ワガママなお姫様 後編
ドンチでピアッサーを二つ購入して、鈴乃お姉ちゃんと家に帰ってきた。
そのままリビングにも立ち寄らずに、鈴乃お姉ちゃんの部屋にやってきた。
鈴乃お姉ちゃんの部屋はカーテンやカーペットがピンク色をしていて、ベッドにはテディベアのぬいぐるみなどが置いてあった。女の子らしい部屋だ。
「瑞稀くん、ここに座って」
ベッドに腰掛けた鈴乃お姉ちゃんは、自分の隣りをポンポンと叩いた。
ワガママお姫様の言うことだ。言うことを聞かなければ、駄々をこねられてしまうかもしれない。
「はいはい」
だから俺は仕方なく、鈴乃お姉ちゃんの隣りに腰掛ける。
するとなぜか、鈴乃お姉ちゃんは俺の頭を撫でた。撫で慣れてないような、そんな手つきだった。
「よしっ。それじゃあ早速はじめようか」
「やっぱり俺もピアス開けないとダメ?」
「ダメ。せっかく色違いの買ってきたんだよ? 弟とお揃いのピアスつけたいんだから」
俺が買ったピアッサーは、鈴乃お姉ちゃんが選んだものと同じデザインの色違いを選んだ。
開けたピアスの穴が安定するまでは、『ファーストピアス』なるものを付けなくてはいけないらしい。そのファーストピアスとして選んだものが、俺が銀色で鈴乃お姉ちゃんが金色だった。ちなみにファーストピアスは、ピアッサーの針のことを指す。
そして「お揃いの色違いにしよ!」と言い出したのは、もちろん鈴乃お姉ちゃんだ。
「ピアスをつけるのは全然いいんだけど、針で穴開けなきゃいけないのが怖いんだよなあ」
「大丈夫だよ! わたしが上手に開けてあげるから!」
鈴乃お姉ちゃんはそう言っている間にも、二つのピアッサーを箱から取り出していた。白色のプラスチックに付いている銀色の針が、部屋の電気を反射させて嫌に光る。
それを片手ずつに持つと、鈴乃お姉ちゃんはこてりと首を横に倒した。
「どっちが先に開ける?」
「それ俺が決めていいの?」
「いいよ。お任せする」
そういうことなら、俺が選ぶことにしよう。
俺が鈴乃お姉ちゃんの耳たぶに穴を開けるのが先か、鈴乃お姉ちゃんが俺の耳たぶに穴を開けるのが先か……。
ピアスを開ける痛みを知らないままだと、ちょっととした恐怖がある。
ということは、あとにピアスを開ける方がいいのではないだろうか。
「じゃあ俺が鈴乃お姉ちゃんの耳に穴開けるよ」
大人げもなく、そう提案していた。
鈴乃お姉ちゃんは嫌な顔ひとつせずに、「うん!」と笑顔で頷いた。
「じゃあわたしはゴールドだからこっちだね。これでわたしの耳たぶに穴開けちゃって」
にこりと笑った鈴乃お姉ちゃんは、俺に片方のピアッサーを手渡した。見た目よりも軽く、まるで文房具のようだ。
ピアッサーに付いている鋭い針を見て、思わず生唾を飲み込む。
「ほ、本当に俺が鈴乃お姉ちゃんの耳たぶに穴開けるの?」
「もちろん。自分でやるのは怖いもん」
「それはそうだけどさ……」
もちろん自分で耳たぶに穴を開けるのは怖い。でもそれ以上に、人の耳たぶに穴を開けるのは怖いかもしれない。上手く開けられなかったらと思うと、責任を感じてしまう。
でも鈴乃お姉ちゃんの耳にピアスを付けるまではこの部屋から出して貰えなさそうなので、ここは勇気を出すしか選択肢がない。
「どっちの耳に開ければいい?」
「調べてみたんだけど、女は右耳で男は左耳にする人が多いんだって!」
「じゃあ右耳に開けるね」
「うん。でもその前に、開ける位置に印つけなくちゃ」
鈴乃お姉ちゃんは立ち上がると、スクールバッグからピンク色の筆箱を取り出して、その中からネームペンを取り出した。
そのネームペンを持ったまま、クローゼットに立て掛けてある鏡に自分の耳を向けた。
「うーん、適当にここら辺でいいのかなー」
鈴乃お姉ちゃんはそう言うと、自分の耳たぶにネームペンで点の印をつけた。そんな適当でいいのだろうか。
「ってことでここに穴開けてね!」
鈴乃お姉ちゃんは髪を持ち上げながら、自分の耳を見せた。その耳たぶには、ホクロのような小さな点が描かれていた。
「分かった。もうやるの?」
「もちろん! 早く開けたいもん!」
鈴乃お姉ちゃんは俺の隣りに座り直すと、こちらに体を向けた。だから俺も鈴乃お姉ちゃんに体を向ける。お互いに視線を向け合うと、鈴乃お姉ちゃんの頬が桃色に染まった。
「なんか照れるね。こういうの」
照れ笑いをしながら、鈴乃お姉ちゃんは肩をすくめた。
「そう?」
「うん。こうやって男の子とピアス開け合いっこするの夢だったから」
「え、そうなんだ。その開け合いっこの相手が俺でいいのか?」
「うん! 可愛い弟だもん」
嬉しそうに微笑んでから、鈴乃お姉ちゃんは俺の目をまっすぐに見た。
「そろそろはじめよ。ピアス開けるの待ちきれないよ」
「はいよ。じゃあ開けるぞ」
「うん。いいよ」
鈴乃お姉ちゃんが頷いたのを確認してから、机に置いてあった除菌シートで耳たぶを拭いてあげる。一応消毒しておこうと思ったのだ。
それから手に持っていたピアッサーを、鈴乃お姉ちゃんの耳たぶに挟める。あとは力を込めて握れば、鈴乃お姉ちゃんの耳にファーストピアスが刺さる。
すると鈴乃お姉ちゃんはぎゅっと目をつぶり、全身に力を入れた。
なんだ、鈴乃お姉ちゃんも怖いんじゃないか。でも逃げ出さないのは、さすがだと思う。
「じゃあ、いくぞ」
「ちょ、ちょっと待って」
俺が勇気を振り絞ってピアッサーを握ろうとすると、鈴乃お姉ちゃんが「待った」をかけた。
「ど、どうした?」
何か痛いことをしてしまっただろうかと不安になっていると、鈴乃お姉ちゃんはこちらに上目遣いを向けた。
「えっと、やっぱりちょっとだけ怖いから。手を握っててくれない?」
「ダメかな?」と首を傾げる鈴乃お姉ちゃん。
もちろんダメなわけない。このピアスを開け合う作業は、お互いに協力し合わなくてはいけない。
「じゃあ左手は握ってようか」
「うん。ありがとう」
強がっているのか、鈴乃お姉ちゃんは上手く笑えていなかった。
それでもこちらから鈴乃お姉ちゃんの手を握ると、俺のことを受け入れてくれるように握り返してくれた。指を絡め合うような、甘い手繋ぎだ。
「気を取り直して、開けちゃうぞ」
「分かった。ひと思いにやって」
鈴乃お姉ちゃんはそう言うと、またぎゅっと目をつむった。それと同時に、繋ぐ手に力が入る。
だから俺も鈴乃お姉ちゃんの手を強く握り返して、ピアッサーを持つ手に力を込める──パチンという音とともに、鈴乃お姉ちゃんが「きゃっ」と小さい悲鳴をこぼした。
恐る恐る鈴乃お姉ちゃんの耳たぶを見てみると、そこには小さなゴールドの宝石がついたピアスが刺さっていた。そして不思議なことに、針を刺したというのに血が一滴も出てこない。
「もう終わったの?」
「ああ、多分これで大丈夫なはずだ」
鈴乃お姉ちゃんは肩透かしを食らったような顔をしながら鏡を覗くと、自分の耳に刺さっているピアスを見てみるみる内に表情を明るくさせた。今度はその表情のまま、勢いよくこちらを振り向いた。
「わたしピアスつけてる! めっちゃ可愛くない!?」
「ああ、すごく可愛いと思う」
素直な感想を言うと、鈴乃お姉ちゃんは満足そうな顔をしながら俺の隣りに座った。
頑張ってオシャレをしている鈴乃お姉ちゃんは、誰よりも可愛く見える。
「じゃあ次は瑞稀くんの番だね!」
それを言う鈴乃お姉ちゃんの手には、すでに俺用のピアッサーが持たれていた。
「ま、待ってくれ。その前にひとつだけ聞きたいんだけど……痛かったか?」
耳に穴が開く痛みをまだ知らないので聞いてみると、鈴乃お姉ちゃんは「うーん」と腕を組んだ。
「思ってたよりは痛くないかな。耳に思いきりデコピンされてるくらいの痛み!」
わ、分からん。その例えじゃ全然分からない。
でも耳に思いきりデコピンか……やっぱりそこそこ痛そうだ。
「ええと……人の耳に穴開けといてこんなこと言うのはなんだけどさ……やっぱりピアス開けるの怖いんだけど……」
「大丈夫だよ! 優しくするから!」
「優しくやられるのも困る! やるなら思いきりやって欲しい」
「じゃあ思いきりやるから! ほら! 耳出して! まずはネームペンで印つけないと!」
ベッドをバンバンと叩きながら、鈴乃お姉ちゃんは俺にはやく耳を出すように求める。
だが怖いものは怖い。医者でもない相手に針を刺される経験をするなんて、昨日の俺は思ってもいなかっただろう。
ここは逃げ出すのも、ひとつ手なのではないだろうか。
「ま、待ってください。ちょっとトイレに行ってきても──」
「どーーーん!」
トイレに逃げようと立ち上がろうとすると、鈴乃お姉ちゃんは俺のことを力いっぱいに突き飛ばした。
いきなりのことだったので俺は呆気なく倒されてしまい、ベッドに仰向けの状態になる。
するとその隙を突いて、鈴乃お姉ちゃんは俺の腹の上に馬乗りになった。鈴乃お姉ちゃんの柔らかなお尻の感触と温かさを、服越しに感じる。
「ちょっ……鈴乃さん……?」
「さん付けに戻ってる! 逃げようとするなら逃げないように乗っちゃうからね」
「もう乗ってるだろ……」
鈴乃お姉ちゃんはピアッサーを片手に、俺のことを見下ろしている。
今から何をされるのだろうと思うと、俺の心臓はトクトクと鼓動を早くする。
「もしかしてだけど、ピアス開けるのイヤ?」
「ピアスを付けること自体は全然いいんだけど、針が痛そうで怖い」
「そういうことなら大丈夫! 痛くしないから!」
「ピアッサーでピアスの穴を開けるの初めてなんだよね?」
「もちろん! でもそれは瑞稀くんも一緒だったでしょ?」
「た、たしかに……」
俺もピアッサーを使ったのは、鈴乃お姉ちゃんの耳たぶが初めてだった。ということは、お互いに初めて同士。
そう思うと、俺だけ駄々をこねているのもかっこ悪いような気がする。
「じゃ、じゃあ……痛くしないでよ」
「うん! 任せて!」
もう抵抗する気にもなれなくて、全身から力を抜く。
すると目を輝かせた鈴乃お姉ちゃんは、俺の体にべたりとくっつくように、前に倒れてきた。
ハグするくらいに密着しながら、鈴乃お姉ちゃんは俺の耳を熱心にいじっている。おそらく、ネームペンで俺の耳たぶに印をつけているのだろう。少しだけくすぐったい。
それに鈴乃お姉ちゃんから、なんだか甘くていい匂いがする。香水の匂いではないので、シャンプーの匂いだろうか。
「よし、できた。もう開けちゃうね」
なぜか鈴乃お姉ちゃんは、ささやくような声で言った。
俺は無言で頷き、鈴乃お姉ちゃんの体を全身で感じながら、無心で天井を見上げる。
「おーいしょ」
独特な掛け声とともに、耳の辺りでパチンと大きな音がなった。チクリと痛みが走ったが、思っていたよりも痛くない。
鈴乃お姉ちゃんは体を起こすと、俺の耳を優しく触ってから満足したように笑った。
「いい感じに出来た! ほんとに可愛い! ほら!」
俺の上から降りて、鈴乃お姉ちゃんは手鏡を取り出した。その手鏡で自分の耳を見てみると、しっかりと左耳にシルバーのピアスが刺さっていた。
「うわあ。ほんとにピアスだ」
「ね! いいよね! お揃い!」
そう言う鈴乃お姉ちゃんの右耳には、ゴールドのピアスが光っている。色は違うが、同じ丸いデザインだ。
「弟と同じピアス嬉しい! このファーストピアス絶対に大事にする!」
嬉々とした表情のまま、鈴乃お姉ちゃんはベッドで寝転がる俺に抱きついてくる。俺はどうしていいのか分からなかったので、鈴乃お姉ちゃんの頭をポンポンと撫でてみた。
鈴乃お姉ちゃんはワガママだが、純粋で無邪気なお姫様だ。
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