ワガママなお姫様 前編

 とある日の放課後。

 帰りのホームルームが終わり、俺は学校の正門前で鈴乃お姉ちゃんのことを待っていた。


 スマホでLINEを開いて、三時間くらい前に鈴乃お姉ちゃんと交わしたメッセージを読み返してみる。


 鈴乃『瑞稀くん! 今日の放課後って暇だったりする?』


 瑞稀『暇だね』


 鈴乃『じゃあさじゃあさ、ちょっと行きたいところがあるから付き合ってくれない?』


 瑞稀『いいよ。帰りのホームルームが終わったら正門前で待ってればいい?』


 鈴乃『うん! それでおっけー! よろしくね!』


 その後に俺がスタンプを送信し、鈴乃お姉ちゃんからもスタンプが送られてきて、メッセージのやり取りは終わった。

 スマホで時間を見てみると、十六時半を少しだけ過ぎたところだった。そろそろ鈴乃お姉ちゃんのクラスもホームルームが終わっていそうな時間帯だが……そう思っていた時のことだ。


「ごめんね瑞稀くん! おまたせ!」


 この元気な声は鈴乃お姉ちゃんで間違いない。

 そんな確信を持ちながら後ろを振り返ると、相変わらず茶髪と八重歯がよく目立つ鈴乃お姉ちゃんが急ぎ足でこちらに駆けて来ているところだった。

 鈴乃お姉ちゃんは俺の元に到着すると、肩で息をしながらも笑顔を作った。


「全然待ってないから大丈夫」


「そっか。よかったあ。んじゃ、早速向かいますか!」


「どこに向かうんだ?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いてないね」


 鈴乃お姉ちゃんからは、『行きたいところがある』としか聞いていない。それを鈴乃お姉ちゃんも思い出したのか、八重歯を見せながら「あははー」と笑った。


「そういえば言ってなかったかも!」


「だよな。俺は今からどこに連れて行かれるんだ?」


「ドンチホーテに行く!」


 鈴乃お姉ちゃんが言う『ドンチホーテ』とは、食料や衣料からゲームやスポーツ用品まで様々な商品を取り扱っている総合ディスカウントデパートのことだ。

 ドンチホーテは大人から子供にまで大人気で、略して『ドンチ』の愛称で呼ばれるくらい知名度が高い。ウチの高校でドンチホーテを知らない人は、居ないんじゃないだろうか。


「ドンチになんの用ですか?」


 どうやら暇つぶしに行くワケじゃなさそうなので尋ねてみると、鈴乃お姉ちゃんは髪をかきあげて耳を出し、自分の耳たぶをつまんだ。


「ウチの高校ピアス開けてもいいらしいから、今からピアス開けようと思って」


 鈴乃お姉ちゃんの耳たぶは穴など開いてなく、柔らかそうな白色をしている。こんな綺麗な耳に穴を開けてしまうのか。オシャレの『オ』の字もない俺は、もったいないと思ってしまう。


「へえ、そうなんだ。じゃあ穴開けるやつ買いに行く感じだな」


「そう! 友達にオススメのピアッサー教えて貰ったから、今から買いに行こうと思って! 思い立ったが大吉って言うでしょ?」


「それを言うなら思い立ったが吉日な」


 間違いを訂正すると、鈴乃お姉ちゃんは素直に「そっか」と笑った。

 最近思うのだが、俺の姉たちは笑顔が素敵だ。奏美お姉ちゃんも鈴乃お姉ちゃんもよく笑うし、その笑顔が百合のように美しい。

 衣緒お姉ちゃんはあまり感情を表に出さないが、きっと笑った顔は綺麗なんだろうなとつくづく思う。


「まあそんなことはいいから! 早くドンチ行こ! ピアッサーが売り切れたら大変だから!」


 無邪気に笑いながら、鈴乃お姉ちゃんは俺の手を引くようにして歩き出した。

 いきなり引っ張られたことでバランスを崩しながらも、俺も歩き出す。


 普通の姉弟って手を繋いで歩くものなのだろうか。なんて考えながら、鈴乃お姉ちゃんと手を繋いだまま、ドンチホーテへと向かうのだった。


 ☆


 なぜか道中ずっと手を繋ぎっぱなしだったが、ドンチの店内に入るとともに、自然とお互いの手は離れた。

 店内では手を繋いだままじゃ、歩きにくいだろう。


 鈴乃お姉ちゃんは店内に入るや否や、二階にあるピアスコーナーに直行した。俺も鈴乃お姉ちゃんに着いて行く形で、ピアスコーナーに到着した。


 俺たちの目の前には、様々なデザインをしたピアスが壁一面に並んでいる。


「ドンチにもピアス置いてるのか」


「ドンチはなんでも売ってるからね。衣緒お姉ちゃんも鈴乃お姉ちゃんもドンチで化粧品買ったりするんだよ」


「化粧品も売ってるのか。ほんとなんでも売ってるんだな」


 さすがは大人気ディスカウントデパート。人気の理由も分かる気がする。

 目の前に並ぶ商品をひとつひとつ見ていると、隣りでは鈴乃お姉ちゃんがピアスではないものを手に取って見ていた。


「鈴乃お姉ちゃんは何見てるんだ?」


「んー? ピアッサーを見てるのー」


「あ、それがピアッサーってやつなんだ」


「そーだよー」


 手に持っているピアッサーを見ながら、鈴乃お姉ちゃんは言葉だけを俺に返した。

 鈴乃お姉ちゃんが持っているピアッサーという物は、白色のプラスチックのようなケースに鋭い針が付いているデザインのものだった。


「もしかしてそのピアッサーってのを使って、自分で耳に穴開けるの?」


「そうそう。耳たぶに挟めてパチンってやると、ピアスの穴が開くの!」


「うわあ、怖いな」


「そう? 意外と簡単じゃん?」


 鈴乃お姉ちゃんはあっけらかんとした表情で言うが、俺は予防接種の注射でも怖いのだ。自分の耳たぶに針を刺すなど、考えたくもない。そう思っていたのだが──


「瑞稀くんはどれがいい? わたしはゴールドにするけど」


「んん? どれがいいとは……どういうことですか……?」


「瑞稀くんはどのピアッサーがいい? ピアッサーにも色々種類があって、ファーストピアスのデザインが色々あるんだよ。ファーストピアスっていうのは、ピアスホールが完成するまで付けてないといけないピアスのことで──」


「い、いや。俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……鈴乃お姉ちゃんの言い方だと、まるで俺もピアスを開けるみたいじゃ……」


 嫌な予感に背筋が凍る感覚を覚えながらも聞いてみると、鈴乃お姉ちゃんは目を丸くさせながら首を傾げた。


「そりゃそうだよ。だって今からわたしと瑞稀くんで開け合いっこするんだから」


「開け合いっこ……」


 互いにピアスの穴を開け合うというのか。そんなこと一切聞かされずにここまで来たので、詐欺にでも遭ったような気分だ。


 しかし姉の言うことなので逆らう気にもなれず、俺は言われるがままに鈴乃お姉ちゃんと同じデザインの色違いのピアッサーを購入した。


 これから耳に穴を開けるのか……予防接種と同じくらい嫌だな……。

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