莉愛の変態相談所
ラブホテルでの水着パーティーは、なんだかんだで楽しい思い出になった。
お姉ちゃんたちと遊ぶのは楽しいし、毎度新しい刺激がある。
そういや刺激と言えば、衣緒お姉ちゃんに噛まれて息子が反応した事件。
あの時は俺の性欲が目を覚ましたのかと思ったが、あれから息子はうんともすんとも言わなくなった。
衣緒お姉ちゃんから「もう一回噛んであげる?」と言われたが、姉のせいで息子が反応するのが怖くてお断りしてしまった。
「なあ、莉愛」
帰りのホームルーム終了後、俺は放課後の教室に残って今日までが期限の宿題をしていた。
数学の宿題が今日までだったことをすっかり忘れていたのだ。数学の教師からは「今日の十八時まで待ってやる」と言われたので、急いで数学の問題を解いている。
計算をしている途中で目の前に座る莉愛に話しかけると、彼女はスマホから顔を上げた。
「ん、どしたの」
俺が宿題を終わらせるのを、莉愛は待っていてくれている。理由は一緒に帰りたいからだそうだ。
俺がカリカリと数学の宿題をやっている真正面で、莉愛は熱心にスマホをいじる。そんな光景が、二人きりの教室に流れていた。
「俺って変態なのかな」
ノートに走らせていたシャーペンを止めて、莉愛と目を合わせる。
莉愛はポカンと口を開いたまま、難しそうに眉間にシワを寄せた。
「どういうこと?」
「どうもこうも、そのままの意味だけど」
「変態って性の意味で?」
「そうそう」
俺が真剣な顔で頷くと、莉愛はスマホをスリープモードにして机の上に起き、こちらに体を向けた。
莉愛も真剣な表情をしている。
「性欲がない瑞稀が変態なワケなくない?」
「それがだな、性欲があるかもしれないんだ」
その言葉に、莉愛は次第に眼を大きくさせ──
「ま、マジ!?」
椅子から立ち上がって、俺の机をバンと叩いた。
いきなり立ち上がった莉愛に驚きながらも、俺は「ああ」と頷いてみせる。
すると莉愛はありえないものを見ているような目のまま、ゆっくりと椅子に座り直した。
「にしても急すぎない? この間まで性欲ないって言ってたよね」
「ああ。でもこの間の休みに色々あってな」
「お姉さんたちと何かあった感じか」
「まあそんなところだ」
なんとなくはぐらかすように言うと、莉愛は興味津々な顔つきをこちらにズイと寄せた。
「どんなことがあったら、あんなに枯れきってた瑞稀が性欲を自覚するのさ。気になるじゃんよー」
莉愛は駄々をこねるように、俺の肩を揺する。
「い、言うから。揺するのやめようか」
莉愛の手をタップすると、彼女は揺するのをやめて椅子に座った。椅子に座ったり立ち上がったりと忙しいヤツだ。
俺は「ごほん」と咳払いをしてから、シャーペンを机の上に置いて莉愛に視線を向ける。
俺の真剣な表情に、莉愛はごくりと生唾を飲み込んだ。
「一番上の長女に首を甘噛みされたんだ。それで体が熱くなって、あそこが少しだけ元気になった」
俺が言葉を終えると、莉愛は何度も瞬きを繰り返した。その瞳はずっと俺の顔を捉えている。
「首を噛まれて興奮するの……?」
「自分でもよく分からないんだが……ゾワゾワしたな」
「でも瑞稀のその……あ、あそこは元気になったんでしょ……?」
顔を赤く染め上げながら、莉愛が言いづらそうに口にした。
姉たちは平気な顔をして俺の息子を触ってくるが、莉愛はあそこの名前を口にするのも恥ずかしいらしい。人それぞれなんだな、と他人事のように思う。
「まあ、そうだな」
俺もどちらかというと下ネタを口にしない方なので、なんとなく息子の名前を口にするのは気まずい。
「じゃあ噛まれて興奮してるってことだよね。男の子って、興奮すると大きくなるんでしょ?」
「ああ、そうだな。そうだと思う」
「なんでそんな曖昧なのよ」
「今まで性的に興奮したことなんてなかったからな」
「あーそっか。なんかごめん」
「いやいいんだ」
莉愛は俺の性欲に真っ直ぐに向き合ってくれるので、悪気がないことはすぐに分かる。
俺に性欲がないことを知っているのは、この世で姉たちと莉愛しか居ないが、その全員が馬鹿にしたりなどしてこない。ほんと、いい人たちに恵まれた。
「でも多分それが性欲だよ。噛まれて興奮するような……えっと……ちょっと変わった人も居るから」
「オブラートに包まないで変態って言ってくれ」
「えっ……変態って言われるのも好きなの?」
莉愛は純粋そうな瞳で俺を見る。
「そういうことじゃなくて、気を使われると死にたくなる」
「あ、そういうことか。じゃあ瑞稀はこれから変態ってことで」
「言い方がキツいな」
けれどもやはり、俺は『変態』という部類に分けられてしまうらしい。
噛まれて興奮する人って、そんなに珍しいのだろうか。
「やっぱり俺って変態なのか……」
性と無縁だった俺に『変態』という称号が付いてしまったことに、思わず頭を抱える。
ずっと性欲がないだけだと思っていたのに、まさか噛まれただけで興奮してしまう変態だったなんて……。今になってラブホテルでの出来事を思い出すと、恥ずかしくなってくる。
「ま、まだ変態だって決まったワケではないんじゃないかな! 他に何かお姉さんたちにちょっかい出されたことある?」
「思い返すと色々あるんだけど……五分くらいくすぐられたな」
「ま、まさかくすぐられても興奮した……?」
「いや、その時は全然なんともなかった。どっと疲れたけど」
それを聞いた莉愛は胸を撫で下ろした。
「じゃあドMって感じじゃないのかな? 罵られて興奮するとかは?」
「出来るだけ酷いことは言わないで欲しいかな」
「まあ普通そうだよね。うん、よかった」
何やら一人でうんうんと頷くと、莉愛はほっとしたような顔に変わった。
「くすぐられても罵られても興奮しないけど、噛まれたら興奮するんだ……ってことは痛いのが好きってこと?」
こてんと首を傾げる莉愛に、俺も思わず首を傾げる。お互いに首を傾げて、まるで鏡を見ているかのようだ。
「どうなのかな。痛いことっていうと、例えば?」
「すごくベタだけど、ムチで叩かれたり?」
「うわあ……痛そうだから嫌だな……」
「じゃあ優しめな痛みの方がいいのかな。瑞稀、ちょっと頭こっちに近づけて」
どうしてだろうと思いながらも、俺は言われた通りに顔をぐいと莉愛に近づけた。
「失礼するよー」
莉愛はそう口にすると、俺の額に指を近づけて──強めのデコピンをした。
「いった! 何すんだよいきなり」
「痛みで興奮するのかなと思ったんだけど……どうですか?」
莉愛は俺の下半身をチラリと見た。しかし俺の息子は、うんともすんとも言わない。
「……興奮しないな」
まだジンジンとする額を手で擦りながら、息子がたっていないことを伝える。
莉愛はがっくしと肩を落として、机に頬杖をついた。
「もう分かんないよー。でも噛まれて興奮することは確かなんだよね?」
「そうだな。実際にそうだったし」
「んー、じゃあまた噛まれてみるしかないね。それで興奮したら、噛まれなくちゃ興奮できない変態だよ」
「ヒドイこと言うな……」
でも莉愛の言っていることは事実なので、否定もできなかった。
俺が凹んでいると、莉愛は「でも」と言って笑顔を作った。
「今までどこにあるか分からなかった性欲が見つかってよかった。このままの勢いで性欲がつくといいね。あたしも出来ることは協力するから」
俺の性欲が少しだけ姿を現しただけでも、莉愛は嬉しそうに目を細めた。
きっと莉愛は俺よりもずっと、俺に性欲がつくことを願っているのだろう。
自分よりも真剣になってくれる彼女に、感謝とは別の特別な感情が生まれていることに気付きもしないまま、俺はシャーペンを握って宿題を再開した。
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