夜空に光る星々
十月にもなると、学校を出る頃には空がオレンジ色に染まる。
あと一時間もすれば辺りは暗くなるだろう。だけども今日は、寄り道をする予定があった。
駅前にあるワクドナルドというファストフード店に立ち寄った。もちろん一人ではない。莉愛も一緒だ。
帰りのホームルームが終わったと同時に、莉愛から「一緒にワック行かない? 新しいシェイクが発売したらしくてさ!」と誘われたのだ。
特に断る理由も無かったので、莉愛と一緒にワクドナルドにやって来た。
「やったー。買えた買えた。これが飲みたかったのよ」
「新しいシェイクが出たんだな。何味なんだ?」
「モンブラン味だね」
「モンブラン味なんて珍しいな。栗味じゃないのか」
「そう言われてみれば栗味でもいいのにね。語感の良さ?」
「たしかに栗味よりはモンブラン味の方が美味しそうだよな」
テーブル席で向かい合わせになりながら、莉愛と新作のシェイクの話しで盛り上がる。
俺のトレイにはポテトとグレープソーダが乗っていて、莉愛のトレイにはポテトとモンブラン味のシェイクが乗っている。
二人で放課後に寄り道をすることは、たまにあることだ。
「話は変わるんだけどさ、最近お姉さんたちとはどう? 上手くやれてる?」
ポテトをつまみながら、莉愛がちょこんと首を傾げた。
「あー、めっちゃ上手くやれてると思う。全員と仲良くなったから」
「そうだよねえ。ピアスまで開けちゃってさあ」
「ピアスなら莉愛も開けてるじゃないか」
「それはそうだけど〜違うんだよ〜」
「何が違うんだよ」
「あたしのピアスは自分で選んだやつだけど、瑞稀のはお姉ちゃんが選んでくれたんでしょ?」
「選んでくれたって言うか、お姉ちゃんとお揃いの付けたんだよ。まあ選んでもらったようなもんか」
そう自己完結を終えると、莉愛はぱちくりと瞬きをした。指でつまんでいるポテトを、食べるのを忘れてしまっているようだ。
「えっ。お揃いのピアス付けたの?」
「そうだけど。ほら、俺がいつも朝一緒に登校してくるお姉ちゃんだよ。ついこの間ピアスの開け合いっこしたんだ」
「あ、開け合いっこ……」
衝撃に口をポカンと開けながら、莉愛は「開け合いっこ」という言葉を何度も口の中で咀嚼している。
そんなに驚くことだろうか。でも姉と同じピアスを付けている人は、意外と少ないのかもしれない。
「あ〜いいな〜。あたしも瑞稀とピアス開け合いっこしたいよ〜」
駄々をこねるように、莉愛は足をバタバタとさせた。
女の子はピアスの開け合いっこが好きな生き物なのだろうか。俺には開け合いっこの良さがあまり分からないが……。
「莉愛はもう両耳にピアス開けてるだろ」
莉愛の両耳にはピンク色のピアスが光っている。
高校に入った時にはもうピアスを付けていたので、中学を卒業すると同時に開けたのだろうか。
「そうなんだよねえ。片耳取っておけばよかった」
莉愛はシュンとしながら、シェイクのストローをずずずとすすった。
「そんなに開け合いっこがしたいのか」
「したいよ〜。好きな人に開けてもらうピアスとか最高じゃんか」
「俺にはその気持ちがよく分からないんだよなあ。自分で開けるのが怖いから誰かに開けてもらいたいって気持ちなら分かるけど」
「そういうことじゃないんだよ。きっと瑞稀には分からないよ」
「そう言われると俺がおかしいみたいだな」
「瑞稀はおかしいよ。あーあ。軟骨にでも開けて貰おうかな」
軟骨にピアスを開けるってなんだ。骨に穴を開けるのか? そんなの絶対に痛いだろ。俺が莉愛の耳に開ける側だったとしても、あまり試したくない。
「莉愛は今のままでも充分可愛いから、これ以上ピアス開けなくてもいいと思う」
莉愛の軟骨にピアスを開けるのは嫌なので、現状のままで居て欲しいと遠回しで伝える。
すると莉愛は途端に顔を真っ赤に染め上げ、シェイクを持ったまま固まってしまった。
「え、なにその反応。ごめん。俺、またなにか変なこと言ったか?」
自分の発言を思い出してみても、全く心当たりがない。そう思っていたのだが、莉愛は俺にジト目を向けてくる。
「なんでそういうことを平気な顔して言えるの」
「そういうこととは……? マジで心当たりないんだけど」
「今のままでも可愛いって言ってくれたじゃん」
「ああ、たしかに言ったな」
莉愛は今のままでも可愛いと思ったから、それを素直に伝えただけなんだけど……莉愛は気に入らなかったらしい。
「ほんとズルい。あたしが瑞稀に気があること分かっててそういうこと言うの」
「言わない方がよかったか?」
「……その言い方もズルい」
「えぇ……」
俺にどうしろと言うんだ。もう俺が何を言っても、莉愛は気に入らないんじゃないだろうか。
莉愛はムッとした表情を作ると、手に持っていたシェイクをテーブルの上に置いた。
「今のでもっと好きになっちゃったじゃん」
「シェイクをか?」
「馬鹿にしてる?」
「冗談です……」
今のは完全に俺が悪かった。ほんの照れ隠しのつもりでふざけてしまった。
しかし反省をしている俺を見て、莉愛はふっと表情を緩めた。
「もう。瑞稀ってたまにふざけるよね」
「反省しております」
「今もちょっとふざけてるでしょ」
「あ、バレました?」
どうやら莉愛には全部お見通しのようだ。
莉愛は「もう」と言いながらも、表情は笑っているようだった。
「瑞稀のこと、本当に好き」
安心してポテトを食べようとすると、莉愛が不意にそんなことを口にした。
莉愛は俺の目を真っ直ぐに見るが、なんとなく気まずくて、上手く目を合わせられない。
「ありがとう」
俺はそれしか言えないまま、ポテトを口に含んだ。
「今日でもっと好きになっちゃったから、いつか責任取ってね」
莉愛の『いつか』という言葉に、胸がズキリと痛む。俺はあとどれだけ莉愛を待たせればいいのか、想像したくもなかった。
口の中にあったポテトを飲み込み、俺はなんとか莉愛と視線を合わせる。
「ああ。いつかな」
だけど俺も『いつか』としか言いようがなく、歯がゆさから頬をかく。
しかし莉愛は俺の言葉に満足したのか、「よし」と納得したように頷いてくれた。
それからは学校の授業などの話しに話題が逸れて、三十分ほど雑談をした後に解散になった。
莉愛と別れたあと、俺の性欲はいつ目覚めるのだろうかと、夜空に光る星々に問いかけた。
──第二章 完──
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