、衣緒は頭を下げた。
まだ発車もしていなくて余裕なのか、衣緒はいつもの無表情でいる。
「い、いえいえ。わたしの方こそいつも瑞稀にお世話になってます」
安全バーを握りしめながら、莉愛も負けじと頭を下げ返す。
大好きな人のお姉ちゃんを前にして、莉愛はいつになく緊張をしていた。しかも衣緒は長女であるため、この人にだけは嫌われてはいけないと、莉愛は何度も心の中で念仏のように繰り返している。
「瑞稀くんにたまにお弁当作ってあげてるんだってね」
「え、そのことも知ってるんですね」
「うん。瑞稀くんから聞いた」
学校がある日。莉愛はたまに、瑞稀に弁当を作ってあげている。
そのことをお姉さんも知っていたなんて、莉愛は思ってもいなかった。
瑞稀は思っているよりも、姉たちとコミュニケーションを取っているらしい。
「その……なんて言ってました……?」
おずおずといった様子で、莉愛が尋ねる。しかし衣緒は目を丸くしながら、こてんと首を横に倒した。
「ん、なにが?」
「あ、えっと、わたしのお弁当の感想とか言ってませんでした……?」
瑞稀はいつも男友達と昼休みを共にしているので、お弁当に関する感想を聞いたことがなかった。
いや、いつも昼休みが終わったら「美味しかったよ」と言ってくれるが、お世辞かもしれない。莉愛は瑞稀の本心が知りたかった。
首を横にしながら考えたあと、衣緒は思い出したかのように「あ、」と口にした。
「言ってた。作ってくれるのは嬉しいしすごく美味しいけど、朝に教室で堂々とお弁当を渡されるから、男友達から冷やかされてるって」
衣緒が瑞稀との会話を思い出しながら言うと、莉愛はがっくしと落ち込んだ。
「あー、そっか……そうですよね……全然何も考えてなかったです……スイマセン」
莉愛の友達は、莉愛が瑞稀に恋していることを知っているので、お弁当の件も応援してくれている。
しかし瑞稀の友達は、莉愛が瑞稀に告白したことなど知らないので、冷やかされてしまうのだろう。
瑞稀の立場に立って物事を考えていなかったと、今更ながらに後悔する。
目に見えて落ち込む莉愛の頭を、衣緒がポンポンと撫でる。
「大丈夫。誰かの恋を冷やかす人なんて気にしなくていい。莉愛ちゃんはこのまま堂々と瑞稀にお弁当渡せば。その方が瑞稀くんも嬉しいと思うよ」
「い、衣緒さん……」
目をうるうるとさせながら、莉愛は衣緒の顔を見た。
衣緒さんはなかなか笑ってくれない人だけど、すごく優しい人なんだな……と莉愛は心に刻んだ。
その瞬間に「ビーッ」とブザーが鳴り響いて、乗り物が坂道を上り始める。
「莉愛ちゃん。もう少しだけ待っててね」
「うん? 何を待つんですか?」
「瑞稀くんに性欲がつくの」
衣緒が目を見て言うと、莉愛はピクリと反応した。
「瑞稀の性欲、どうにかなりますかね」
「この間、ちょこっとだけど瑞稀くんの性欲が顔を出したの」
「あ、聞きましたよ。お姉さんたちの誰かが瑞稀の首を噛んだんですよね」
「そう。私が噛んだ」
「あ、噛んだの衣緒さんだったんですか」
弾力のありそうな衣緒の唇を見て、莉愛はゴクリと唾を飲んだ。自分が噛まれたことを想像して、莉愛は首筋にゾクリとするものを感じた。
「なんか、瑞稀の性欲が顔を出したのも納得です」
莉愛が笑いながら言うと、衣緒は「そう?」と首を傾げた。
衣緒の口元を見ながら莉愛が頷くと、前の席から奏美と鈴乃の楽しそうな悲鳴が聞こえてきた。先を見てみると、道が消えていた。いつの間にか坂の頂上へとやって来ていたようだ。
「ねえ、莉愛」
突然呼び捨てで呼ばれて、莉愛は驚きながら衣緒を見る。すると衣緒は真顔のままで、こちらを見ていた。感情を表さなくても綺麗な容姿に、莉愛は思わず息を飲む。
「な、何ですか。衣緒さん」
何か気に障ることでもしただろうかと、莉愛はおっかなびっくり衣緒と目を合わせる。その途端に衣緒は、ふと頬から力を抜いて柔らかな笑顔を作った。
「瑞稀くんのことよろしくね」
初めて見る衣緒の笑顔に面食らいつつ、彼女の口から出て来た言葉があまりにも嬉しくて、莉愛は感動で泣きそうになりながら身を震わせ──
「は、はい! 任せてください!」
力強く頷いた。
衣緒も満足したように頷くと、腹の底にフワリとした物を感じたと同時に、乗っていた乗り物が急降下する。
衣緒は目を大きくさせながらジェットコースターを楽しんでいるが、莉愛はその横で嬉し泣きしたい気持ちをぐっと堪えていた。
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