三姉妹会議2

 ♥


「それじゃあ、三姉妹会議はじめようか」


 衣緒の部屋の中。カーペットの上であぐらをかきながら、奏美が三姉妹会議の開幕を宣言した。


「今日の議題も瑞稀くんについてだよね?」


 ベッドに腰掛けながら、鈴乃が姉二人に尋ねる。


「そう。瑞稀くんと何日か接してきて、どう思ったか。などなど」


 相変わらずベッドの上で丸くなりながら、衣緒お姉ちゃんが強弱のない声を紡いだ。


 金曜日の二十三時。三姉妹は衣緒の部屋にて、恒例の会議を開いていた。

 テーブルにはお菓子の乗ったお皿があり、いつもの三姉妹会議の光景である。


「んで、お姉ちゃんたちはどう? 瑞稀くんと接してみて」


 鈴乃がこてりと首を横に倒すと、奏美はポテチをツマミながら笑顔を作った。


「アタシはめちゃくちゃ気に入ってる。すごく素直だしノリもいい。あと男子高校生にはない落ち着きがあるよね」


「わかる〜。わたしも瑞稀くんと一緒に登校したりしてるんだけど、なんか普通の男子高校生とは違うもん」


「性欲だけで動いてない感じね」


「そうそれ! ほんとに瑞稀くんは神。一緒に居て安心するもん」


 奏美と鈴乃が交わす会話に、衣緒もうんうんと頷く。


「奏美のおかげで髪型がマッシュになって、鈴乃のおかげでピアスも開いた。二人のおかげで瑞稀くんが可愛くなってく」


 三姉妹が初めて瑞稀と会った時には、髪もボサボサでピアスもつけていなかったので、この短期間で大きな変化があった。


「ふふーん。わたしと瑞稀くんのピアスはお揃いだもんねー」


「羨ましい。私も瑞稀くんと何かお揃いにしたい」


「何かって例えば?」


「苗字……とか?」


 衣緒お姉ちゃんは真顔でそんなことを言うので、奏美と鈴乃はピシッと固まった。


「いや、衣緒お姉ちゃん。もう苗字は一緒だから」


「そうだった。残念」


「結婚したかったの?」


「冗談で言ったつもりだったけど、瑞稀くんとなら結婚するのもアリ」


 そう衣緒がこぼした途端に、部屋の中が一気に静まり返った。

 空気がおかしくなったことに気が付き、衣緒がこてんと首を傾げる。


「なにか変なこと言ったかな」


 静まり返った部屋に衣緒の穏やかな声が落ちる。

 そこでようやく、奏美の「あー」という声が聞こえてきた。


「まあナシではないかな。でもほら、アタシたちの弟だし」


「そう。だから結婚しなくても家族」


「よかったね。瑞稀くんが弟になって」


「ほんとうによかった。瑞稀くん可愛い」


 表情をほころばせる衣緒を見て、奏美は一瞬だけ驚いたような顔を作った。

 あまり感情を表に出さない衣緒が、瑞稀のことを考えて表情をほころばせたのが珍しいと思ったのだ。


「でも瑞稀くん。性欲ないなら結婚しても子供作れないよね」


 鈴乃が思い出したように言うと、衣緒と奏美は「たしかに」と口を揃えた。


「うわあ。今まで性欲についてあんまり考えてこなかったけど、性欲って意外と大事だったんだな」


「だよね! わたしも性欲しかない男は無理だって思ってたけど、子孫繁栄のためには仕方がないことだったんだね」


「だから男は性欲が強いのか。なんとなく分かった気がするわ」


 性欲の話で盛り上がる妹たちの姿を見ながら、衣緒は「むぅ」と唸った。


「やっぱり瑞稀くんかわいそう」


 むくれたような言い方だったからか、奏美と鈴乃の視線は衣緒に集まる。


「ツノがなくなったカブトムシだっけ」


 ちょっと前に瑞稀をそんな風に例えたのを、奏美は覚えていた。


「そう。ツノがなくなったカブトムシ。でも性欲がない瑞稀くんも、それはそれで可愛い」


 また衣緒の表情が緩んだことに、今度は鈴乃も気が付いた。しかし奏美も鈴乃も瑞稀が可愛いと思っているので、衣緒の気持ちも理解できてしまった。


「アタシたちは性欲がなくてもいいけど、将来瑞稀くんと結婚する人は性欲がないと困っちゃうよなあ」


 奏美はその場で足を崩して、ベッドに居る衣緒と鈴乃に体を向けた。

 すると鈴乃が、「結婚する人」と聞いてあることを思い出した。


「そう言えばちょっと前の話になるんだけどさ。お弁当を届けに瑞稀くんのクラスに行った時に、瑞稀くんと可愛い女の子が二人で楽しそうに話してたんだよ」


 その鈴乃の何気ない言葉に、衣緒は驚いたように目を大きくさせ、奏美はニヤニヤと口端を釣り上げた。


「それは本当?」と衣緒が真剣な目で尋ねる。


「ほんとほんと。しかも女の子の方から瑞稀くんの机に来てるみたいだった」


 あの性欲がない瑞稀が女の子と二人で……てっきり男とばかり絡んでいると思い込んでいた衣緒は、顔も知らない女の子にモヤモヤとさせられる。


「そりゃあ高校生なんだから異性の友達くらい居るか。性欲がないから勝手に女友達も居ないのかと思ってたわ」


「うん。なんだか損した気分になった」


「でも別に悪いことじゃないんじゃない? その女の子とどういう関係なのか分からないけど」


「今度機会があったら誰なのか聞いてみなきゃ」


「だな。悪い女だったら追っ払っわなきゃいけないし」


「姉としてね」


「そうそう。姉として」


 女の子の出現にメラメラと敵対意識を持つ衣緒と奏美を見て、鈴乃は「余計なこと言ったかな……」と一人心配になる。

 だけどそんな姉たちを見て、鈴乃は嬉しい気持ちにもなっていた。


「衣緒お姉ちゃんも奏美お姉ちゃんも、瑞稀くんが好きで好きでしょうがないんだね〜」


 からかうような口調で鈴乃が言う。すると奏美はニヤニヤとしながら立ち上がり、ベッドに座って鈴乃の肩に腕を回した。


「なに言ってんだよ。お揃いのピアス開けちゃってさ」


「こ、これは……! ずっと開けたかったから開けただけで……」


「でも「お揃いにしよう」って言ったのは鈴乃なんでしょ? 瑞稀くんから聞いちゃったんだからねー」


「あ、あの弟〜! 次に会ったらほっぺつねってやるんだから」


 拗ねたように唇を尖らせる鈴乃の頭を、奏美がガシガシと乱雑に撫でた。


「それじゃあ『瑞稀くんのことをどう思ったか』っていう議題については、答え出たね」


 じゃれつく奏美と鈴乃を温かい目で見守りながら、衣緒がポツリと言った。それを聞いた奏美と鈴乃も、笑顔で力強く頷いてみせる。


 私たち三姉妹は、瑞稀が可愛くて仕方がない。


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