変態なのかもしれない

 三人から全力でくすぐられること五分。

 汗だくの俺はようやく解放されて、ベッドの上で荒く呼吸を繰り返す。


 俺のことをくすぐっている間、お姉ちゃんたちはすごく楽しそうだった。もしかしたらお姉ちゃんたちは、サドの血が流れているのかもしれない。


「瑞稀くん汗びしょびしょ」


 衣緒お姉ちゃんはベッドの上で寝転がる俺を見下ろしながら、目をパチクリとさせた。


「そりゃそうだよ……誰のせいだと思ってんだ」


「私のせい?」


「そうだわ。もっと詳しく言うと、衣緒お姉ちゃん含めた三姉妹のせいだわ」


「そっか」


 俺を呼吸困難にまで追い詰めようとしたのに、「そっか」で終わらせるんじゃない。五分間くすぐられるのって、意外とキツいんだぞ。


「でもそんな汗だくじゃ気持ち悪いでしょ」


「そうですね?」


 衣緒お姉ちゃんは全く嫌な顔せず、俺の汗だくの額を撫でた。そのまま眠たそうな目を、もう一度パチクリとさせた。


「じゃあ四人でお風呂入ろ」


 その衣緒お姉ちゃんの一言に、近くに居た奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんも賛成した。

 くすぐる方も汗をかいたらしい。そりゃそうだ。俺、大暴れしてたもんな。押さえる方も大変だったはず。


 こうして俺たち姉弟は、四人でお風呂に入ることとなった。


 ☆


 浴槽にお湯を張り、四人で入る。もちろん水着は着用したままである。

 浴槽は円形をしていて、四人で入るのがギリギリな広さだ。姉たちのスベスベな足と俺の足が、湯船の中で絡まる。


「えっ。莉愛ちゃんって子に告白されたのに性欲がないことを理由に振っちゃったの?」


 俺の右隣に居る奏美お姉ちゃんが、驚いた顔をこちらへと向けた。奏美お姉ちゃんの頭には、髪が濡れないようにとタオルが巻いてある。


「えー! もったいない! あんな可愛くて純粋そうな子なんて他に居ないよ?」


 目の前に居る鈴乃お姉ちゃんは、目を大きくさせながら、こちらにズイと顔を近づけた。

 鈴乃お姉ちゃんはウチのクラスに訪れた際に、莉愛のことを見たことがあるから知っているのだ。


「瑞稀くんモテるんだ。なんか残念」


 俺とピッタリ肩をくっつける衣緒お姉ちゃんは、本当に残念そうな顔をしている。


 どうして風呂に入りながら、姉たちに詰められているのか。

 それは鈴乃お姉ちゃんが莉愛の話題を出したことをきっかけに、どういう関係なのか聞かれて、俺が正直に「告白されて振ってしまった」と話したからである。きちんと振った理由も話したのだが、姉たちは納得出来ないようだ。


「まあ振ったって言っても、告白を保留にしてる感じかな。性欲がついたら、もう一回ちゃんと返事するって言ってあるから」


 まるで言い訳のようだと自分でも思った。

 これにはお姉ちゃんたちも、言葉を失っているようだった。


「瑞稀くんは莉愛ちゃんのこと好きじゃないの?」


 数秒の沈黙を打ち破り、衣緒お姉ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。

 シンプルな質問だが、その答えは自分でも分からない。もちろん莉愛から告白された時に自分に問いかけたが、答えは出てこなかった。

 俺は顎に指を当てながら、湯船に視線を逃がして考える。


「友達としては好きかな。でも恋愛的な意味で好きかって聞かれると、分からなくなるんだ」


「それは性欲がないから?」と衣緒お姉ちゃんが聞く。


「多分そうなのかな。莉愛のことは友達として好きだけど、手を繋いだりキスをしたり、そういう行為をしたりしたい訳じゃないんだ。今みたいな関係がずっと続けばいいなって思ってる」


 俺が言葉を終えると、風呂場には一瞬の沈黙が訪れる。その沈黙が気持ち悪くて、俺は「それに」と言葉を続ける。


「性欲がないのに誰かと付き合うのは相手に失礼だと思うんだ。キスもしたくてするワケじゃないし、そういう行為もしたくない。恋人になったのにそんなワガママ言ってたら、絶対に飽きられちゃうだろ」


 そしてまた、沈黙が訪れる。

 衣緒お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんは、俺の顔を見たまま固まっている。二人が何を考えているのかは、大体想像することが出来た。


「アタシは莉愛ちゃんのこと見たこともないけど、多分セックスが出来ないからって理由で瑞稀くんのことを飽きたりしないと思うよ」


 水面から顔を上げた奏美お姉ちゃんは、俺の肩に手を回して笑顔を作った。

 奏美お姉ちゃんのスベスベな肌を肩で感じる。


「私もそう思う。そんなに待ってくれてるんだから、生半可な気持ちで告白してきたんじゃない」


 今度は衣緒お姉ちゃんが、水中で俺の膝に手を置いた。

 姉二人に挟まれながらそんなことを言われて、俺は何も言い返せなくなる。


「それにキスしたりセックスしたりするだけが恋人じゃないよ。体で繋がれなくても、心で繋がってればいいんじゃないかな──ってアタシは思うけど」


 奏美お姉ちゃんは「ふはは」と笑いながら言うが、その声色は決して冗談を言っているようには聞こえなかった。


「わたしも奏美お姉ちゃんに賛成〜。やっぱり恋人とは体ばっかりの関係じゃなくて、信頼し合えるような関係で居たいな」


 これには鈴乃お姉ちゃんも賛成のようで、奏美お姉ちゃんも満足そうな顔をした。


「でもまずは当人たちの気持ちが大切。莉愛ちゃんが瑞稀くんと付き合いたいって気持ちは分かったけど、瑞稀くんは莉愛ちゃんとどういう関係になりたいの? 本当に今のままの関係がいいと思ってる?」


 小さい子を諭すように俺の頭を撫でながら、衣緒お姉ちゃんは目を丸くさせた。


 莉愛とどういう関係になりたいのか──何度も考えた問いだったが、自分のことなのに俺には分からなかった。


「自分でも分からない……かな」


 自分の気持ちすら口に出せない恥ずかしさから、下を向いて答える。

 お姉ちゃんたちはそれを聞いて、俺の頭上で目線を合わせた。

 すると俺の頭の上に、誰かの手が乗った。


「そっか。難しいか。恋愛って難しいわな。アタシも経験ないから人のこと言えないけど、きっと自分の心と向き合うのは難しいと思う。よく自分の本心と向き合おうとしたね、瑞稀くんは偉いよ」


 その優しい声に顔を上げると、奏美お姉ちゃんが笑顔を作っていた。俺の頭に手を置いているのは、奏美お姉ちゃんだったようだ。


「どちらにせよ瑞稀くんの性欲待ちって感じかな。莉愛ちゃんには悪いけど」


 鈴乃お姉ちゃんも仕方がないといった様子で小首を傾げた。

 自分の気持ちも外に出せないような弟なのに、お姉ちゃんたちは優しい言葉をかけてくれる。それが今は少しだけ辛かった。


 胸にちょっとしたモヤモヤを感じていると、首筋にチクリとした優しい痛みが走った。その優しい痛みのせいで、感じたこともないゾクリとした感覚が、全身を駆け巡った。

 慌てて痛みのした方を向くと、衣緒お姉ちゃんが俺の首筋から唇を離したところだった。どうやら衣緒お姉ちゃんに、首筋を甘噛みされたらしい。


「なんだか瑞稀くん思い詰めた顔してたから、現実に戻すためにかじっちゃった──って瑞稀くん? 顔赤くない?」


 衣緒お姉ちゃんがそう指摘すると、奏美お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんも俺の顔を覗き込んだ。

 自分の顔がどうなっているのかは分からないが、全身が熱く変な感じがするのは確かだ。


「え、待って。もしかしてさ」


 奏美お姉ちゃんは何かに気付いたように目を見開くと、おもむろに俺の息子を触った。そしてすぐに、いつもの笑顔を消し去り、さらに目を見開く。


「瑞稀くん……衣緒お姉ちゃんに噛まれてちょっとだけ大きくしてる……」


 奏美お姉ちゃんが驚いたように言うので、俺も自分の息子を触って確かめてみる。するといつもの息子よりも、ほんの少しだけ硬く大きくなっていることに気が付いた。


「「「えっ、」」」


 俺と衣緒お姉ちゃんと鈴乃お姉ちゃんの声が重なる。

 衣緒お姉ちゃんに噛まれたことで、俺の性欲が少しだけ顔を出した。それに気付いた四人は、しばし無言のまま状況を整理するしかなかった。


 もしかして、この全身がジンジンと熱くなるような感覚が性欲なのか……?


 衣緒お姉ちゃんに噛まれたことを思い出すと、また体が熱くなる。


 もしかして俺は、お姉ちゃんに噛まれてような変態なのだろうか。この場に居る四人が、一斉にその推論に辿り着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る